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第一話 石と、終電と、始まりの光

【第一話 石と、終電と、始まりの光】



 午前零時十七分。田中蓮はまた今日も終電で帰っていた。


 駅から自宅まで徒歩八分。コンビニで買った三百円の弁当を提げ、緩やかな坂道を黙々と歩く。スーツはくたびれ、ネクタイは緩んでいる。靴底がすり減っているのに気づいていたが、替える時間がなかった。


(今月の残業、もう八十時間超えてるな……)


 二十八歳。大手商社・東都トレーディング営業二課勤務。毎日終電帰り、休日出勤当たり前。同期はとっくに転職していったが、蓮にはなぜか辞める踏ん切りがつかなかった。責任感なのか、惰性なのか、自分でもよくわからない。


 ただ、歩く。ただ、生きる。それだけの日々だった。


 空は雲ひとつない晴れで、星が珍しくよく見えた。都心にしては奇跡的な夜空だ、と思った。でも蓮は二秒後にはその思考を忘れていた。明日の朝一に提出しなければならない資料のことを考えていたから。


 交差点を渡り、コンビニの前を過ぎる。深夜でも灯りがついている店内に、疲れ切った顔のサラリーマンが一人、ホットスナックのショーケースを眺めていた。目が合った気がして、蓮は少し視線を逸らした。他人の疲労を見ると、自分のそれが倍になる気がするから。


 路地に入る。街灯の数が減り、足元が少し暗くなった。このルートは五分短縮できるが、夜は少し怖い——と最初の一週間だけ思っていた。今は何も感じない。慣れとは恐ろしいものだ。


 そんな蓮の視界に、ふと光るものが入ってきた。


 排水溝の縁、街灯の光が届かない影の中で、何かがかすかに白く輝いている。最初は反射かと思った。スマホのガラスか、あるいはアルミの空き缶か。だが足を止めてじっと見ると、それは明らかに「光を反射している」のではなく「自ら光っている」ように見えた。


 蓮はしゃがんだ。


「……石?」


 拾い上げた瞬間、蓮は違和感を覚えた。親指の爪ほどの大きさで、乳白色の光が内部で脈打っている。ガラスでも鉱石でもない。表面はなめらかで、角がなく、まるで長い時間をかけて川に磨かれたような形をしていた。温かい——まるで生き物の体温のような温もりが手のひらに伝わってくる。


(変なもの拾うなよ、って言われそうだけど)


 捨てようとした。でも、できなかった。理由は説明できない。ただ、この石を手放してはいけない——そんな感覚が、全身を貫いていた。本能、と呼ぶには大げさだが、それ以外の言葉が思いつかなかった。


 ポケットに滑り込ませ、蓮はまた歩き始めた。


 自宅のドアを開け、電気をつけ、スーツを脱いで弁当を食べる。テレビをつける気力もなく、シャワーも浴びず、そのまま布団に倒れ込んだ。


 石のことは、もう頭になかった。



◇ ◇ ◇



 翌朝。目覚めた蓮は、天井の染みを見つめながら二秒ほど意識が空白になった。


 何かが——違う。


 視界の端に、ぼんやりとした文字列が浮かんでいる。最初は目やにか残像かと思った。だが、まばたきを繰り返しても消えない。目薬でも差せばどうにかなるかと思ったが、取り出す前にその文字が、はっきりと像を結んだ。



┌─────────────────────────────┐

│   【魔眼 Lv.1 覚醒】        │

│                    │

│ 能力値の可視化   :有効      │

│ 魔素流動の知覚   :有効      │

│ 弱点解析(基礎)  :有効      │

└─────────────────────────────┘



「……は?」


 声が出た。布団から身を起こす。視界の隅に、半透明のウィンドウのようなものが確かに存在している。ゲームのUIに似ているが、これは夢ではない。ベッドの感触も、外から聞こえる車の音も、鼻をつくカーテンのほこりの匂いも、全てリアルだ。


(いや待て、落ち着け田中蓮。こういうときは深呼吸だ)


