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祭りで賑わう神社や山道を歩いていると、見えてくる豪華だが懐かしみのある灯りの数々を見つめていると、本当に今日ここに神様がいるんじゃないかと思えてしまう。酷く狂ってる上に穏やかで、私たちの日本人がここに生きているのが、理解できる。それは酩酊したように煮詰まった頭を揺らしながらでも理解できる確かな事実だった。おそらく4等だったものや、一本の箸や、虫の死骸を避けながら、もう一歩祭りの中に入っていく。熱気の群れと、やや横殴りの向かい風を掻き分け、背中を追う。自然ともう周りの視線を気にしなくなっていた。それはきっと周りに向いていた視線のほとんどが彼に向きだしたからだと思う。追いつき、彼の背中に触れる。手を差し伸べると、よく焼けた二の腕が伸びてくる。何気なく掴んだその手を今日だけは離すまいと強く握りしめる。「痛いよ」「いいでしょう、今日だけは許して病人なんだから」「ならその病人さんに聞くけど何が欲しいの」「何がいいだろ、ラムネかな」「はいはいお嬢様」「ねぇふざけないでよ」少し意地悪な顔をすると、「じゃあ買ってくるからさ、どこか座っといてよ」そう言って彼は走り出した。彼が見えなくなって少し経つと、ほんの6,7m先をよく知った友人が通る。思わず人影のなかに隠れる。これが、何も着飾ってなかったからなのか、それ以外の理由があるのか、ないのか、それは何もわからなかったが、少し恥ずかしい思いが目の前を通り過ぎたような気がする。人影に隠れながら、座る場所を探していると、少し神社から外れた公園に着く。その公園は、ベンチと滑り台と祭りのために設置されたであろう新しいゴミ箱しかなく、まばらに人が何かするわけでもなく、ただ居ただけだった。少し身震いをした。まただ。退屈な景色を眺めながら、こんな幸せもいつか消えてしまうのではないかと思い巡らす。何の意味もない思考。始まりがあるのなら終わりが来るんじゃないか、人間の摂理ってそんなもんじゃないのかって考えて息苦しくなる。人といることによって無に思えることが出来ていた痛みも辛さも、孤独になると「今だ」と言わんばかりに自分に牙を向ける。そんな気持ちを紛らわすために、この公園で遊ぶ子供をただ見つめる。じっと見つめるていると輪郭が曖昧になる。どんどんと見つめる視界が個々の運動ではなく、大きな波に見えてくる。その美しさに見惚れていて彼が来ていたことに気づかなかった。首筋に香るように柔らかく、冷たさが染み入る。「ひゃっ」と突然のことに声をあげる。「大丈夫、ボーとしてたけど」「うん大丈夫、ただの考え事」「しんどかったら言ってね。はい、ラムネ。飲み物なら、あんまり負担がないかなって思って」「ありがとう」恐る恐る一口を飲み干す。寒気を上書きするように、それは喉を満たしてくれた。外へと抜けていく炭酸も今は愛おしかった。「なんだろう、こんな何気ないことでも世界で美しいと思えちゃう」思わず口走ってしまう。「良かった、今はどいつもより元気そうだ」「えっ本当?それっていつもは元気じゃないっとこと」「そうじゃなよい今日の遥はいつも以上の遥だってこと、あっごめんなんだかイキってるかもしれない」「気にしないよ、ありがとう」「そうだ、もうすぐ花火だった気が…」夜空に開いた花火の音が会話の間を通り過ぎた。「どこで、上がってる?」花火の光りが見当たらず、周りを見渡す。「あそこだよ、あぁでも遥の高さじゃ見えないかも」「えっ何それ?低身長馬鹿にしてんの?」「ごめん、じゃあ持ち上げるよ」彼はこちらに背中を見せ、しゃがんでくれた。彼の背中に上に乗る。足を脇に挟まれ、視界が上に上がる。そしてそれと同時に視界が広がっていく。山の奥で花火が光っている。その光を眺めながら今日あったことを反芻する。反芻していくと、何度も苦しんだこと、何度も思い巡らしたことが偉大で暖かい光のもとに溶け込んでいく。何もかもが溶け去った後に残ったのは、「暖かい」と口に出た通りの感情だけだった。




