表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/137

俺が、世界で一番強いんだからよ!



 どうやって、どの道を逃げてきたのかは分からない。ただ、気づいた時には乗ってきた車はボロボロで、その車をどこかに乗り捨てて、カラーズの前にエスメラルド様と二人して座り込んでいた。

 逃げる場所なんて思いつかなかった。だが、組織の連中だって俺たちがここに来ることは思いつかないだろうと判断したのである。青井正義。俺の正体はばれている。ああ、そうだ。家がやばいかもな。こんな時間だけど、一度、家に戻って……それから、それから。とりあえず、立とう。

「アオイ」

「どうしました」

「いかないで」

 エスメラルド様が俺のズボンを掴んでいる。まるで、小さな子供みたいだ。

「行きませんよ」

 どうしよう。……いや、分かってる。社長に事情を話して、匿ってもらうしかない。だが、エスメラルド様は悪の組織の、しかも四天王だ。彼女のことを話せば、俺が戦闘員だってこともばれる。いや、くそ。この期に及んで俺はまだ自分のことしか考えられねえのかよ。

「エスメラルド様。ここに、俺の、その、知り合いがいます。事情を話せば助けてくれますから、行きましょう」

 エスメラルド様は俺を見上げる。彼女は薄汚いビルを見つめて、静かに言葉を紡いだ。

「お前の仲間がいるのか?」

「仲間、と、言いますか……」

「いいぞ。もう、隠さなくて」

 ……聞き間違いじゃあなかったんだな、やっぱ。江戸さんも、他の数字付きも、俺がヒーローだってことを知っていたんだろう。知っていて、任せたんだ。この人を。

「やっぱり、あのスーパーの時に気づきましたか」

「うん。私はすぐに分かったぞ。あれっ、なんでアオイ袋なんか頭に被ってるんだって。江戸には言うなって言われてたからちゃんと黙ってたけどな。あいつがお前のことを調べてたみたいだ。私はそういうの嫌だから止めたんだけどな」

 俺、よく殺されなかったな。江戸さんにとって不都合なことをバンバンやってた気がするんだけど。

「どうして、みんなして黙ってたんですか。俺を裏切り者だって、ボコボコにすることも出来たのに」

 ちょっとびびりながら聞いてみると、エスメラルド様はくすりと笑った。

「私は裏切り者を許さない」ひっ!

「お前がこそこそやってるのは腹が立ったけど、じゃあこっちもこそこそしようってことで、お前に内緒で色々とやってたからな。おあいこだ」

 笑わないでくれ。

 俺をそんな目で見ないで欲しい。くそ。あいつら、なんだよ。気づいてたんなら言えよ。どうせなら本当にボコボコにしてくれたほうがよかった。

「私は、嘘を吐くのはあんまり好きじゃないし、すぐにばれる。だけどアオイ。お前の言うとおりにするから、うまく誤魔化してくれ」

 ああ。ちょっと、頭がごちゃごちゃになってる。この人たちは、なんとお人好しで馬鹿なんだろうか。



 ドアをがんがんとノックしまくると、寝間着姿の社長が顔を見せた。

「殺すわよ」

「夜分遅くに申し訳ねえな、社長。申し訳ないついでに、ちょっと頼みがあるんだ」

 社長はエスメラルド様に気づき、溜め息を吐き出す。察しがついたのだろう。

「あなたは面倒ごとを抱えるプロか何かなのかしら。……お入りなさい、その人に温かいお茶でも出してあげるから」

「すまねえな。あと、俺も結構喉が渇いています」

「ソファにでもかけていてちょうだい」

 無視された。俺は社長の背中を追いかける。エスメラルド様は中へ入るのに躊躇しているようだった。ここでじっとされていても仕方がないので、彼女の手を引く。大丈夫なのかという視線を感じるが、無言を守った。



