1.トリギオンナイツ
惑星ルーンゴーストには『理』がある。
それは〈世界〉を構成する不文律のことだ。
たとえば水は、高きから低きへ流れる。寒ければ凍結し、熱せられれば蒸発する。
それは世の常識である物理的な変化であり、自然界におけるごくあたりまえの法則だ。
そんな目には見えぬエネルギーでもある『理』を、ルーンゴースト大陸では〈シェイン〉という。
そして、シェインを自由自在に操れる者を『理律使』ことシェイナーという。
シェイナーの能力はこの世のあらゆる物質に干渉でき、空間をも制御する。
人間の中にシェイナーが生まれるがゆえに、人々は危険な〈歪み〉や異空間から現れる〈遺跡〉を恐れずにすむ。
人間こそがこの惑星の覇者なのだ。――あくまでシェインが干渉できる範囲の話であったとしても…………。
夜空を星が流れた。
流れ星にしては近い。
あの屋根の上だった。
おっと、まただ。
こんどははっきりするどい銀光。
そして三度目!
「――剣か」
晶斗は呟いた。
誰かが振るった刃に月光が反射した軌跡。
屋根の上での静かな戦闘。
晶斗が気付けたのはひとえに持ち前の勘の良さと動体視力ゆえ。
「おいおい、こんな街中で戦闘とは。どこの誰だよ?」
ここは守護聖都フェルゴモール。
シャールーン帝国中央に位置する都市だ。
古い伝統ある貴族街の隣には最新の高層ビルが建ち並ぶ。
このルーンゴースト大陸でも治安の良い街として有名だし、警察はもちろん、帝国最強と謳われるフェルゴモール守護騎士団も目を光らせている。
保安局が取り締まりに苦心する遺跡地帯とは雲泥の差があるのだが……。
――おいおい、これのどこが治安が良いってんだ。
と、屋根上で白いコートが翻り、晶斗が目を向けた瞬間、向こう側へ消えた。
晶斗は駆け出した。
「……ったく、既視感にもほどがあるぜッ」
かつて遺跡地帯で、そっくりな光景を見た。
白いコートは防護服だ。魔物狩人と呼ばれる職業特有の。
この国の伝統ある街には、古代より巨大なシェインの守護陣が敷かれている。
それは自然界に発生する危険な時空間の『歪み』より人間を護るため。だが、それは同時に『歪み』をも〈世界の理〉として行使するシェイナーの能力にも影響を及ぼす。
外国人の晶斗ですら知る有名な話だ。
だからシャールーン帝国のシェイナーは、帝国内の市街地ではその能力を全力行使できないと聞く。
そんな場所であれだけの身体能力を発揮できるシェイナーとなれば、シャールーン帝国でも限られる。
この守護聖都フェルゴモールならば、晶斗の心当たりはただひとり。
――あいつ、こんな所で何をウロついてやがるんだ。大陸会議とやらで忙しいんじゃなかったのかよ!?
状況を分析するに、あまり仲良くしたくはないシチュエーションの可能性大。
それでも見過ごせないのは、あのコートの主に何かあれば、この国に住んでいる晶斗の〈相棒〉にも多大な影響が及ぶだろうから。
晶斗は夜の住宅街を駆け抜けた。
守護聖都フェルゴモールの歴史は古い。この街の風景は数百年前からほとんど変わらないという。
大切に手入れされてきた貴族階級の優雅な館が並び建つ通り。だが、道を一本挟んだ向こうは緑豊かな自然公園だ。これもまたシャールーン人が大切に保護してきた原生林が広がっている。
シャールーン人は自然との調和を重んじる民族だ。
大陸で最も広大な帝国領土はその半分が古代から姿を変えぬ森林緑地帯である。
街中にある緑地帯は、夜ともなれば人気が無くなる。
――戦闘にはもってこいの場所だよな。
貴族街をぬけた晶斗は、自然公園の入り口をくぐる瞬間、右手を腰の後ろのガードナイフに掛けた。
抜き放つや、気を込めて長剣に変じさせたのは護衛戦闘士として培った〈勘〉だ。
ガギッ!――と、ガードナイフは、白い円盤に打ち止められていた。
「円盾!?」
晶斗が叫べば、円盾の向こうのフェイスガートが驚愕した気配があった。
『なんだと!?』
純白の円盾と似た真白い頭部はフルフェイスのヘルメット。だが、顔の部分を覆うフェイスガードの顔面は、ツルリとして凹凸が無い。顔がない。しかし、その中身は生きた人間だ。
晶斗はそれをよく知っている。なぜなら晶斗も、この部隊にいた頃は円盾を使う戦闘訓練にあけくれていたからだ。
ギリッとガードナイフで円盾を押したら、その接触面が、啼いた。
――ギィィィイイン……!
