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悲しい嘘

 俺は病院にいた。

 前から腰が痛いというのもあったが、この前の健康診断でかなり数値の悪い項目があったためだ。近くのクリニックで診察を受けた時、血液検査の結果を見た初老の医師が

「これは尋常じゃない数値です!すぐに設備の整った大病院に行ってください」と言って紹介状を書いてくれたのだ。

 MRIやCT、骨シンチグラフィーなどを経て一日がかりで検査をされた。

「なんでもっと早く病院に来られなかったんですか」

 やや怒ったような言い方だ。

「状態はかなり悪いです」「がんが骨やリンパ、一部臓器にも転移しています」「もう手術や放射線は適用になりません」

「そうですか。そんなに自覚症状はないんですが」

「腰や肩が痛いのは骨転移の典型的な症状です、がんの場合、自覚症状が出た時にはかなり病状が進行した時という特徴があります」

「あと、どのくらい生きられそうですか」

「個人差もあるので確かなことは言えませんが、数値から見ると何もしなければ数か月、投薬でがんの進行を抑える治療をしても半年というところでしょうか。抗がん剤もありますが、この種のがんにはあまり効果がありません、むしろQOLを下げるだけになるかもしれません」


 なかなか衝撃的な告知ではあるが、不思議と動揺はなかった。むしろ死ぬまでに少し時間があるんだなとちょっとほっとしたぐらいだ。この残された時間で何をすべきか、急がなきゃ。


 加奈子のマンションを訪ねた。開けてくれたドアから玄関へ入り抱きしめた。

「取締役に推薦されたよ、また昇進だ」

「えー、おめでとう!」

「前に言ってたよね、邪魔になったらいつでも言ってほしいと。別れてほしい」

 一瞬加奈子の体がびくっと小さく動いた。

「私が邪魔になったの?」

「ああ、今までありがとう。これからの幸せを祈ってるよ」

 そういって俺はゆっくりドアを閉めた。立ち尽くす加奈子を見つめながら。


 俺は車に戻り、たばこを吸うために窓を開けた。嘘はついてない。次の取締役会で役員に推薦されるのは本当だ。ただし辞退するけどな。と考えてると開いた窓からいきなり加奈子が抱き着いてきた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、絶対邪魔はしないから別れるなんて言わないで!」

 「ごめん」

 俺は首にしっかり巻き付いた彼女の腕を、手を、指をゆっくり引きはがした。

「いやだ、いやだ」

その場に泣き崩れる彼女を横目で見ながら俺は車を発進させた。


 あわただしく退社の手続きを済ませアパートも解約した。両親は早くに亡くしてるしただ一人の兄もかなり前にがんで亡くしてる。身軽なもんだ。そしてターミナルケアのための施設に入所した。もう延命のための治療はされない。苦痛を和らげるだけだ。家族のいない俺は二十四時間看護を受けるためにはこうするしかない。あとは静かに死を待つだけさ。家族を捨てた俺にはふさわしい最後だ。そして加奈子には悪いことをしたが、結婚してすぐに未亡人にしてしまわなくてよかった。二度も家族を捨ててしまうことにならなくてよかった。


とはいえ、やり残したことがないわけじゃない。携帯に電話する。

「やあ藤原課長、昇進おめでとう、いつもいつも申し訳ないけど、またちょっとわがままを聞いてもらえないかな」



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