「………………なるほどね」と、俺の話を聞き終えた社長が、訝しげに、じっとりとした視線を向けていた。出された紅茶は冷め切っていた。エスメラルド様といえば、借りてきた猫のように大人しい。

「つまり、あなたはその、緑間さんが倒れているところに遭遇したのね。その途中、追っ手らしき人たちを撒いて、ここに辿り着いた、と。そう言いたいのね?」

「ああ。おおむねその通りだ。この……緑間さんはこんな恰好をしているが、怪しい人物じゃあない」

 社長の眉根がぐっと寄る。正直、エスメラルド様こと、緑間縁の恰好はめちゃめちゃ怪しかった。もう夏も終わったというのに派手な薄着だし。骨みたいなネックレスをぶら下げてるし、骨みたいなピアスだってつけてるし。

「で、追っ手って何? 緑間さん、答えてくれるかしら。あなたは、誰に、何に、追われているの?」

「ああ、それはだな」

「青井。あなたは黙ってなさい。私は緑間さんに聞いているのよ」

 睨まれてしまう。ここで焦ってフォローした方が都合が悪い。が、エスメラルド様が上手く凌げるとは思っていない。全てがクラッシュして万事休すである。俺は心の中でブレイクダンスを踊っていた。他にやることが思いつかなかったのだ。

「私は……サーカス団にいました。猛獣の調教師をしていたんです。数日前から隣町で興行をしていたのですが、悪の組織に襲われました。私は命からがら逃げだせましたが、怪人の中身を見てしまい、戦闘員たちに追われていたんです。正体を知ったからには生かして帰さない、と」

「サーカス……? ああ、そういえば、この間、サーカス団が襲われたなんてニュースを見たわね。そう。あなた、そこにいたのね」

 はい、と、エスメラルド様は小さく頷いた。

「追っ手に追い詰められていたところで、アオイ……さんに助けてもらったんです」

「ふうん。半信半疑だったけれど、嘘じゃなかったのね」

 社長が俺を見る。が、彼女は小首を傾げた。

「青井、馬鹿みたいに口を大きく開けているけれど、どうしたの?」

「い、いや、なんでもない」

 ただ、隣の人がどこのどなただか分からなくなっただけだ。ええと、この人、マジであのエスメラルド様だよな?

「分かったわ。うちだってヒーロー派遣会社ですもの。正義を掲げているからには困っている人を見過ごせないわ。こんなところでよかったら、いくらでも匿ってあげる」

 エスメラルド様は立ち上がって、恭しく頭を下げる。二重人格か何かだろうか。



 社長がシーツと枕と着替えを持ってくると言って奥の部屋に入っていった。俺はエスメラルド様を見つめる。彼女は恥ずかしそうに笑った。

「エドに、こう言えって教えてもらってたんだ。他にも色々あったぞ。設定というやつだな」

 流石は江戸さんだ。あの人は本当に、エスメラルド様のことを考えていたんだな。……俺を裏切り者として処分しなかったのは、彼女の逃げ場所を確保する為だったのだろうか。

「でも、全部が全部嘘じゃない」

「え?」 と、俺の顔はさぞや間抜けなものだったろう。

「お前には何が嘘じゃないのか、教えてやらないけどな」

 悪戯っぽく笑うエスメラルド様は、ちょっとずつ元気を取り戻してくれているのだろうか。

「……とりあえず、当分はここのお世話になってもらえますか。俺は一度、家に戻ろうと思うんです」

「戻ってくるんだよな?」

「はい」俺は嘘を吐いた。



 全てばれてたのか。

 諦めと一緒に息を吐く。

 たぶん、エスメラルド様はすぐにぼろを出すだろう。既に尻尾は見え隠れしてるんだ。社長にちょっと突かれただけで駄目になる。

 ……俺は嘘吐きのままでいい。エスメラルド様にも、社長にも、皆にも。騙したまんまでいい。ばれたとしても構わない。どうせそん時俺は、もう。



 部屋の明かりが落ちているのを確認し、装備を持って出る。最後に、レンといなせの寝顔を目に焼きつけておいた。こいつらには引っ掻き回されたが、今となってはいい思い出だな。