 三秒吸って、三秒吐く。繰り返す。落ち着かない。


 恐る恐る、スマホ画面に視線を向けた。すると——情報が、自動的に流れ込んできた。



┌─────────────────────────────┐

│ 【スマートフォン(物体)】       │

│ 素材  :強化ガラス / アルミニウム合金│

│ 魔素含有量:0            │

│ 特記事項 :なし           │

└─────────────────────────────┘



(うわあ……本当に見える)


 スマホを置いて、今度は自分の手を見る。すると手の甲の上に情報が重なった。



┌─────────────────────────────┐

│ 【田中 蓮(人間)】         │

│ 年齢  :28歳           │

│ 魔素保有量:計測不能         │

│ 能力ランク:???           │

│ 特記事項 :詳細解析には対面が必要  │

└─────────────────────────────┘



 見えた。自分自身の情報が。


 蓮は長い間その手を見つめ、それからベッドの枕の下を確認した。そこには昨夜拾った石がある。光は消えていた。まるで役目を果たしたかのように、ただの白い石ころに戻っていた。


(これが……原因か)


 石を手のひらに載せる。もう光らない。温もりも消えていた。だがその感触が引き金になったのか、蓮の脳裏に「昨夜この石を拾った瞬間」の感覚が蘇った——あの、手放してはいけないという確信。


 あれは本能じゃなかった。引力だったのかもしれない。


 蓮は立ち上がり、窓から外を見下ろした。朝の通勤ラッシュ——見覚えのある光景のはずが、今は違って見える。歩いている人々の頭上に、薄ぼんやりとした光の帯が揺れている。色も太さも人によってバラバラだ。ある人は細く青白く、ある人は温かいオレンジ色で、またある人は灰色がかってほとんど見えない。


(あれが「魔素」……?)


 試しに通行人の一人に視線を定めた。三十代くらいのスーツ姿の女性。情報が流れてくる。



┌─────────────────────────────┐

│ 【一般人(女性)】          │

│ 魔素保有量:微量           │

│ 能力ランク:なし           │

│ 危険度  :なし           │

└─────────────────────────────┘



(一般人……ということは、そうじゃない人もいる?)


 視線を動かす。次々と情報が流れてくる。ほとんどが「一般人」だ。魔素保有量「微量」か「極微量」。能力ランク「なし」。


 だが——一人だけ、違った。


 マンションの向かいの歩道。スーツ姿の中年男性。年齢は四十代か。見た目は何の変哲もない、どこにでもいそうなビジネスマンだ。だが彼の頭上の光の帯だけが、他の誰よりも激しく、深い紫色に燃えている。まるで揺れる炎のように、脈打ちながら輝いていた。


 蓮が視線を定めた瞬間、情報が自動的に流れ込んできた。



┌─────────────────────────────┐

│ 【能力者識別情報】          │

│ 名称  :不明(未登録)       │

│ 能力ランク:B+           │

│ 能力種別 :物理強化系        │

│ 所属  :不明            │

│ 危険度  :中            │

└─────────────────────────────┘



「……能力者?」


 呟いた瞬間、スーツの男が足を止めた。


 ゆっくりと——こちらを向く。距離は二十メートル以上あるはずだが、その目は、確かに蓮を捉えていた。三階の部屋、窓越しに。


 目が合った。


(……まずい)


 理屈ではなく、本能がそう叫んだ。


 男の表情が変わった。それまで無表情だったのが、何かを確認したような、品定めするような目つきになる。唇が、かすかに動いた。何かを呟いたようだが、距離があって聞こえない。


 蓮は窓から離れようとした。


 その瞬間——窓に、影が差した。



◇ ◇ ◇



 三階の窓ガラスを、人影が素手で叩き割った。


「っ!?」


 さっきのスーツの男だ。いつの間に——どうやって三階まで——そんな疑問を持つ暇もなく、砕けたガラスが舞い散る中、男の拳が迫ってくる。


(死ぬ!)


 その瞬間——世界が、スローモーションになった。


 正確には、蓮の思考速度が跳ね上がったのだ。迫りくる拳の軌道が、まるで線香花火の軌跡のように、橙色の残像を引いて「見えている」。どこに当たるか、どう避ければいいか——全てが「わかる」。まるで答えを書き込まれた試験用紙を見るように、回避の手順が脳内に浮かぶ。


 体がそれに従って動いた。ひねる。半歩引く。拳が鼻先を掠め、壁に深々と埋まった。


 コンクリートが、拳の形にめり込んでいる。


(人間が……壁に穴を開けた……!?)


