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生きてやがったんだな



 ペガサス野郎と出会った日の夜、数字付きは江戸さんに呼び出された。いつも使っている会議室ではなく、

「なんでだろうな」

「さあ? たまにはアレじゃね。親睦を深めよう的な」

「江戸さんがあ?」

 何故か、俺たちの控え室である。もうすぐ江戸さんがここにやってくるのだ。たぶん、誰かなんかやらかしたな。んで、クソほどボコボコにされるオチだ。

 数字付きの連中は好き勝手に騒ぎ始める。今日は仕事もないし、アルコールの入っているやつだっていた。馬鹿め。めちゃめちゃ怒られろ。

「お待たせした。皆、集まっているかな」

 しん、と、水を打ったように静まり返る。ごくり。流石江戸さんだ。正直、怖い。……江戸さんはパイプ椅子に座らず、扉に背を預けて腕を組んだ。俺たちを逃がさないつもりだ。

「今宵、エスメラルド様の数字付きである諸君らに集まってもらったのはほかでもない。あの、ペガサスの男のことだ」

 何?

「彼が四天王になると、そういう話を聞いた者は?」

 俺は黙って手を上げた。というか、エスメラルド様本人から聞かされたのである。

「そうか」江戸さんは苦い表情を浮かべた。

「これは由々しき事態だ」

「そ、そうなんすか?」

 事情を分かっていない(のは俺もだけど)三番が口を開く。江戸さんは重々しく頷いて答えた。

「現在、四天王の地位に就いているのは我らがエスメラルド様。グロシュラ、クンツァイト。そしてスピーネル様だ。……ペガサスの男が四天王になる場合、誰が蹴落とされるか、分かっているのか、諸君」

「え、スピーネル様じゃあないんすか。だって、行方が知れないって聞いてますし」

「ああ、そこに誰かが収まるんならちょうどいいって感じだよな」

 確かに。

「しかし、スピーネル様は組織にとって伝説的な存在なんだ。彼を四天王の座から追い落とすことは他の四天王が許さないだろう」

「はあ、じゃあ、グロシュラかクンツァイトだな」

 …………いや。いや、違う。違うな、これは。他の数字付きの様子を見てみると、気づいている者といない者は半々といったところであった。

 江戸さんは溜めに溜めて、ついに言ってしまった。

「エスメラルド様だ。あの方の立場は今、限りなく危ういものとなってしまったのだ……!」

「えっ? ちょ、ちょっと待ってくださいよ! じゃあ、俺たちはどうなるんすか!?」

「もちろん、クビだ」

「ぎゃあああああああああ!?」

「うっ、嘘だ! そんなのってないよ!」

 一瞬にして阿鼻叫喚である。無論、俺も叫んだ。昇進して下っ端をこき使ってやらあ、げへへとか考えてたらあっという間にリストラの危機である。

「あのペガサスが君たちをそのまま使ってくれる可能性は、無きにしも非ずといったところだ。私なら、自分の息のかかっている者を再編して使う」

「んな真似させませんよ! やろう、ぶっ殺してやりましょう!」

 おお、と、息巻く窓際寸前族。

「殺しはしないが、手を打つ必要がある。だが、エスメラルド様には内密に頼む」

「どうしてですかっ。エスメラルド様だって四天王を追われることになるんですよ?」

「いや、あの方はそんなことをあまり気にしていない。というかだな、ペガサスの男を四天王に推薦したのはエスメラルド様本人なんだ」

 もはや緩やかな自殺である。あの人は何を考えているんだ。……ああ、何も考えていないのか。

「あのう、江戸さん。けど、具体的にはどうなるんすかね。四天王って、そう簡単に変わっても大丈夫なんすか?」

「形式的ではあるが、四天王同士の話し合いにより決めると聞いている。誰が退くかどうかも、そこで決まる、と。ただ、もう一つ簡単かつ確実な方法がある」

「それは?」

「四天王が死ぬことだ。死ねば、代わりを補充する必要がある。実際、グロシュラやクンツァイトは先任の怪人が死に、後釜についた」

 嫌な予感がする。

「まさか、エスメラルド様の……」

「いっ、言うな!」 どん、と、江戸さんが扉を殴りつけた。

「言ってはならない。あまりにも馬鹿げているが、あまりにも、恐ろし過ぎる」

 エスメラルド様が、死ぬ? いや、殺される。あの、いけすかねえペガサス野郎に。想像しただけで怖気が走った。だが、あの人が負ける絵ってのも想像出来ない。能天気だがエスメラルド様とて四天王である。彼女が戦っているところを見たことがあるが、恐ろしく強かった。ペガサススーツの性能がよくても、いくらなんでも、なあ。

