第1話 死と再誕 Death and Rebirth
冨智義県 沼鹿市 市立中央病院
「12時34分、ご臨終です。」
「――っあ」「うっ ぅ」
病院で壮年の男女が医者に息子の死を告げられ崩れ落ちて泣き叫ぶ。
「――大学に合格したところなのに
私達に負担がないようにって国立に受かってくれて。
どうして
どうしてこんなことに!!!」
壮年の男が病院の床を殴る。
拳を握りすぎて食い込んだ爪から血が流れる。
交通事故――移民に無制限に運転免許を許可した仁本においては珍しいことでなかった。
運送業において速度制限が大幅に緩和されたこともあり、高速で走るトラックは人を石のように吹き飛ばした。
「息子さんの遺品です。」
少年が母のプレゼント用に買ったのだろう、悪役令嬢――いわゆる敵側のキャラクターがプリントしてあるのケーキの箱があった。
「転生したら悪役令嬢ですが天才すぎたので逆ハー状態で無双しますの隠しルートを一緒に見ようって約束したのに。」
「かなで」
壮年の男が女性をいさめる。
医者は一礼して病室から出た。
「ここは」
俺の体が浮遊間に包まれ全てが抜け出していくような感覚があった。
(我は世界の門、汝に異物を払う使命を与えん)
頭の中に誰かの声が響き、俺の意識はそこで消えた。
ロマヌス王国 ヴェルト家邸宅
「ここは」
俺は気が付くとベッドに寝ていた。
天井には明らかに日本のものではない灯かりが付いている。
「息を吹き返したぞ!!」
金髪の女性と黒髪の男が俺の顔を覗き込んでいる。
「――奇跡だ。」
医者と思わしき男が、俺の手から脈を取る。
「あぁ、七星龍の加護に感謝いたします。」
金髪の女性が手を合わせて祈る。
「ここは?俺は一体。」
手足が何か小さい気がする。
「どうやら酸素が欠乏したため、記憶は。」
「――構わないさ、生きてくれていただけで。」
黒髪の男が俺の髪をなでる。
3日後 農地
俺はキヨマサ・黒城<コクジョウ>・ヴェルト、
どうやら異世界に転生したらしい。
元の世界で死んだ俺はこの世界で馬車にひかれて生死の淵をさ迷っていたキヨマサの肉体に転生した。
たまたま元の世界と名前は同じだった。
家は知る限りでは豊かではないが、一応は地方の地主らしい。
ほぼ農家だが、父は50ほどの世帯の領地を持っている。
見渡す限りの土地が父と母のものだ。
「水やりをしましょうね。」
この世界には魔術と呼ばれる技術によって文明が発展しており、
魔具<ガイスト>と呼ばれる道具によって誰もが魔術を使えるようになっていた。
「はい、母上」
俺も一応は土と水の魔術に適性があるらしく、水の魔具<ガイスト>を用いることによって
近くにある川の水を畑にばらまくことが出来る。
ギーッと馬車が止まった。
「下々、よく働いているようね。」
馬車に乗った少女が俺達の方を見る。
この近くの一帯の領主の代表であるべイリーの娘である。
俺は3日前に転生したばかりなので分からないが、とりあえず膝をついて頭を下げればいいらしい。
「お父様、あの小僧は気に入らないわ。潰していい?」
「ルース、無茶を言わないでくれ。
そうだ!今夜は雪果のケーキだぞ。」
「お父様、話をそらさないで。」
バンッ!!とルースが降りて、俺の方へと手をかざす。
少女は俺より年下だろう、真っ赤なツインテールを揺らして近づいてくる。
「あんた、顔がむかつくわ。
死になさい。」
「は?」
ルースの頭上に膨大な炎の球体が現れる。
「どうか!!
どうか息子だけはお許しを!!」
母が俺の頭を地面に押し付けて平伏する。
「なら、そのむかつく顔を潰しなさい。」
暴君だな。流石に、これは母上も何とか反対して。
「ーーはい。」
嘘、だろ。
「彼女は王族とも縁のある家系、
逆らえないの。
領民50世帯が。」
母が涙を流しながら地面から岩で出来たナイフを生成した。
そして俺の顔へと振り下ろす。
「やめてください!!」
俺は地面から土を隆起させて飛び上がり、母の手から抜ける。
「あら、私より頭が高いみたい。」
一度止まっていた炎が俺へと放たれる。
「くっ!!」
俺は土から大量の水を取り出して、水の壁を作る。
ジュッ!!と一瞬で水の壁が蒸発する。
「うぉおおおっ!!」
今度は鍬の魔具<ガイスト>を隆起した地面に突き刺して土の壁を作りながら走る。
だが炎の勢いで土の壁がドッとはじけ飛んだ。
「アハハハ!!手が滑ったわ!」
ルースが笑っていた。
死がすぐそこに迫っている。
こんなあっけなく、前世と同じだ。こんなところで。
頭の中をこの3日間の日々がよぎる。
豊かな自然の中で、美味しい水を飲んで畑を耕して美味しい作物を食べる。
「死にたくない!!!」
全力で叫んだ瞬間に隆起した土の壁が分厚く形作られ台座の形状になったが、高さが足りない。
「水ノ星<アスアクティラ>」
水で出来た巨大な球体が炎の球体とぶつかり、炎の球体を消し飛ばす。
バシャッ!!!