「……なんだ、貴様。なぜ避けられる」


 男の声は低く、感情が薄かった。驚いているというより、計算が狂ったことに対して不満そうな——そういう口調だった。


「俺が聞きたいですよ!!」


 怒鳴り返した。自分でも驚くほど、声が出た。


 男が二撃目を放ってくる。今度は拳ではなく蹴り。膝を狙った一撃だ。だがそれも、蓮には「軌跡」が見えていた。一歩横に踏み出し、かわす。


(……見える。全部見える)


 怒鳴りながら、蓮は視界の情報を無意識に読んでいた。男の体のあちこちに、薄く光る「線」が見える。腱や関節の位置とは違う——魔素の「流れ」だ。そしてその流れが、特定の一点に集中している箇所がある。


 そこが——弱点だと、なぜかわかった。


 左脇腹の、肋骨の間。魔素が最も濃く、最も密に流れている地点。


(こんなの、やったことないけど……!)


 三撃目が来た。今度は腕を掴もうとしてくる。蓮はその手を払いながら、一歩踏み込んだ。そして——男の左脇腹の一点に、親指を当てた。


 それだけだ。押しもしない。ただ、触れた。


 次の瞬間、B+ランクの能力者が膝をついた。


「……ば、馬鹿な」


 男の顔から血の気が引いている。自分の体が思うように動かないことへの困惑が、表情に滲んでいた。


「な、なぜ……俺の流脈を……」


「流脈……?」


 蓮も、自分が一番驚いていた。何をしたのかわからない。ただ「ここだ」と思った場所に触れたら、相手が倒れた。理屈がわからない。でも体が知っていた——あの「線」の意味を。


 そこへ、ドアが勢いよく蹴破られた。


 蝶番が吹き飛び、ドアが内側に倒れ込む。蓮は思わず飛び退いた。


「動かないでください。異能管理局です」


 黒いジャケットの女性が、両手で銃を構えて立っていた。年齢は二十代半ば。切れ長の目が、倒れた男と、その前に立つ蓮を順番に見る。


(異能……管理局……?)


 聞いたことがない。いや、そんな機関が存在すること自体を、蓮は今の今まで知らなかった。


「……あなたが、A+ランク以上の魔素反応を出している人物ですか」


 女性の声は静かで、感情が読みにくかった。銃口は倒れた男に向けられたまま、視線だけが蓮に固定されている。


「A+以上って……俺が?」


「半径五百メートル以内で、あなただけが突出した反応を出しています。昨夜零時頃から急激に上昇し始め、今朝には観測史上でも珍しいレベルに達した」


(昨夜零時……石を拾った時間だ)


 蓮は恐る恐る、自分自身を「見た」。魔眼を自分に向ける。視界に流れ込む情報——。



┌─────────────────────────────┐

│ 【自己能力値】            │

│ 名称  :田中 蓮          │

│ 年齢  :28歳           │

│ 能力ランク:???           │

│ 能力種別 :魔眼(上位未分類)    │

│ 潜在能力解放率:0.3%        │

│ 特記事項 :計測不能         │

└─────────────────────────────┘



「解放率……〇・三パーセント……?」


 つまり今の力は、持てる力の一パーセントにも満たない。なのに——B+ランクの能力者を一撃で無力化してしまった。


(これが〇・三パーセントなら……百パーセントになったら、どうなる?)


