最後の望み
電話で呼ばれて緩和ケア病棟に面会に来た藤原。
「部長、突然辞められたんでびっくりしてたんですが、なにか重大な病気なんですか?」
「ああ、末期がんだ。多分半年持たないと医者には言われてる」
「そんな」
言葉に詰まる藤原。
「そんなことはどうでもいい、もう時間がないんだよ俺には。で、いつもながら無茶なお願いをしなきゃいけないんだけど」
「ええ、なんでも言ってください!」
「この携帯をずっと持っていてくれないか」
「この携帯の番号は咲良にだけ教えてある、しかも寂しくなった時にだけかけて来いと言ってある。どこまで覚えてるかわからんけど、この携帯が鳴ったらそれは咲良からのSOSということだ。申し訳ないがその時は全力で咲良を助けてやってほしい」
「部長は行かれないんですか」
「行きたいのはやまやまだけど、俺はもうあと三か月くらいしか生きていられないらしいからな。延命のための治療はすべて断ったし」
「咲良は今年十歳、あと十年くらいは助けがいるだろうから、だからあと十年を越えたらもうこの携帯は捨ててもいいぞ、その時はたぶん咲良は俺の助けがなくても幸せに暮らせてるということだからな」
「分かりました、引き受けさせていただきます」
「ところでカナちゃんがずいぶん休んでるんで心配になってマンションに行ってみたんですけど、部長に振られたとかでかなり落ち込んでましたよ」
「ああ、がんが発覚したんで別れたんだ」
「えっなぜですか」
「だってお前、もうすぐ死ぬと分かってる男と一緒にいてもしょうがないだろ。しかも最後は介護だって必要になるんだぞ」
「そうですかねぇ、最後だと分かってるからこそ一緒にいたいんじゃないですか?しかも自分から距離を置くんじゃなくて男から一方的に別れを切り出されたらたまらないですよ。たぶん彼女は一生後悔し続けることになると思いますね。自分の幸せを勝手に決められたってね」
うむぅ、それも正論だな。確かに俺は加奈子のためと思って別れを告げたが、加奈子がどうしたいかは全く考えてなかったな。結局俺は最初の離婚から何も、学んでないってことか。
「どうしたらいいと思う?」
「今から彼女をここへ呼びますよ。二人で考えてください」
藤原はこういうところは結構ドライだ。
「お前、加奈子が好きだったんだろう?」
「今でも好きですよ。前に告白したら『好きな人がいるから』とあっさり振られましたけどね」
「あの忘年会の時に俺と加奈子の間に割り込んできたときになんとなくそうじゃないかと思ってたんだ」
「あの時はもう振られた後でしたけど、部長と彼女が手をつないで駅に向かっていくのを見てかなりショックでしたよ。そうか部長が恋敵だったのかってね」
「なんか、悪かったな」
「いや、謝らないでください。俺は部長を上司としてだけじゃなくて男としても尊敬してますので、仕方ないとあきらめてます。ただカナちゃんが困ってたら陰ながら助けてやりたいとは思ってたので」
施設に加奈子が泣きながら飛び込んできた。
話し合った結果、俺は加奈子のマンションに引っ越すことにした。入籍して。
あとどれくらい生きられるか分からないと言っても、
「じゃあなおさら一緒にいないとね、会社も辞めるよ。近くでパートでもする」
「損な男を捕まえたな」と言うと、
「こんなに愛させてくれるなんてすごい得な男だよ」