その4
周囲の人々から私とマクシミリアン様は生温かく見守られながら、廃墟の生活は続いて行きました。私達の他にもちらほらとカップルになる方々も。
そんな生活がしばらく続くかと思われたのですが、廃棄村にあるお方が大きな転機と共に訪れたのでした。
「数カ月見ない間にどういうことだ。チャーリー殿も様子が随分変わられた。これは一体?」
崖方面から大怪我をして運ばれてくるでもなく、その方は崖とは逆方向からいらっしゃったのだそうです。
このお方がいらっしゃった方角にあるのはザビ帝国です。
チャーリー様からご紹介いただいたところによると、このお方はフィガロ・ドールセン様。なんとザビ帝国の帝国軍大将でいらっしゃるそうです。
そのようなお方がなぜ、隣国との国境の狭間の見捨てられた廃棄村などに?
ドールセン大将とチャーリー様の説明によりますと、ドールセン大将は長年にわたり密かにザビ帝国からグレース王国へと越境されては、廃棄村に崖下から誰かが生き延びて辿り着いていないか定期的な見回りをしていたのだそうです。
なぜそのような事をドールセン大将がしていたのかというと、話は10年前まで遡ります。
10年前、当時は国家間の交流があったグレース王国はザビ帝国より定期交流のための使節団を受け入れました。
両国の交流はいつも通りに恙なく行われました。
そしてザビ帝国の使節団が帰国の途に着いた後、悲劇が起きました。使節団が国境付近で消息を絶ったのです。
帰国予定を過ぎても帰らぬ使節団にザビ帝国は大騒ぎとなりました。
グレース王国に捜索と救助を要請しましたが、グレース王国が言うには使節団は国境を越えてザビ帝国に帰ったとの一点張り。
ザビ帝国は国境まで捜索隊を派遣しましたが、使節団に関しては何の手掛かりもありませんでした。
しかし、使節団の消息がつかめないまま数ヶ月が過ぎた頃、使節団の長となっていた外交大臣がグレース王国の者達に助けられながらボロボロの状態で帰国しました。
外交大臣の他に使節団で生き延びた者は居ませんでした。
ザビ帝国使節団に、いったい何が起こったのか。
たった一人生き残った外交大臣の語った話は、聞くも無残なグレース王国による裏切りの暴挙でした。
ザビ帝国使節団は慣例通りにグレース王国騎士団に警護されながら国境を目指していました。
そして国境付近の崖に差し掛かった時、グレース王国騎士団はザビ帝国使節団に牙を剥いたのです。帝国使節団は無抵抗に切り伏せられ、全員が崖下へと突き落とされました。
気が付けば、外交大臣だけが崖下の近くにある小さな集落の住民達に助けられていたのです。他の使節団の者達は、集落の者達の手当もむなしく全員が儚くなってしまったのだそうです。
「その外交大臣が私の父だ。初めて使節団に加わりグレース王国を訪れた時の悲劇だ。グレース王国の騎士達は、私の父を背後から切りつけ、醜い化け物と罵声を浴びせながら崖下へと蹴り飛ばしたそうだ」
余りに酷い話に我々廃棄村の住民達も言葉はありません。
しかし、グレース王国の王族、貴族達ならやりかねないと私達は思いました。
ドールセン大将は2メートルを優に超える立派な体をもち、黒獅子のような鬣に太い眉、大きな鼻と口を持つ大層強そうなお方です。そしてドールセン大将はお父様と瓜二つなのだとか。
美しさが全てと言う判断基準を持つ王族が、使節団として訪れたドールセン大将のお父様をどのように思ったのか。しかしまさか、他国の使者までその容姿を理由に害すとは。
一体国は何を考えているのでしょう。
いえ、何も考えていないのでしょうね。
美しさのみを追求するあまり、グレース王国は見た目だけを取り繕った中身の無い、張りぼての国に最早なっているのかもしれません。
ドールセン大将はお父様と同じように、崖下に捨てられる者達が他にもいる事を知り、お父様に仇成したグレース王国の国民だと言うのに、助けられる命があればザビ帝国へ迎え入れていたのだそうです。
「しかし驚いた。これほど緑が増え、新しい家までも立っているではないか。このヴィットル村は一体どうしてここまで変わってしまったのだ。これまでは集落に辿り着いた者も殆どがザビ帝国までは命が持たなかった。宰相、あなたもひょっとしたらもう儚くなっているかと、最悪の想像までしていたのだが」
ドールセン大将の言葉に、集落の人々が私に視線を向けてきます。
「・・・あなたが?」
「いいえ、皆さんの力です。皆さんで力を合わせて頑張りましたの」
私の力など、病と怪我を吸い取って、古びた物を新品にして、ちょっと汚れも綺麗にするくらいの力です。汚れを綺麗にしたり、古い物を新品にしたりする度にあちこちにつむじ風を吹き飛ばしていると、つむじ風が当たった先に次々と果物が実り、野菜も少し欲しいなと思えば、荒れた畑にみるみると野菜も成り出したのは不思議な副産物でしたね。
