ペガサスよ
ヒーローとはなんだ。
ヒーローにはどうやったらなれる。
スーツさえ着ればヒーローなのかといえばそうではない。怪人や戦闘員だって戦う為に、身を守る為にそれを着る。では、ヒーローを定義するものとは何か。……それは、正しいということではないか。正義ということではなかろうか。彼らは悪人に対する切り札だ。一般市民を守る最後の砦だ。
必要なのは自身を正義だと主張する意志か、自分がヒーローだという名乗りか、あるいは、行為に対する結果か?
分からない。俺は馬鹿だから、未だに分からない。戦闘員とヒーローのガワを行き来しても尚、本質的には、金を稼ぐ手段としか物事を捉えられていない。
「ぼっとしてんなよ、青井」
何者かに揺さぶられて、俺は目を覚ました。どうやら、日ごろの疲れがたたって居眠りしていたらしい。これから仕事が始まるってのに。
「じき、着くぞ。……任務、復唱。はい」
エスメラルド部隊、数字付きの同僚に促されて、俺は頭を掻きながら口を開けた。
「下っ端のやるこたあ変わらねえ。港の倉庫から金目のもんをひったくるだけだ」
俺はワゴン車の中から外を見遣った。ふと、懐かしいと思ってしまう。
「どうした? もしかして今更びびってんのか、青井くんよう」
「青井じゃねえ。十三番だ」
それもそのはずだ。この港は俺が数字付きになる前にも訪れたことがある場所なのだから。しかもいわゆる、いわくつきの。
三日月が俺たちを見下ろしていた。夜の港には魚と鳥以外には誰もいない。ワゴン車の中から降りたサル型怪人と数字付きは周囲を見回す。大丈夫だと言い聞かせながら、俺は食い入るように闇の中へ目を凝らした。暫くすると、俺たちの乗ってきたワゴンの近くに、別のワゴンが停まった。
「キィ。誰もいないようだな」
サル怪人は俺たちを指さし、それから、その指を天に向けて、吠えた。
「ウキキキキ! では、任務を開始するっ。走れ! 奪え! 以上!」
命令は分かりやすかった。今晩、数字付きは半分程度の人数で出張ってきている。各々が怪人の指令に頷き、宝箱目指して駆け出した。あとは、荷物を二台目のワゴンに積めるだけ積んでおさらばするだけである。
倉庫の扉をぶっ壊して侵入する。俺は数字付きの十一番と行動を共にしていた。中身の知らない、知る必要すらない積み荷をえっちらおっちら運びまくる。結構な重労働だ。スーツがなけりゃあ、上手くはいかない作業だったろう。
「よう、十三番。知ってるか?」
「何を」と、俺は荷物を地面に置き、その上に腰を下ろした。十一番もそれに倣う。
「最近目立ってきてるやつの話だよ」
目立つ、か。誰のことだかさっぱり分からんので、俺は続きを促した。
「うちの組織の話だ。ペガサス型のスーツを着たやつって知ってるか?」
ペガサス型? そんなやつ、いたか? 少なくとも俺は知らない。見たことがない。
「……羽の生えた馬だよな? どこの部隊だ?」
「いや、なんか、最近うちに入ったらしいんだ。そいつ、基本的には組織に寄りつかなくてさ、外で活動してるらしい。ほら、こないだ五人組のヒーローがやられたって話が上がってたろ。あれ、そいつが一人でやったって話だぜ」
最近ボコボコにやられた五人組といえば虹色戦隊だな。確か、一年くらい前に音楽性の違いとかで二人ほど抜けてたって連中だが、五人でもかなり腕が立つやつらだった。それが本当だとしたらとんでもねえ手柄で、信じられねえ話だな。
「しかし、ペガサスかよ。なんつーか、こう、ファンタジーだよな」
「ただの馬型じゃあ嫌だったんだろう。スーツからして格が違うってのを見せつけたかったんじゃねえの?」
ふうん。まあ、一応は味方なんだし問題はねえだろう。今更手柄を取られたって何とも思わねえし。
俺と十一番はサボってるのをサルに見つかる前に仕事を再開した。この日、特に何もなく仕事は片付いた。