「わりぃな。最後まで面倒みれなくてよ」

「マサヨシ……お前、アタシとそいつのどっちを……」

「う、ううん、お兄さん、そこは……ぁ、あっ」

 見納めだと思えばすべて許せそうだ。縹野にメールを打ち、隣の部屋のドアをノックする。しばらくすると、眠たそうな顔をした赤丸が顔を見せた。

「ゆうてみ。答えによっちゃ殴られんで済むぞ」

「ガキどもを頼む。たぶん、黒武者もそろそろ腹ぁ空かせてる頃だろうしな。まとめて世話してやってくれ。毎日じゃなくていい。お前の気の向いた時でもいい。通帳はタンスの一番下の段の奥に入ってる。金目のもんは全部やる。うちの社長に言えばお前をヒーローとして雇ってくれる。悪いな、色々と迷惑をかけたし、かけちまうけどよ」

「……なん、そがあなことゆうとんじゃ。青井、われはいったい」

「こういうことはお前にしか頼めなかった。ちっと時間がねえんでな。じゃあな。俺はちょっと出てくる」

「どこに行くって聞いとんじゃ、こっちは! われ、まるで帰らんみたいな……」

 行けば確実に帰れないだろうが、俺にはやらなきゃならんことがある。いや、別に俺が行く必要はないんだ。嘘でだまくらかして偽者のヒーローをやってればいい。ただ、耐えられないだけだ。これ以上馬鹿にされんのも、皆を馬鹿にすんのも、我慢出来なくなっただけなんだ。

「じゃあな、ヒーロー」

「青井っ!」

 振り向かなかった。追いかけられるのが怖くて、俺は走った。



 組織まで戻る必要はなかった。俺たちは所詮、スーツを着て突っ張っていても人間だ。感傷に浸りたくもなる。

 あの日、あの夜、そこで全てが始まったのなら、

「……遅かったな、桑染」

「よう。エスメラルドはどうした? お前一人だけで、どうにか出来るとか思ってねえだろうな?」

 ここで全てを終わらせてやる。

「桑染。てめえ一人か?」

 ペガサススーツを着た桑染は、苛立たしげに地面を蹴り飛ばした。

「俺をその名前で呼ぶんじゃねえ。俺ぁもう、昔の自分を捨てたんだ。今はペガサス・ブレイドってんだ。青井、てめえもそう呼べよ」

「なんだ、そりゃ。ふざけた名前つけやがって」

「てめえには負けるぜ。お前のことは色々と調べてたんだよ。……江戸って野郎が幾つか資料を始末し忘れてたみたいだからよう、見させてもらった。お前、どっかの派遣会社でヒーローやってんだってなあ? あ?」

 桑染は――――いや、ペガサス・ブレイドは口の端をつり上げる。港から潮風が運ばれてきて、俺は顔をしかめた。

「それが、どうした?」

「青井。お前をぶっ殺した後、てめえの何もかもをぶっ潰してやる。俺が死にそうな目に遭ってた間にお前は楽しくよろしくやってたんだろ? なあ。俺らはクズなんだ。ツケを払おうぜ、潔くな」

「八つ当たりしてんじゃねえぞ!」

 でんでん太鼓のワイヤーを伸ばす。最大射程距離から、目の前のクズをぶっ潰す!