ともかく、私に出来るのはここまで。
新しい家を建てる事も、畑の手入れも、日用品の作成も、集落の皆さんが総出で行ってくれたものです。お風呂が出来た事と、お針子の女性が皆さんの服を作ってくれた事は本当に良かったです。
着替えと洗濯が出来るようになり、更に文化的な生活が出来る様になりましたからね。
「ドールセン大将、お初にお目にかかる。私はマクシミリアン・ロクサーヌ。庶子ではあるが、現グレース王の血を引く者だ。謝って済む話ではないが、我が父の、我が国の人道に外れた行い、深くお詫び申し上げる」
マクシミリアン様がドールセン大将の前で跪き、深く頭を下げました。
ドールセン大将はマクシミリアン様をしばらく無言で見下ろしていました。
「・・・・・マクシミリアン王子。あなたはなぜこの集落に居るのだ。王城で使用人に傅かれている身分であろう」
ドールセン大将の言葉に俯きながらマクシミリアン様はフッと笑いを零しました。
「私の顔の傷はナタリーのお陰ですっかり治ったが、私は顔に大怪我を負って崖下に捨てられたのだ。この国は狂っている。美こそが全てと言う歪んだ価値観に毒されている。人の容色はいずれ衰える。王族達でも例外ではない。老いさらばえた時、王族は自らも崖下に捨てられることを受け入れるのであろうかな?」
顔を上げ、皮肉な笑みを浮かべてマクシミリアン様はドールセン大将を見つめます。そのお顔にはやはり、自分の人生を振り回した王族達への恨みが浮かんでいるのです。
そのお気持ちは良く分かります。
健康を取り戻した私ですが、今が幸せだからと言って、過去に家族から受けた仕打ちを忘れた訳ではないのです。
「マクシミリアン王子」
「私は王族の籍は持たない。ただのマクシミリアンと」
「いや、マクシミリアン王子でなければ困る」
ドールセン大将が妙な事を言い出しました。はて、困るとは。
「これは好機だ。なんと、現グレース王国に恨みを持つ王族と知り合えるとは。運命としか思えぬ」
そう言ってドールセン大将は豪快に歯を見せて笑いました。美しいとは言わないかもしれませんが、私は好きなお顔ですよ。
「ドールセン大将、いよいよか」
「王子の頭脳、片腕となる宰相も復活した。そして、この集落の者達は、自分達を救い上げてくれる王の元につくだろう。違うか?」
ドールセン大将に向かってチャーリー様もニヤリとニヒルに笑います。
「皆の者、ここで暮らすのもいいだろうが、自分の国に帰りたくないか」
ドールセン大将の問いかけに皆さん暗い顔をします。私と同様に行き場の無い方々ですから。
「今のグレース王国ではなく、新しい王を抱く、どのような容姿の者も安心して暮らせる新しいグレース王国に戻りたいと思わないか」
今度は皆さんの顔がパッと輝きました。
「若く美しい金の王は全ての国民を等しく守ってくれよう。そして金の王の隣には豊穣の魔女がいる。豊穣の魔女は全ての国民の苦難を吸い上げ豊かな実りを国民に齎すだろう」
ドールセン大将がマクシミリアン様と一緒に私の手も取ります。
「さあ、我らがザビ帝国が手を貸そう。破滅に進むグレース王国を、真なる王が奪い返すぞ。皆の者、王に続け!」
突然飛ばされたドールセン大将の檄でしたが、これがカリスマという物なのでしょう。この場に居合わせた鍛冶屋、大工、お針子、調理人、王都の守備隊員、その他。ただの一国民でしかなかった者達が、ドールセン大将の檄に呼応して、立ち上がったのです。
「もうこんな国はうんざりだ!俺の弟は首の瘤が醜いと貴族に鞭打たれて死んだんだ。まだたったの5歳だった!その次に俺が事故で片足を失ったら、隣近所の奴らが国に俺を密告しやがった。体が不完全で美しくないと捕まって、崖下に突き落とされた!」
「面の皮一枚の事なのに、貴族達は目の色を変えて私を追いかけまわすのよ。美しい子供を産ませるために、私は何度も貴族に攫われかけたわ。私は自分の顔の事でもう騒がれたくない。ただ静かに暮らしたいだけなの」
「俺は長い事家族に隠されて生きてきた。それがたまたま裏庭に出た所を兵士に見つかった。顔に赤い痣があるだけで引きずり回されてそこの崖の下に捨てられたんだ。もう俺の様に、生まれつきの顔形で辛い目に遭う者がいない国になって欲しい」
「俺は王国軍に取り立てられていい気になっていた。だが仕事中の事故で左手を失った。そうしたら、美しくないと中隊長が俺に切りかかった。俺は虫の息になった所を同僚達に運ばれて、崖下に捨てられた」