夜勤が終わり、朝を迎える。組織の控室でたらふくコーヒーを飲んだ後、俺はチケットを利用してタクシーで家に帰った。いなせは寝ているだろうが、レンは起きてるかもしれないな。
二人を起こさないように、静かにドアを開ける。明かりはついていなかったが、二人分の寝息が聞こえてくる。息を吐き、靴を脱いで、荷物を部屋の隅に置いた。ようやっと、人心地がついた。
「……えへへへへぇ、お兄さぁん。おにいさんってばあ、そこは、あっ」
「何言ってんだこいつ」
……いつまで続くんだろうか。二人のガキを養ってる身だが、生活には困らなくなってきた。でも、ヒーローも戦闘員も肉体勝負だ。怪我や病気にかかればそこで終わっちまう。水物だ。一種賭け事だ。元手こそかからねえけど。もっと偉くなったらいいのか? たとえば、そう、四天王、とか。そうすりゃあてめえの身体動かさなくたって、下を好き勝手に動かして金を稼げばいいんだもんな。んなこと、今更過ぎる。この年までやってきてうだつが上がらねえんだ。どうせ、俺はここまでなんだよなあ。ま、いっか。どうにかなるだろう。
「うう、マサヨシ……お前、やっぱり、そういう趣味を持ってたんだね」
「やっぱりってなんだよ!」
社長から連絡が来たので、お子様を連れてカラーズへ出向く。何故か、今日は九重が送迎役を買って出た。ラッキー。
「おはよう、青井」
「……お、おう。おはよう」
アンラッキーだった。何故か、社長も一緒にいやがる。この野郎、いったい、今日は俺に何をさせようってんだ。とりあえず車に乗り込む。俺は助手席に。レンといなせは後部座席に押し込む。
「どういう風の吹き回しだよ。俺んちまで迎えにってのはよ」
「あなたに渡すはずだったスーツの所在が分かったのよ」
「えっ、ま、マジか」
スーツ! やった、俺の俺による俺だけの! ……って、あれ? なんか、今更じゃねえ?
「はずだったって、どういうことだよ」
「あら、言ったじゃない。スーツは盗まれたって。本当は、あなたには取って置きのをあげようと思っていたのよ。けれど、カラーズを立ち上げる日の夜、盗られちゃったの」
社長の顔はちっとも暗くない。というか舌を出して茶目っ気振りまいてやがる。
「ふん。なら、マサヨシに苦労を掛けてるやつはどこにいるんだい。盗んだ奴の居場所が分かったんだろう?」
「いいえ。けれど、相手は分かったの」
「どこぞのヒーローか?」
緩々と、社長は首を振った。ともすれば、彼女は悲しそうな表情を浮かべた。
「盗んだのは、悪の組織の怪人ね」
「へええ、そいつが堂々とそのスーツを着てたってのか?」
「しかも、そのスーツを使ってヒーローを倒してしまったの。屈辱だわ。悔しくて悔しくて、思わず青井のお給料を下げてしまいそうになるくらい」おい。
つーか、スーツは本当は用意してあったのか。けど、それも今じゃあどっかの怪人のものになっちまってる。取り戻したとしても、誰かのお古なんてぞっとしねえが。
「一応、今日はそれを伝えようと思ったの。あなたには申し訳なく思っていたから、直接話したかったのよ」
「まあいいけどよ。今更だし。スーツは別のやつに頼んでるしな。けど、すげえむかつくな、それ。教えろよ。どんな感じのスーツだったんだ? 着てるやつを見かけたら引っぺがしてやるからよ」
「ペガサスよ。ペガサス型のスーツ。空想上の生き物なのだけれど、知っているかしら?」
まだ昼間だが、俺は組織に足を運んでいた。レンといなせは社長たちに預けてある。……俺はまず、江戸さんのところへ向かった。あの人なら、ペガサス型のスーツを着た野郎のことを何か知っているだろうと思ったのだ。
「江戸さん? さあ? どっか行ってるんじゃねえの?」
さっそく当てが外れてしまった。俺は数字付きの控室でがっくりと肩を落とす。
「なんか用事でもあったんか?」
「まあな。それより、お前らはどうしてここに来たんだよ」
控室には数人の数字付きがいた。確か、仕事は夜からのはずだが。俺が聞くと、八番はへへへと笑った。気持ち悪い。