「とにかく、あの方を一人にさせてはならないぞ。各自、目を光らせ、牙を研ぎ、爪を磨け。私が許す。あの方に害を為す存在を……!」

 それだけ言って、江戸さんは控室を出て行った。俺のキンタマがきゅっと縮み上がっていた。



 次の朝、俺は一人でカラーズへと向かっていた。が、

「……閉まってる?」

 ひいこら階段上ってドアノブを回そうとしたところで、鍵がかかっているのに気付いた。おかしいな。こんなこと、今までになかったんだが。閑古鳥が鳴いている時だって年中無休でやってたってのに。つーか、休むんなら俺に連絡を寄越せってんだ。携帯で社長に呼び出しをかける。クソアマが。

『あら青井、おはようございます』

「おい社長、おはようございます。会社に入れないんだけど、どういうことだ?」

『今日はお休みにしたの。けれど青井、あなたが仕事もないのに会社に行くなんてどういう風の吹き回しかしら。まさか、金庫を狙って……』

 金庫なら前から狙っているが、今はそんな時ではない。

「聞きたいことがある。盗まれたスーツについてだ。例のペガサス型だけどよ、どんぐらいの性能なんだ?」

『そんなこと? そうね、かなりいいわ。性能だけで考えるなら、あなたの思っている以上のものだと思って』

 かなり、か。うちの四天王のスーツよりもいいのか、それとも赤丸やイダテン丸くらいのものなのだろうか。

『詳しくは話せないし、話したくもないけれど、この街で一番と思ってくれても構わないわ。そこらの怪人が束になってかかってきたって平気の平左。右から左へと、ばったばったと悪漢を受け流す古今東西最強のスーツと思って間違いないわね』

「……冗談だよな?」

『私は基本的に嘘は吐かないの。この話はあなたにはしたくないのよ。だって、やる気がなくなっちゃうじゃない。そんなにいいものだったのか、あーあ、がっくりって』

 確かにがっくりもがっかりもしたが。だが、今の俺は職を失うかどうかの瀬戸際なのだ。エスメラルド様がペガサス男に勝てるかどうか知りたかったのだが、もし、仮に、万が一、性悪社長の言葉が真実だとしたら……。果たして、あの人は勝てるのか? そもそも、そんなやばいスーツを相手にして無事でいられるのか?

『あの日、あの夜、あの港でスーツを奪われなかったらこんなことにはならなかったのに……』

「なんだって? 港? おい、そのスーツ、港で奪われたのか?」

『そうよ、うるさいわね。うちへ運ぶ為に倉庫に置いてあったのをやられたのよ。どこかのちんけな組織に盗られたのね。ああ、かわいそうな私。ぐっすん、およよ』

 ペガサスのスーツ。正体不明の中の人。港の倉庫。そして、確か、あの日は……。疑惑は、少しずつ確信へと変わりつつあった。



 その日の夜、俺たち数字付きは再び控え室に集まるよう言われた。が、電車が遅れていたこともあり、俺は集合の時間には間に合いそうになかったのである。どうせ遅れるなら走っても仕方ねえし、近くのコンビニで缶コーヒーを買い、怒られるのを覚悟の上でのんびりと歩き出した。

 時間に十分ほど遅れて組織に到着する。相変わらずじめじめして埃っぽくて薄暗い廊下を歩く。かつんかつんと、やけに音が響いた。妙だ。今日はいつもより静かだ。というより、静か過ぎる。胸騒ぎがした。ざわざわと、体中に悪寒のようなものが走る。自然、俺の歩く速度が上がった。