聞けば聞くほどグレース王国は碌でもない国です。醜いと断じられた者は迫害され、狩られて殺される。そして美しい者は、美しい子供を手に入れようと男性も女性も貴族達に狙われるのです。常軌を逸しています。
私も利用され尽くして、王族の指示で崖下に捨てられました。皆が同じ境遇です。
美しい容姿の者達だけで、国が回っているのだと、国が成り立って行けるのだと、この国の頂点に立つ者達は本当に思っているのです。ですが、国に、貴族に目を付けられないように、陰に潜んで暮らしている人々が絶対にいるはずです。
むしろ自分の容姿を誇り、大手を振って歩いている者達よりも、陰に潜む者達の方が多いのではないでしょうか。この事にやっと気づく辺り、私も洗脳されていた状態だったのでしょう。美しい者ばかりが住まう国など、ありえませんよね。
きっと陰に隠れた方達が縁の下で支えてくれているので、グレース王国はまだ国の形を保っているのです。ですが、その事に王族と貴族達は気付きもしない。
ドールセン大将の話を静かに聞いていたマクシミリアン様は、広場に集まる私達を見回しました。
「私は、母を守る為に王族と貴族の言いなりになってきた。しかし、その母は王妃に酸を掛けられて、顔を焼かれて切り捨てられた。私は同僚に妬まれ顔を切り裂かれた。この国は美しくとも、醜くとも、生きていくに辛すぎる。皆が望むなら、私は父である現王を倒し、この国の新たな王となろう。そして私の国では老いも若きも、どのような容貌の者も、安心してその天寿を全うできるようにしよう」
広場にはワッと歓声が上がりました。
「マクシミリアン王よ。民を救わんと立ち上がるあなたに、このチャーリー・ルクセイアは忠誠を誓いましょう」
チャーリー様がマクシミリアン様に首を垂れました。
それに倣い、広場の皆が次々と頭を下げていきます。
「マクシミリアン様」
マクシミリアン様が隣に座る私にお顔を向けて下さいます。
相変わらず目も眩みそうな程にお美しい。
けれどもマクシミリアン様が美しいのはお顔だけではありません、過酷な状況の中お母様を守ろうとし、理不尽に崖下に追いやられた後も、同胞達を助け続けました。もちろん私も助けられた一人です。
マクシミリアン様はお顔以上に気高く美しい心をお持ちなのです。
「醜い私は美しいマクシミリアン様の隣に立つには相応しくないと弁えております。ですが、大義を果たされるまで、私が出来る事があればあなた様のお手伝いをさせて頂きたいのです」
「醜い?豊穣の魔女は何を言っている。鏡を見た事は無いのか?」
そう言って、ドールセン大将は懐から出した手鏡をこちらに差し出しました。
「おお、ありがたい。ナタリー、あなたは本当に美しいのだ。まだ私を疑うのなら、鏡を見てごらん」
マクシミリアン様がドールセン大将から手鏡を受け取り、私に鏡面を向けました。
「・・・これが、わたし?」
鏡の中では、輝く銀髪に銀の瞳を持つ美しい女性がこちらを見ていたのです。
老婆のような白髪の、骨と皮だけの骸骨のような女は何処にもいませんでした。
「伝承の通りの豊穣の魔女の容姿だ。この世で2人と居ない、銀の髪と銀の瞳を持つ女性だ。美しいものだな。豊穣の魔女は愛されれば愛される程に美しく輝くのだという。あなたは金の王と、この場にいる者達に愛されているのだな」
「まあ・・・」
周囲を見回せば、マクシミリアン様もチャーリー様も、周囲の人々も私に笑顔を向けて下さっています。
「君が初めて私から蛇イチゴを受け取り口にした時、君の髪も瞳も空に輝く星のように美しく輝きだしたのだ。君が大怪我や病を引き受けて気絶する度に、胸が引き裂かれるかと思った。どうかもう一度その美しい瞳を見せて欲しいと願い、君が目覚めれば私の胸は歓喜に震えた。君は目覚める度にどんどんと美しくなっていった。私達の愛があなたを変えたのなら、非常に嬉しく思う」
マクシミリアン様が蕩けるような笑みを私に向けてきます。マクシミリアン様の告白を受けて、私の胸もドキドキと高鳴ります。誰かに愛される事があるなんて、まるで夢のようです。
「君を虐げ続け、あなたに自分は醜いと思いこませた伯爵家には報いを受けさせる。そしてこの国で暴虐の限りを尽くした貴族達、王族達にも必ず報いを受けさせる。この国は内実の無い見た目だけの国だ。国の守りは薄い。兵隊達も顔が美しいだけで碌な訓練もしていない。さあみんな。ナタリーのお陰で英毅は養えただろう」
広場に集まる男性達どころか、女性達までもがキリリと凛々しくマクシミリアン様の言葉を待っています。
「私達の国を取り戻すぞ」
広場にいるみんなが、老いも若きも男性も女性も、勇ましく雄叫びをあげました。
この時、グレース王国を救う金の王が立ち上がったのです。