"誕生日"
気が遠くなる程の回数踏み付けられた猫は、死んで居なかったようだったが、ようやく静かになった
ゴム製の靴底を通して痙攣が伝わって来る
此の状態の猫を手当した場合、猫は生きるのだろうか
生命の強靭さに感嘆するというよりも、率直に気持ち悪いなと僕は思った
商店の窓を割って、中に猫を投げ入れる
想像よりも硝子の割れる音は小さく、また、僕の姿も日付が変わるほど夜が更けた深夜の街中では、誰の眼にも止まる様子が無かった
ポケットから煙草とライターを取り出し、咥えて火を付ける
一吸いだけ紫煙を肺に放り込んだあと、僕は煙草を商店へ投げ込んだ
背を向けて立ち去りながら、僕は『あの店は』『火災に視舞われるだろうか』と考えた
確認の手立ては無かったし、必要とも思わ無かった
平素から其処まで人通りの無い通りは、此の時間ともなると更に何者の気配も感じられ無い
道すがら拾ったバールで、気紛れに次々と商店の窓を割りながら歩く
最早、誰かに音を聞かれて居るかも知れなかったが、気になら無かった
硝子を一つ、また一つと割るたび
段々と楽しくなっていって、僕は更に店々の窓を割った
跳ね返った硝子が皮膚に当たり、手や頬に大小様々と裂傷が浮かび上がっていく
愉快に感じ、僕は声を上げて嗤った
此れ迄、僕は何を悩んで居たのだろう
総て、矮小な事で在る様に思えた
折良くも5階建ての店を視付け、僕は其の店の自動ドアを叩き割ると、変わらない足取りで店内に入った
警報でも鳴るかと思ったが、そうした物は無いビルらしい
雑居ビルと言った様な造りで、服屋や飲食店等、様々なテナントが通路の左右に並んで居る
硝子張りの壁をした花屋も在れば、モルタル壁に木製の扉が付いたレストランも在る
歩く速度を落とさない程度に、僕は壊せそうは物は大半をバールで叩き割りながら、上の階を眼指した
階段室の壁は、殴りながら歩くと容易に穴だらけに成った
ビルの壁は中が空洞に成って居た
勉強になるなと思った
ポケットから煙草を出して、また一吸いだけニコチンを肺に入れる
火の点いた紙巻きを壁の穴に放り込むと、僕は穴の中を覗き込んだ
闇の中で小さな灯りが、流れ星のように落ちていく
落下したあとも炎は、何処なのかさえ解らないような壁の中の隙間で弱々しく辺りを照らし続けて居た
そんな風にして僕は5階建ての屋上に立った
煙草を、今度は終わりのところまで吸って居る
吸い終えると僕は、吸い殻を眼下の街並みへと放り投げた
此処まで持って来たバールも、ビルの下の通りへと投げる
地平線までも放り投げてみたかったバールは、ごく小さな放物線の先で垂直に堕ちていく
かーん………と云う音を立てて落下したバールは、アスファルトの上で数回バウンドし、動かなくなった
バールは生きて居ない
吸い殻も、多分そうだろう
『Happy Birthday』
そう自分に告げると、僕は助走を付けて屋上から生へ向けて飛び出した
此の生は長く無い
此の生は一瞬で、地面に着く頃には死に変わって居る
強い風が頬に当たって来る
其れを全力で感じながら、僕は瞼を降ろした




