「江戸って、モンゴルの関所なんすね」
江戸言葉、時代設定……めちゃくちゃです。雰囲気で楽しんで下さるとこれ幸い。
「……ここどこやねん」
プシューと船から煙が上がる。轟轟と船体を揺らす黒船から降りると、見たことのない衣服を身にまとった見物人が、大勢いた。
———あれ、行き先間違えたっけ?
たかてぃーは、手持ちの袋から地図を取り出す。地図をくるくると回しながら、しばらく凝視した。そして、満足げに頷く。
「いや、あってる。ここはモンゴルだ」
こうして、たかてぃーは日本に来た。
———時は嘉永六年、江戸時代末期。マシュー・ペリー率いる黒船来航。
たかてぃーは、見物人を避けながら、人々の波に沿って歩き始めた。
「『うま 』、はぐれないようにね」
「うぃ」
相棒である、「うま」。モンゴル一周をともに目指す仲間である。
うまは全身黄色くて、瞳がつぶらで鼻が長い。普段は二足歩行をしている「うま」は、砂利道にガタガタと音を立てるたかてぃーのキャリーケースを、よいしょと持ち上げた。
たかてぃーはきょろきょろと辺りを見回す。
どこを見ても、襟を胸前で交差させるように閉じて着る衣服の人々ばかりだ。男性と思わしき人々は、頭の上で変な毛のまとめ方をしている。モンゴルには、こんな民族もいたんだなぁと、たかてぃーは感心した。
「おおい、そこの嬢ちゃん!」
不意に話しかけられ、たかてぃーと「うま」は後ろを振り向く。旅人だろうか。薄い皿のような大ぶりな被り物をしたおっちゃんが、二人に駆け寄ってきた。
「すげぇじゃねえかよ! 見ただろ、あの船! 嬢ちゃんらも、あれに乗って来たのかい?」
おっちゃんは、興奮気味にまくし立てた。
「そうすね」
「へえ、じゃあおめぇ、異国っ子か。どこへ行くってんだい?」
「……モンゴルを一周しようと思って」
「もんごる?」
「はい」
微妙に気まずい沈黙が走る。たかてぃーは、おっちゃんに手持ちの地図を見せた。
「とりあえずこっちの方角に行きたいんですけど、どこの道を行けばいいですか?」
「見せてみろい」
おっちゃんは、地図をくるくると回しながら首を傾げた。
「異国の地図は、どうにもわかりゃしねえな」
———それもそのはず、たかてぃーの持っている地図はモンゴルの地図であって、日本の地図ではない。
「嬢ちゃん、とりあえず江戸へ出てみねえかい?」
「江戸?」
おっちゃんは、大きく頷いた。
「おう、そうだな。俺ぁ今ちょうど江戸へ向かってるところよ。この道を辿って東海道を行きゃ、じきに着くって話だ。江戸は日の本いちの大町だ。異国の地図くれぇ、読めるやつもいるんじゃねえか?」
「へぇ…」
たかてぃーはしばし考えた。
江戸。聞いたことのない地名だが、いいかもしれない。しかも聞く限りモンゴルの中心らしいじゃないか。このまま地図の方角を読み間違えて、異国にでも行ってしまえば本末転倒だ。
一旦モンゴルの関所、「江戸」に寄って、ちゃんと有識者に方角を教えてもらおう。
「———おっちゃん、私、江戸行きます」
「おう、そうかい!」
おっちゃんは気前よく笑い、紐に吊るした荷物を肩に担ぎ直した。
「じゃあ、俺と一緒に行きな。行く先も同じだ。さっさと江戸へ出ようじゃねえか」
「はい! ほら、行くよ、『うま』」
「うぃ」
そんなこんなで、たかてぃーは江戸に行くことになった。
さて、たかてぃーと「うま」である。
たかてぃー。彼女は、モンゴル一周を夢見て旅をしている、ソロ遊牧民の女の子。丸型のメガネがアイデンティティで、彼女と出会った人々は、だいたいメガネだった印象しか残らないほど、メガネである。
そして、「うま」。うまである。
彼女らは日本をモンゴル内だと思っているようだが、まぁお気づきの通り方向音痴である。
地図なんか読めたもんじゃなく、たかてぃーは東西南北を全て逆に覚えていたようだ。
モンゴル一周するはずが、なぜか上海に来ていた彼女らは、停泊していた黒船に無賃乗船し、あれよあれよと日本の浦賀まで来てしまった。
しかし彼女らは、環境に溶け込む才能だけはあったらしい。黒船に無賃乗船したくせに皆に好かれ、そして誰もその存在を怪しみすらしなかった。無論、彼女らの知る由もないことだが、黒船の乗船者たちからは、「ああ、なんかメガネと『うま』がいたなぁ」としか思われていない。
「———おっちゃんは、なんで江戸に行くんすか?」
ふと気になって、たかてぃーは聞いてみた。
「ああ、俺か? 俺は江戸湾で船頭やってるんだ。んで、讃岐の金刀比羅宮へ金毘羅詣でに行ってたってわけさ。あそこは海の神で、航海の守り神だってんだから、皆も信仰してんだよ」
「あ、もともと江戸の人なんすね」
「おう! 俺は江戸生まれ、江戸育ちの江戸っ子だい!」
おっちゃんは、嬉々として話し始める。
「江戸ってのはいいとこだぜ。活気があって、まさに日本の中心よ! 歌舞伎や相撲を見りゃ面白えし、何より飯が旨いんだ。そばに天ぷら、でも一番は江戸前寿司だな。俺らが捌いた新鮮な魚を使ってるから、ほんとに旨えんだぜ! 嬢ちゃんも、江戸に着いたらぜひ食ってみな!」
「へぇ、いいっすねぇ」
「そんでよ…」
おっちゃんは懐から筆と半紙を取り出して、何か書き始めた。
「俺の名は公之助よ。みんなぁ、普段は『公さん』って呼んでるんだ」
「そうっすか。ハムさん」
「公さんじゃあほ」
たかてぃーは、手渡された半紙にでかでかと自分の名前も書いた。
「私はたかてぃーです。こっちは相棒の『うま』 。モンゴル一周目指してます。よろしくお願いします」
「うぃうぃ」
「おう、よろしくだな!」
そして、そんなこんなで江戸に着いたのだった。