と俺の全身に大量の水がかかる。
「誰!!!」
ルースが叫ぶと遠くのあぜ道にいた中年の女性が微笑しながら歩いてきた。
肩までの赤みがかった紫髪を揺らしながら、かなり背が高くていわゆるな西洋風の美人だ。
「私は星ノ魔女
いいえ、こういった方がいいかしら。
ソルミティア・ヴァシリウス
ヴァシリウスの名においてその少年の身柄は預かります。
お母さまもいいかしら?」
「っ ははぁ。」
母が畑の地面を掘って頭を突っ込みだした。
どうやらそれほどの地位の人らしい。
「ふ、ふざけんじゃないわよ!!
何であんたみたいな上流貴族がこんな場所に!」
ルースはやけくそ気味に走って馬車に乗る。
逆に父親らしき男は馬車から転げ落ちて平伏していた。
ソルミティアが俺の方を見て歩いてくる。
「水も滴るいい男
お父さんはどこかしら?」
ソルミティアが平伏しようとする俺の顎を掴んで目を見つめる。
吸い込まれるような、美しい青色の瞳、それに整った顔だ。
「父に?」
「おーい!何の騒ぎだ~?
って ひぃいい!
ソルミティア様ぁ!!!」
父が気づいてソルミティアを見た瞬間にスライディングしながら平伏している。
何か、げんなりするな。
家の中じゃ母さんにかっこつけて威張ってばっかなのに。
「やめてちょうだい。同じ学舎で学んだ学友じゃない。」
父の学友だったのか。
「ははぁっ、ソルミティア先輩、相変わらず凄い魔術ですね。」
「ふふっ、久しぶりね。 ノブカツ」
ソルミティアが父の手を取って立たせる。
「ねぇ、ノブカツ
この子はいくつ?」
「15ですね。来年、学院に入ります。」
そうだったのか、転生したから自分の年齢も分からなかったんだよな。
死ぬ前は18だったから3年分若返ったことになるのか、
背も縮んでるしあんまうれしくはないが。
「確か、しっかりしたお姉さんがいたのよね。」
「えぇ、妻に似てきれいな金色の髪で。
今度嫁に行く話が決まりそうで。」
「そう、お姉さんのお相手は婿入りさせるといいわ。
ようやく領地の経営も安定したし、婿探しをしててね、
この子、私が婿にもらうから。」
「え」「え」「は」
俺、父上、母上が順番に言葉に詰まった。
3日後 ヴァシリウスの屋敷 応接室
「いいんですか。
うちとソルミティア様の家では釣り合わないような。」
「ソルティでいいわ。
あとほんの少しで婚約者なんだし。」
結局、あの後で父さんと母さんは言いくるめられて
婚約までは進めることになった。
というより身分制の強いこの国では逆らえないのだ。
姉さんの縁談も相手の家がヴァシリウス家の威光には逆らえないらしく
相手側の婿入りということがわずか2秒で決定した。
「家のことなら大丈夫よ。
妹の子供がお家の継続はやってくれるから。
私は当主を降りて、自由の身。
とはいえ、3つしかない大公家から男爵家に嫁入りするのもね。」
凄いな、王族の家柄だよこの人。比べて俺の家は貴族としては最低の爵位だな。
「それにあなたのような高貴な美人に、俺が釣り合うとは思えませんが。」
指輪してるし、てっきり既婚者だと思ったよ。
魔具<ガイスト>なんだな、あれ。
「あらあら、父上と反対で消極的なのね。
それとも私が嫌い?」
「まだ素性も分からない人を好きにも嫌いにもなれません。
――って、あれ 父?