 考えたくなかった。


 女性エージェントがゆっくりと近づいてくる。倒れた男を素早く確認し、手錠のようなものをはめてから、立ち上がって蓮を正面から見た。


 蓮の魔眼が自動的に情報を読み取る。



┌─────────────────────────────┐

│ 【霧島 綾乃(能力者)】        │

│ 年齢  :25歳           │

│ 能力ランク:A-           │

│ 能力種別 :速度強化・感覚拡張系   │

│ 所属  :異能管理局 第一課     │

│ 危険度  :高            │

└─────────────────────────────┘



(Aランク……すごく強い人だ。でも「読める」)


 その頭上の光は鮮やかな銀色だった。B+の男のような紫の炎とは違い、透明感のある冷たい輝き。強い。だが蓮の魔眼の前では、それすら情報として丸裸になる。


 女性——霧島綾乃は、蓮の視線に何かを感じたのか、わずかに眉をひそめた。


「……今、私のことを「視ましたか」」


「え?」


「今、情報を読んだでしょう。能力者は、魔眼を向けられると感じることがある」


 図星だった。


「……すみません」


「謝らなくていい。そういう能力なら当然の動作です」


 霧島は小さくため息をついた。銃をホルスターに収め、代わりに黒い手帳を取り出す。


「改めて。私は異能管理局第一課所属、霧島綾乃と申します。田中蓮さん、あなたに同行をお願いしたい」


「……同行?」


「任意です。ただし」


 霧島の目が、窓の外——割れたガラスと、あちこちに走ったひびを見た。


「この部屋の修繕費と近隣への説明は、局が担当します。あなたが今朝経験したこと、その石のこと、全てお話できます」


(石のことも、知ってる……?)


 蓮は枕の下の石を見た。役目を終えたかのように光を失った、白い石ころ。


 行くべきだ、と思った。行かなければ何もわからない。この「魔眼」の意味も、能力者という存在も、異能管理局なる組織も。


 でも——蓮の脳裏をよぎったのは、それとは全然関係のないことだった。


(……上司に遅刻連絡、入れないと)


「わかりました。同行します」


 言ってから、スマホを手に取った。


「すみません、一本電話していいですか。会社に遅刻の連絡を……」


 霧島が、初めて少し表情を崩した。驚いたような、呆れたような——何とも言えない顔だった。


「……どうぞ」


 蓮は上司の番号を押した。コール音が三回鳴る。


「はい、田中か。おまえ今何時だと思ってる」


「申し訳ございません、本日午前中の出社が難しくなりまして……」


「また残業の疲れか? 昨日だって——」


「いえ、自宅に窓から不審者が侵入してきまして」


「……は?」


「警察……というか、管理局というところの方が来ていて、ちょっと事情を聞かれることになりまして」


 沈黙。


「田中、おまえ何かやったのか」


「やってません。本当に突然で」


 また沈黙。それから、上司のため息が聞こえた。


「……わかった。午後には来い。あと窓のことは管理会社に——」


「そちらも先方が対応してくださるそうです」


「……本当に何があったんだ、おまえ」


「俺も聞きたいです」


 電話を切る。


 霧島が壊れたドアの傍で、无表情のまま待っていた。倒れた男は既に別の局員らしき人物に連れ出されている。


「準備ができたら出発しましょう」


「はい。えと——着替えていいですか」


「どうぞ」


 蓮はクローゼットを開けた。選ぶ気力もなく、手前にあったスーツを手に取る。


(社畜って、本当に社畜だな、俺……)


 能力者に窓を割られ、世界の秘密を持つ組織に連行される朝なのに、考えることは遅刻連絡と着替えだ。


 石をスーツのポケットに入れた。光を失っても、捨てる気にはなれなかった。


 そんな平凡なことを考えながら、田中蓮の非日常は始まった。



◇ ◇ ◇



 霧島に連れられ、地下鉄に乗る。


 車内は朝のラッシュで混んでいた。蓮の魔眼は自動的に情報を拾い続ける。右隣の女子高生は「一般人・危険度なし」、左の老人も「一般人・危険度なし」、向かいのスーツ男性も——


(あ、この人もランクCの能力者だ)


 いる。普通に、いる。


 気にして見れば見るほど、能力者は街の中に溶け込んでいた。大半は魔素の量が少なく、本人も気づいていないかもしれないレベルだ。だが確かに「普通の人間」とは異なる。


(今まで全く気づかなかった)


「……緊張していますか」


 霧島が小声で言った。吊り革を掴み、前を向いたまま。


「え?」


「さっきから周囲を見回している。自分の目が怖いなら、意識的に視線を落とすといい。魔眼は注視しなければ発動しない、基礎的な制御だ」


「そんな制御方法があるんですか」


「能力者には当たり前の感覚です。あなたは昨日まで一般人だったから知らなくて当然ですが」


 昨日まで一般人。その言葉が、奇妙にリアルに胸に刺さった。


(そうだ。昨日まで俺は、ただの社畜だった)