「くだらねえ!」

 避けられたばかりか、太鼓の鉄球が粉々に砕かれてしまう。俺は得物を手放して、ウェストポーチからめんこ爆弾を取り出した。

 ペガサスが接近する。来ると思った瞬間には殴られてるはずだ。俺は咄嗟に地面を転がった。衝撃と音が凄まじい勢いで通り過ぎていく。どうやら攻撃は避けられたみたいだ。

 が、油断は出来ねえ。めんこを仕掛けて距離を取る。

「青井、青井ぃぃぃぃ、てめえの力ってのはそんなもんかよ? ヒーローってのはそんなんで務まるのかよ? 楽な商売だよなあ!」

 ペガサスはめんこをわざと踏みつけながら、一歩ずつ近づいてくる。爆発にびびった様子もない。スーツには傷一つついちゃあいない。残っためんこを投げつけるも、その全てを中空で叩き落とされてしまった。

「いいことを教えてやるぜ」

「うるせえええええってんだ!」

 駄目だ。マジで強い。中身はともかく、スーツは一級品だ。本当に、この街で……いや、この世界で一番のスーツなのかもしれない。だが、やるしかない。守ってもやられるだけだ。こっちから攻めろ。残った武器はめんこが二枚に、タコの盾とグローブだ。……グローブだ。こいつの一撃に賭けるしかねえ!

「……抵抗する気かよ?」

 一足飛びで距離を詰めて、野郎の目の前で凧を広げる。ペガサスの視界が塞がれたはずだ。俺はダメージ覚悟でめんこを至近距離から投げつける。小さな爆発が起こり、

「小賢しいんだよっ、てめえは!」

 凧が貫かれる。だが、俺はそこにはいない。ペガサスの後ろに回り、右腕に力を込めている。そのスーツ、どこのどいつが作ったもんかは知らねえが、こっちには爺さんの作ったグローブがある。

「おおおおおおおおおああああああっ、食らいやがれ――――っっ!」

「うおっ!?」

 背中に、思い切り拳を叩きつけてやった。間違いない。ここ最近じゃあ一番の手応えを感じた。

「……へえ?」

 間違いなく、俺の全力だった。ペガサスは顔を歪める。愉しげに嗤っていたのだ。

「いいことを教えてやるって言ったな」

「がっ、ああああああああああああ!?」

 片手で頭を掴まれて、ガキみたいに持ち上げられる。ぎりぎりと締めつけられる。

「てめえのおもちゃも結構面白かったけどよ。このスーツには敵いやしねえ。いや、誰だろうと敵じゃねえのさ。お前は知ってるか? 知ってるよな? ……このスーツはよう、あの御剣天馬が着ていたのと同じなんだ。同じスペックで、同じ素材で作られてるんだよ」

 御剣天馬だと? この国で初めてスーツを着て、この国を救った本物のヒーローじゃねえか。馬鹿な。そんなもの、

「昔の総理大臣様がこいつを着てこの国を救ったんなら、この国をぶっ壊すのもこのスーツを着たやつなんだよ。俺はなあ、もう小さいことを言うのはやめだ。青井。てめえに対する復讐が終わったら組織がどうのと言わねえよ。この国をもらう。俺が、世界で一番強いんだからよ!」

「くわ、ぞめええええ……っ!」

「俺はペガサス・ブレイドだ。じゃあな、あばよ青井」

 勝てるはずが――――。

 意識が飛ぶ。鼻からは血が垂れている。頭が痛い。痛い。痛くない場所なんかどこにもない。体が浮いている。水音が聞こえた。やがて何も聞こえなくなる。……ああ、そうか。海に落とされたのか。上がらなきゃ溺れ死ぬ。けど、もう、体が言うことを聞かねえし、どうでもいい。どうせ、どうなっても殺されるのがオチなんだ。だったらここで、おとなしく……。



 ごめん。

 ごめん。

 ごめんな。

 ぼうっとした頭の中に、今までに会った人たちが浮かんでは消えていく。死んでるのか生きてるのか分からない。冷たいのかどうかすらも分からなくなっていた。

 守れなかった。俺は何も出来なかった。最期に、鳥のようなものが見えた。お迎えとやらが来たのかもしれない。偽者のヒーローもここまでだ。結局、ヒーローなんてものは――――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