・・・まさか父と恋愛関係に?」
父親の元恋人とかじゃないだろうな、嫌すぎるぞ それは。
「ノブカツには学院時代に一方的に告白されたのよ。
もちろん断ったけど。」
俺は父さんの元想い人と婚約することになったのか、複雑な気分だな。
「それじゃ初めてちょうだい。」
ソルティがパンパンと手を叩くと部屋の外から神父らしき男が入ってきた。
何となく分かるが、かなりの強さだろうな。
筋肉で祭服がパンパンに張ってるよ。
「――それでは婚約の儀を。」
神父らしき老齢の男が紙を出す。
どうやらお互いの血判がいるらしい。痛いのやだなぁ。
「待ったぁ!!!」
ドッ!!!と扉が開け放たれる。
そして数人の女性がズカズカと入ってきた。
「お姉さまぁ!!!
ど う い う ことなんですか!!
こんなど田舎の、極小の領地しかない、こんなちんちくりんの子供を婿にするなんて!」
ソルティと同じ紫髪、だが少し青みがかった髪の女性がドッとハイヒールを鳴らす。
「あら、エイレーン
決まってるでしょ。
約束された未来の2人が愛を誓いあうところよ。」
「まーた、星占いですか?
当たったことないでしょ。それ」
ソルティの妹のエイレーン、当代のヴァシリウス家の当主だ。
「今度は絶対に当たるわ。」
俺、星占いで婚約させられるの?何か嫌だな。
「もう信じませんからね。婚約は破棄!」
「キヨマサ、愛の逃避行に興味はない?」
ソルティが俺の顎をくいくい触って顔を覗き込んでくる。
めちゃくちゃ悪そうな顔で笑っている上に
めっちゃ美人だからすんごい反応に困る。母さんが好きだったアニメにこんなキャラがいた気がするが本物は色々と凄いな。
「ソルティ様、それだけはご勘弁を・・・」
どうやら前科でもあるらしくメイドらしき1人が顔を真っ青にしてつぶやく。
「姉さん!まさか本気で駆け落ちする気?」
「本当にどうかそれだけはご勘弁を
母様が本当に仕事が出来なくて
ひぐっ」
ソルティの身内らしき人たちが部屋に入ってきて
早々に俺と同じぐらいの年の女の子が泣きながらソルティの足に縋りついてる。
同情するね。俺も星占いで婚約させられるとか泣きたいよ。
「星占いじゃない、
エルリーフ族の22年前の予言よ。」
「まさか、姉さん
それでやたらと縁談を蹴ってたの?
てっきり男嫌いなのかと。身辺に女しか近寄らせないし。」
エイレーンが呆れた顔で溜息を付く。
「全てはこの時のためよ。」
「また変な予言を」
「この地に異界から厄災が降り注ぐ
そして彼は異界から厄災を払うための大いなる力にして最後の鍵
絶対にこの地に置いておく必要があるわ。
あと、この子は年上好きみたいだから。相手は私が適任でしょ。」
予言め、人の好みまで書きやがって。
確かに顔を近づけられた時めちゃくちゃドキドキしたけど!
「年上好きって限度があるでしょ!?
何歳離れてんのよ!」
エイレーン――妹さんの言うことも最もだが、
確かに俺はソルティさんを嫌いになれない感じがする。
異性としても意識させられている。
「どう?私は嫌い?」
「嫌いじゃ、ないです。
好きかどうかはまだ会ったばかりなので分かりませんが。」
「ほらね?」
ソルティが得意げにエイレーンを見返す。
「なら条件があるわ。
厄災を払う大いなる力っていうのがあるなら、
その力 見せてもらおうじゃないの!!」
「――それは無理よ。
彼はこれから時間を掛けて力を覚醒させていく。
これを見なさい。」
ソルティが差し出した紙を1枚目読んでいくと。
「異界よりの厄災が来る
対抗する力は黒き髪の少年の元に辿り着く
少年は3日を経て、星ノ魔女に救われ
3月を経て己の使命を知り、
3年の月日の内に厄災を討ち払う」
「――姉さん、どうして婿入りとこれが関係あるのよ!