「来たんじゃなくて残ってたんだよ。いやあ、六番が酒を持ってきてたからよ。ここで飲んでたわけよ。お前はそそくさと帰っちまったからな。たぶん女のところに行ったんだろうって、肴にさせてもらったぜ」
「抜かせボケが。くそ、無駄足踏んじまったじゃねえか」
「話くらいなら聞いてやんぜ?」
少し迷ったが、盗っ人野郎の話をするくらいなら問題ないだろう。俺はペガサス型のスーツを着たやつについて尋ねた。まったく、一切、一ミリも期待していなかったが、予想に反し、八番は何かを知っている風なそぶりを見せた。
「ペガサスねえ。んなファンタジーなスーツ着てるやつだからよ、結構噂にはなってたぜ。そいつな、中身は誰だか知らねえが、最初はフリーで活動してたみたいなんだ。けど、ヒーローの首……っつーかスーツを手土産にしてうちの組織へ来たって話だぜ」
「詳しいじゃねえか。けど、おかしな話だよな。何だってうちみてえなところに来たんだ? 正直、もっと大手の組織に行けたろうに」
うちの組織も小さくはないが、そこまで大きくもない。中の下がいいところだろう。話を聞く限り、あの社長が用意したペガサス型のスーツは性能が良過ぎる。現物を見ちゃいねえし、中身が誰なのかもはっきりしちゃいねえが、かなり強い。かなり出来る。わざわざうちを選んだ理由は、なんだ?
「そこまでは知らねえ。けど、うちの四天王が認めたんだからそれで済む話だろ? 尤も、エスメラルド様に聞いても『いいぞ』の二つ返事、なんだろうけどな」
組織には長がいる。はずなんだが、俺は見たことがない。聞いたこともない。だもんで、新人を迎える際、怪人なりそれなりの地位にいる奴が形だけの面接をする。手土産を持ってきた件のペガサスほどのやつにもなると、四天王が出張る。他組織のスパイかもしれないからだ。警戒の必要がある。……が、四天王のグロシュラは脳みそ筋肉だし、クンツァイトは組織におらず外をうろちょろしている。もう一人の四天王は誰も行方を知らない。となると残ってるのはエスメラルド様だが、あの人は来る者拒まず、去る者はえっ誰だっけそんなやついたっけな人だからなあ。
「で、青井くんはそいつに何か用でもあんのか?」
「あ? 青井って言うなやボケ。用はねえよ。気になっただけだ」
更に言うなら、俺が用があるのは中身じゃなくてガワだけだ。スーツさえ戻ればそれでいい。だが、返せと言って、はいそうですかって訳にはいかねえだろう。そう簡単にはいかねえってのが世の常である。どうしたもんか。
俺はペガサスとは会えなかったが、そいつの噂だけは聞いていた。毎日、毎日、街のどこかでヒーローを狩ってはスーツを土産に組織へ戻ってきている、らしい。手柄も功績もガンガン立てて、昇進すら思いのままだ、と。元は俺……というかカラーズのヒーローに与えられるはずだったスーツを使って好き放題やってるのはめちゃくちゃムカつくが。
「おう、アオイー!」
ある日、俺はエスメラルド様と廊下で顔を合わせた。彼女はクレープを両手に持ちながら、幸せそうな笑顔を浮かべていた。挨拶しようとするが、おや? エスメラルド様は知らないやつを連れている。白くて、かっこよくて、羽の生えた……って!?
「ペガサスの!?」
「お? こいつのことを知ってるのか、アオイ?」
ペガサス型と一言で言えば簡単だ。姿かたちだってなんとなく予想もついていた。けど、実際に見ると威圧感ってのが半端ねえ。純白のスーツは薄暗い悪の組織には似合わない。雄々しい翼は、飛行ユニットなのだろう。二メートル近い体躯は、天井に頭をぶつけそうで、窮屈そうだ。これが天馬か。こいつが、俺の……!
「まあ、噂くらいなら」
「うん、そっか。実はな、こいつ、新しい四天王になるかもしれないんだ」
「新しい、四天王ですか?」
俺は今一度、ペガサス型の怪人を見遣った。そいつはなぜか、俺を見て、嗤ったような気がした。