 蓮は視線を足元に落とした。確かに、意識をそらすと情報の流れが止まる。なるほど、と思った。


「霧島さん」


「何ですか」


「俺、これからどうなりますか」


 少しの沈黙。霧島はまだ前を向いたままだ。


「それは局長から説明があります」


「……怖いですか、俺みたいなケース」


「珍しいケースです。計測不能は、観測史上でも五例しか記録がない」


「五例。その人たちは」


「三例は局に協力しています。一例は行方不明。一例は——」


 霧島が初めて、少しだけ蓮を見た。


「死んでいます」


 車内アナウンスが流れた。次の駅名を告げる、機械的な声。


 蓮はそれ以上聞かなかった。



◇ ◇ ◇



 降りた駅は、蓮がほとんど来たことのないエリアだった。官公庁が並ぶ一帯。霧島に続いて歩くと、目立たないビルの前で止まった。看板も表札も何もない、灰色の建物だ。


「ここが局です」


「……見た目、普通のビルですね」


「目立たせる意味がないので」


 中に入ると受付があり、霧島がIDを提示する。蓮はゲストバッジを渡された。エレベーターではなく、階段で地下に下りる。


 地下二階のフロアは、想像より広かった。デスクが並び、モニターが光り、制服姿の人々が行き交っている。何人かが蓮を見て、小声で何かを言い合っているのが見えた。


「注目されてますね、俺」


「あなたの魔素反応は局のセンサーに昨夜から引っかかっていました。全員が気にしています」


「……なんか、動物園のパンダみたいですね」


 霧島がまた、少し表情を崩した。


 廊下を進み、一番奥の部屋のドアを霧島がノックした。


「どうぞ」


 落ち着いた声が応えた。


 中に入ると、デスクの前に初老の男性が座っていた。白髪交じりの短髪、細い眼鏡、穏やかな目。六十代に見えるが、その頭上の魔素の光は——太く、深い、群青色だった。


 蓮の魔眼が情報を読む。



┌─────────────────────────────┐

│ 【鷹野 誠一(能力者)】        │

│ 能力ランク:A+           │

│ 能力種別 :精神干渉系(上位)    │

│ 所属  :異能管理局 局長      │

│ 危険度  :極高           │

└─────────────────────────────┘



(局長……A+……)


「座りなさい、田中君」


 男——鷹野局長が、穏やかに言った。


「あなたに、世界の話をしよう」


 蓮は椅子に座った。霧島も後ろに立つ。局長はデスクに両肘をつき、指を組んで蓮をじっと見た。


「まず確認だ。今朝、魔眼が覚醒したね?」


「……はい」


「能力者に初撃で対応し、弱点を一発で突いた。合ってるかね?」


「あの、俺も何をしたのか正直よくわかってなくて」


「それが魔眼の恐ろしさだよ」


 鷹野は静かに言った。


「魔眼は、習熟を必要としない。ほとんどの能力者は訓練によって能力を高めていく。だが魔眼の使い手は、覚醒した瞬間から世界が「見える」。訓練なしに、だ」


「……それは」


「強さとは別の話をしよう」


 鷹野が立ち上がり、デスクの横の小型プロジェクターを操作した。壁に地図が投影される。日本地図だ。無数の光点が散らばっている。


「現在、日本国内で把握している能力者の数は八千四百二十七名。人口の約〇・〇〇七パーセント。世界規模では推定六十万人程度だ」


「……そんなにいるんですか」


「いる。そして彼らの大半は、普通に社会生活を送っている。君の会社にも、一人か二人はいるかもしれない」


(あの上司、もしかして……いや、ないな。見たことあるし)


「我々の仕事は、彼らを管理し、一般社会との共存を維持すること。能力者による事件を未然に防ぎ、あるいは事後処理をする。そのための組織が異能管理局だ」


 蓮はひとつ頷いた。わかるようで、わからない部分もある。


「……あの、朝俺を襲ってきた男は何者ですか」


「闇組織『ファントム』の構成員だ」


 鷹野の目が少し硬くなった。


「能力者の中には、社会秩序に従わず、自らの力で独自の利益を追求しようとする者もいる。ファントムはその中でも規模が大きい。構成員は確認されているだけで二百人以上。実態はもっと多いだろう」