星ノ魔女の姉さんの婚姻なんてどこにも」
「次の項」
ソルティが紙をめくると
「星ノ魔女
汝は恋を許されぬ
もし破れば黒き髪の少年は死するだろう。
汝は怠慢を許されぬ
もし破れば厄災に抗する力を付けられぬ
汝は傲慢を許されぬ
もし破れば厄災を見誤る
この項は黒き髪の少年に会うまで他言を許されぬ
もし破れば黒き髪の少年との縁が切れ厄災は龍の地にまで及ぶであろう」
「龍の地っていうのは隣国のヘルメリア帝国のことね。」
屋敷にあった本によると隣国のヘリメリア帝国は国旗が龍の紋章になっている。
そして国教はこの国と同じ星龍教である。
流石に予言については間違いないだろう。
「実際にもし私が縁談を受けて家庭を持っていたら
彼を見つけることが出来なかったでしょうね。
それ以外も今になってみれば思い当たる節が多すぎる。」
「でも、俺がこの黒き髪の少年じゃなかったら?」
「残念かもしれないけど、3項目でそれは否定されるわ。」
「黒き髪の少年
異界より魂が乗り移る
一度死した子の元へと宿り
豊穣の大地に降り立つ
土と水の力が宿りし子なり
紅き力とぶつかりし大地の台座を探せ
紅き力を払い救え
その者こそが厄災を払う鍵となる」
「――めちゃくちゃじゃない。
人の魂がとか、非論理的!!」
「紅き力 つまり炎でキヨマサが殺されかけているのを見たわ。
それに土の台座、キヨマサが土魔術で台座そっくりの形状を作っていたのも。」
「「!?」」
一同が驚きのあまり言葉をなくす。
俺がやったことだが、予言通り過ぎて怖いものがある。
「――だとしても、姉さんの出番は終わりでしょ。
厄災を払う力はもう手に入れたのだし、
姉さんもちゃんとした身分の貴族同士の縁談を。」
「駄目よ。
というより大公家に釣り合う身分なんて存在しないのだし。」
さらに4枚目を取り出す。
「ま、まだあるの!?」
「これはまだ、あなた達には見せられないけれど。
どうやら私は彼と婚約しないと聖女とやらに殺されるらしいわ。」
「さっきの見せる制約ですね。」
俺の姉さん――メリア・ヴェルトという名の実の姉で、
婚約者との色々があったらしいが半強制的に連れてこられた
が言い当てたらしくソルミティアさんが頷く。
「流石ね。これからは義姉さんでいいかしら?」
「え、あぁ。はい。まぁ。」
20歳ぐらい年上の義妹が出来てしまいそうで困惑しつつある、俺の姉だ。
可愛い、母上に似て金髪の肩までの髪をきれいにウェーブさせてる。農家とは思えない。
いわゆる美少女ってやつだろう20歳はすぎてるけどな。
「ヴァシリウス家の当主として
ぜーーったいに認めないわ!
こんな東方の移民の子供が義兄なんて!」
「私もです。このような下の身分の、頼りのない少年など。
ソルティ様にはふさわしい殿方がいます。」
「私も、伯母上にふさわしくないと思います。」
「っはぁ~~~~!!!
そこまで私を殺したいか
予言では私はキヨマサと契らねば聖女に殺される。」
ソルティさんがゴッと何かの気を放ったような気がする。
「しかし!」
「しかしも何もない!
話にならないわ。」
ガンッ!!とソルティさんがブーツで床を鳴らし頭上に水と風をまとった球体を発生させる。
「姉様!おやめくだ」
ドッ!!!!ソルティさんが魔術で屋敷の壁をぶち抜くと同時に俺の手を取って3階から飛び降りた。
「さらばだ。
認めてもらえるまで私はキヨマサと国外に身を寄せる。」
ゴゥッ!!!と激しい強風が吹きすさび、俺の体はソルティさんの手に吸い寄せられる。
「待って!姉さん!!」
エイレーンが叫ぶ声が一瞬でかき消える。
翌朝、パクスルクス 最東端 メリディア村 宿酒場 バックス
「本当に良かったんですか?」
「何が?」
ソルティさんがワインを片手に俺を見る。
「この逃亡ですよ。
大公家の淑女が夜逃げなんて。」
「逃げたのは昼でしょ。
安心して、お金は領地の外の銀行にもだいぶ分散してあるから。
あなたぐらいの質素な男なら一生分の生活費は大丈夫よ。」
「そういう問題じゃなく。男女が1つの部屋はまずいでしょ。」
「なーに?
私に興奮してるの?」
「――はぁ、そうですよ。
実際に美人ですし、
もっと寝る前に脱がないとか
その薄着をやめて
色々配慮していただけると助かりますね。」
「・・・そう、分かった。」
ソルティさんの顔が少し赤くなった。
ワインが効いたのか?
酒弱いなら飲まなきゃいいのに。
「明日、帝国に入るわ。」
「え、本当に国外に行くんですか?」
「そうよ。
これ、あなたの分の身分証と、出国許可証ね。」
「――いつの間に。」
道中も追手を一瞬で半殺しにしてたし、出来る女ってやつだな。
味方になると心強い。