『な!? 共鳴現象か!?』
白い戦士が叫んだ。
鳴動があたりの空気を振るわせる。接触面からはまばゆい白光がほとばしり、夜の空間を切り裂いた。
次の瞬間、晶斗も白い戦士も、後方へ大きく跳んだ。
『その剣も〈神の骨〉だな。きさま、何者だッ!』
晶斗の白い剣が〈神の骨〉と呼ばれるこの世で最も硬く特殊な稀少金属製ならば、の特殊アイテムならば、それを受け止められた白い円盾もまた同じ。どちらも大陸屈指の特殊アイテムだ。
晶斗の視界から白い戦士が消えた。
振り向きざま頭上へ白い剣をかざしたのは半ば勘で、本能的な反射だった。
晶斗の頭上で火花が散り、右手首から肘まで痺れが走った。
右腕の力が抜ける前にふたたび跳躍した。
白い戦士の白い剣先が追ってきた。
金属的な音が連打した。
相手の得物を弾き、躱し、斬りつける。
相手の長剣は急所を的確に狙って打ち込んでくる。しかもふつうの剣にあらず、右腕鎧と一体化した、長さ自在の白刃だ。
純白の仮面と純白の全身は『神の骨』製の戦闘用重甲冑。装着者の身体能力を三十倍にも引き上げる。訓練は必要だが、太腿までカバーするパワーブーツにより、一蹴りで地上から5階建ての屋上までの跳躍をも可能にする。
頭部を覆うフルフェイスヘルメット、そのフェイスガードは凹凸の無いのっぺらぼうだが、高性能センサーの塊だ。『外』の前後左右を完璧に『知覚』し、内蔵の人工知能が情報を解析、装着者は三百六十度の情報を常時把握できる。
あの顔の無い仮面の下から見える景色は、肉眼よりも鮮明な光景である。
ヘルメット内蔵の特殊通信機は、超がつくほど強力だ。遺跡の奥深く以外であれば、常時仲間とのやりとりが可能。その傍らで、本国から遠く離れた大陸や大洋を隔てた場所であろうと、本国司令部からの指示を直接傍受できる高性能。
そして――この顔のない白い戦士は、最初から殺気がなかった。
はじめの打ち込みからそれは感じていた。
晶斗がまだ生きているのは、彼が様子見をしているからだ。
「俺は敵じゃない。きみと同じ東邦郡の退役軍人だ!」
白い戦士は動かない。
――敵か味方かわからないのは、おたがいさまってことか。
「俺は晶斗・ヘルクレスト。元はきみらと同じ部隊にいた。いまは退役軍人だ」
『馬鹿を言うな。シリウスは死んだぞ』
白い戦士の仮面の下から、機械音声が低い笑い声をあげた。
二人同時に、一気に大きく後方へと跳びずさった。
『死者の名を語るお前は誰だ?』
それは機械音声ながら、冷たい疑惑を帯びていて、語尾に一瞬の殺気が混じった。
――怒りか? なんで俺に怒る……。もしや俺を知っているのか!?
晶斗は頬が緩むのを止められなかった。晶斗の故郷から来た同胞、それもかつて同じ部隊にいた可能性が高い仲間。
この戦士は晶斗のかつての友かも知れないのだ。
「あんた、俺を知っているんだな。誰だよ?」
うれしくて涙が出そうだ。
だけどまだガードナイフはしまえない。相手も警戒を解いていない。危険。
「そうさ。俺は生きてる。迷宮の『帰還者』だ。遭難した遺跡から奇跡的に生還したんだ」
誰だ、誰だ、誰なんだ?
早く教えてくれよ。
俺は遭難してから十年もひとりぼっちだったんだ。
同じ隊にいた仲間なのか?
もしそうなら、話も通しやすいんだが……。
『君の事情など知らん』
にべもない拒絶、だが、つづけて聞こえたのは、温度すら感じられる男の肉声で、いつか聞いた覚えがあった。
「我々は作戦中だ。邪魔だてするならこの場で処理する」
白い戦士が機械音声を解除した!
「おいッ、まさか……!」
だが、白い戦士は円盾を構え直した。
晶斗も引いていたガードナイフの刃の向きを変える。
彼らはプロの軍人だ。今は任務遂行中。晶斗の昔の友だとしても、任務を放棄することはない。できないのだ。
それは晶斗とて同様。もしいまも軍に所属していれば、同じ行動を取るだろう。
――ち、やっぱ無理か。
だが、あいつは、あの対象だけは、ダメなんだ。なんとかしてそれを伝えなければ……。
「よし、とっておきの情報をやる!」
あのターゲットは殺せない。
「俺はあいつとやりあったことがあるから知っているんだ。あいつはシェイナーだ。まともにやったらこの小隊は今夜で全滅する。そもそもシャールーン帝国は同盟国だろう。いったい誰があいつの暗殺指令なんか出しやがった?」
「それは――貴様には関係ないことだ」
白い戦士が次の攻撃を繰り出そうと左足を引いたとき――。
――ピィーゥーッ……。
鳥の声にも似た高い笛の音が、夜の梢にこだました。
緊迫した空気は砕かれた。
白い戦士が円盾を下ろした。
晶斗は、ガードナイフを短剣サイズに戻した。
「おい、貴様」
白い戦士は、その白で覆われた顔で、正面から晶斗に向き合っていた。
「おう、なんだ? あんた、もしかして……」
「貴様がシリウスなら、今夜零時までにこの街で原隊復帰しろ。話はそれからだ」
「了解した。それまで皆動かないでくれよ」
「幽霊と約束などできるか」
白い騎士はその場で跳んで、建物の壁を斜めに駆け上がり、その人間離れした脚力と跳躍力で、道の反対側にある建物の屋根へと飛び移り、さらに跳んで、建物の向こう側へ消えた。
すると、それまで周辺にいたいくつもの気配がいっせいに消え失せた。
――やれやれ。なんとか危機回避ってとこか。
と、ゾクッと肌が一気に粟立った。
後ろに誰かいる。
晶斗の間合いギリギリに。