 かつん、かつん。

 かつんかつんと、向かいからも足音が聞こえてくる。ぬっと、廊下の角から姿を現したのは、件の男、ペガサスのスーツに身を包んだやつであった。警戒し、俺の歩幅が狭くなる。体は緊張して強張り始めていた。

「よう」と、ペガサスが軽い所作で手を上げる。無視しようとしたが、彼はじっと俺を見ていた。

「久しぶりじゃねえか」と、ペガサスが立ち止まる。きっと、逃がすつもりはないのだろう。ここまで来たら逃げるつもりだってなかった。

 俺はある程度の距離で立ち止まり、ペガサスを見据える。

「……おう。やっぱり、お前か」

 すると、ペガサスが顔を歪めた。くつくつと小さく笑い、やがてその声は大きくなる。組織中に響き渡るような声で笑うと、野郎は気が済んだように息を吐き出した。

「ひひっ、やっぱ、お前は妙なところで勘が働きやがるよなあ。前からそうだ。てめえだけはそうだった。逃げどころってのが分かってるんだよな。伊達に何年も下っ端やれてねえ。ひたすら走り回れたのは、そういうところが……」

「生きてやがったんだな」

「……ああ。あの時、バスに置いていかれた時はもうだめだと思ったぜ。ヒーローに追い回され、仲間が次々ととっ捕まってぶちのめされてるのを尻目によう、俺は逃げた。逃げて逃げて」

 ペガサスは、自分の胸をどんと叩いた。

「こいつと出会ったのよ。見たか? 知ってるよな? こいつは並大抵のスーツじゃねえ。由緒正しい、最強のスーツなんだよ。港の倉庫でこいつを見つけて、襲ってきたやつらを全員ぶちのめしてやったぜ。気持ちよかったぜえええ? これが力なんだって、ありありと分かって。俺ぁもう、一介の戦闘員なんかじゃ収まらねえ」

 気持ちよくなっているのは確かなんだろう。舌がぐるぐるとよく回る。

「なあ、青井。てめえは今、エスメラルドの下っ端やってんだってな。あん時に比べりゃあ出世したもんだぜ。同期でも一番の稼ぎ頭ってところだろうよ。けどな、俺には敵わねえ。何もかもな。何もかもだ。俺は、四天王になる。この、しみったれた組織をよ、俺の力でこの街一番にのし上げてやる。……勘違いすんなよ? 俺は、あの時置いていかれて、見捨てられたことを恨んじゃあいねえ。逆の立場だったら誰だってそうするからな。けどよう、ムカつくよなあ? 俺を見殺しにしたやつが、のうのうと生きて、あげく、四天王に気に入られてるってのはよう……!」

「御託はいいんだよ。これで一個は分かったぜ。てめえが、なんでうちなんかに来たのかがよ」

「ああ、そうだ。俺は俺を見殺しにした組織で、でかくなりたかったのよ。そんでもって青井。てめえはついでだ。ついでに、ボコボコにしてやるぜ」

 ペガサスは笑みを深める。実に、厭らしい。真っ白なスーツの中からはどす黒い野心の塊が見え隠れしていた。あの、いつか見た人の良さそうな笑顔はもう見られないのだろう。

「やるってのかよ」

「あ?」

 消えた。目の前の巨体が。そう認識した瞬間、俺の視界は天井に近づきつつあった。体を強かに打ちつけて、落下する。もう一度、背中を強く痛めつけられる。殴られた。いや、撫でられた。ただそれだけで、俺はスーパーボールみたいになる。

「お前が誰とやるってんだ? あ? 誰を目の前にしてると思ってやがる。青井。てめえは最後だ。昔のよしみってやつで、今は生かしといてやる。それまでは、今まで積み上げてきたもんがぐっちゃぐちゃに崩れるのを見てるだけだ。てめえは、何も、出来ないんだよ」

 俺はもはや呻くしか出来ない。蟲のように蠢くしか出来ない。

「じゃあな。次に会う時が、てめえの死ぬ時だ」

 俺は最後まで、去っていくペガサスを――――桑染という男を見送る事しか出来なかった。

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