「俺を、なぜ狙ったんですか」


「昨夜、あなたが石を拾った時点で、魔素が周囲に放出された。人によっては感知できるレベルの放出量だ。ファントムは常に新たな能力者の覚醒を監視している。おそらく昨夜のうちに気づかれた」


(あの石が、俺を危険にさらしたのか)


 蓮はポケットの石を握った。恨む気にはなれなかった。あの温もりを思い出すと、どうしても。


「田中君」


 鷹野が、改めて真剣な目で蓮を見た。


「あなたを、局に協力してほしい。強制ではない。能力者を管理する権限はあるが、協力を強いる権限はない。それがこの組織の原則だ」


「……断ったら?」


「自由に生活してもらう。ただし——あなたの魔素反応は計測不能だ。ファントムだけではなく、他にも目をつける組織が出てくるだろう。我々の保護なしに動くのは、率直に言ってリスクが高い」


 一方的な話だな、と思った。でも嘘はついていない——そう感じた。魔眼が、この局長の言葉に「偽りなし」と判断している。


「……わかりました」


「協力する、ということかね」


「とりあえず、話は聞きます。でも一つ条件がいいですか」


「聞こう」


「仕事は続けます。会社は辞めない」


 沈黙。


 霧島が後ろでかすかに息をのんだ気配がした。鷹野局長は……少しだけ、目を細めた。


「……それは構わない」


「あと残業が多い時期は、任務を断ることがあります。月末と四半期末は特に」


「……善処しよう」


「よろしくお願いします」


 深々と頭を下げた。営業二課で鍛えた、完璧な角度のお辞儀だった。


 鷹野局長が、初めて声を出して笑った。


「霧島君、担当を頼む」


「……はい」


 霧島の声に、わずかに疲労が滲んでいた。



◇ ◇ ◇



 局を出たのは昼過ぎだった。


 外は快晴で、気温が高かった。地下の施設にいると時間の感覚がなくなる——と、霧島が教えてくれた。局員はみんなそうだと。


「田中さん」


 霧島が前を向いたまま言った。


「今日経験したことは、一般人には話せません。守秘義務として、局との契約に含まれます」


「わかりました」


「……本当にわかってますか。昨日まで一般人だったのに、随分あっさり受け入れてますね」


 蓮は少し考えた。


「社畜って、急な案件に慣れてるんですよ。昨日まで知らなかったプロジェクトに、今日から参加することがよくあって」


「……能力者として生きることを、プロジェクト参加と同じだと思ってるんですか」


「規模は違いますけど、構造は同じじゃないですかね。知らない世界に放り込まれて、とりあえずやるしかない」


 霧島が足を止めた。蓮も止まる。


 彼女が初めて、まっすぐに蓮を見た。


「……変わった人ですね」


「よく言われます」


「褒めてません」


「わかってます」


 また歩き始める。二人並んで、昼の人混みの中を歩いた。


 蓮の魔眼は、すれ違う人々の情報を拾い続けていた。一般人、一般人、C-ランク、一般人……。世界は変わっていない。変わったのは、蓮の「見え方」だけだ。


(でも、それが全部変わることなのかもしれない)


 ポケットの石を指先で触れた。冷たく、軽く、何の変哲もない石ころ。


 でも、これが始まりだった。


「田中さん」


「はい」


「明日、訓練の時間を設けます。魔眼の制御を覚えないと、日常生活でも問題が出る」


「……何時ですか」


「朝七時」


「始業前に来い、ということですか」


「そうです」


「……わかりました」


 蓮はスマホを取り出した。カレンダーに「魔眼訓練」と入力した。会社のスケジュールと並んでいるのが、我ながらシュールだと思った。


 そんな平凡なことを考えながら、田中蓮の非日常は——本格的に動き始めた。



                (第一話 了)



──────────────────────────────────────

次回、第二話「銀の眼と黒い手帳」

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