その3
どの病も怪我も、その人が感じる痛みまでをきっちり吸い取るのですが、やはり火傷の痛みが一番辛いなあと、気絶間際考えておりました。
そして、目覚めると再びお怒りモードのマクシミリアン様が、あばら家の床に寝転がる私の隣に座っていらっしゃいます。
このあばら家の天井もだいぶ見慣れましたね。目覚めてもここは何処?と思わない程に馴染んだ天井となってきました。
「おはようございます」
「・・・何故、私の言いつけを聞かない」
地を這うような低音の良いお声です。
マクシミリアン様は声までお美しくていらっしゃる。天が与えたもうた物が三物にもなってしまいました。
「もしかして、ずっと傍に居ていただいたのでしょうか」
「・・・君が目覚めなかったらと思うと、気が気では無かった」
マクシミリアン様は俯きながらボソリと、そのような事を。
体調不良を心配して頂けるなんて、生まれて初めての経験です。
私は胸が一杯になり勢いよく起き上がりました。
「ナタリー嬢!急に動いてはいけない。君は丸一日寝込んでいたんだ」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。でも私はもう元気ですわ!」
不思議ですね。
廃棄村にきてから数杯の水と蛇イチゴなどをつまんだ程度なのですが、今まで感じたことが無い程に体調がいいのです。なんて身体が軽いのでしょう。まるで自分の身体では無いようです。
私が廃棄村に来て、この小屋で目覚めるのは3度目。
つまり丸3日以上は経過しているのですね。私につきっきりのマクシミリアン様も身なりが草臥れてしまっています。
私はマクシミリアン様の近衛兵の制服の袖にそっと手を触れました。
私がエイと念じると、マクシミリアン様の薄っすら汚れてきていた近衛兵の制服がまるでおろしたての様にシャンとしました。へたっていたマクシミリアン様の金髪もふんわりとウェーブが蘇り、お肌も艶々に。
「ナタリー嬢!」
「ご安心くださいませ。この力は痛みを感じませんわ」
私はついでにと、この小屋の床板に手を触れてエイと小さな掛け声と共に念じると、ボロボロに腐っていた板材がたちまち小屋を作った当初の物の様に新しくなりました。隙間だらけで日光の光が差し込んでいた屋根の隙間も無くなり、壁の隙間はもちろん、破れたままの窓のガラスも半分ほど塞がりました。砕けてガラスが何処かに飛ばされてしまったガラス窓は、完全に元の形には戻せませんでしたね。
私はその破れた窓に掌を向けました。
すると一陣の風が小屋の周りを駆け巡り、気持ちの良い白木の香りと共に窓の外に飛び出して行きました。
「ナタリー嬢・・・。この力は一体」
ついでに私のワンピースも新品に。
新品にしても生成りの麻のワンピースですから、あまり違いは判りませんけども。私の身体もこざっぱりとしました。更にもう一度掌を破れたガラス窓に向けて、風を外に押し出します。
「私、草臥れた物を元に戻したり、穢れや汚れを取り去る事も出来ますの」
どうして使えるかはわかりませんけれど、生きるために習得した力です。
幼い頃に屋根裏に押し込まれた私には家具や日用品、衣類に至るまでまともな物は与えられなかったのです。
使用人が着古した衣類を繕って着るにしても限界があります。生地が古すぎて繕う傍から布の繊維が千切れるワンピースに途方に暮れた私は、このワンピースが新品だったらと思ったのです。
そこで奇跡が起こりました。少し引っ張れば簡単に破ける程に布地が古くなったワンピースがまるで新品の状態になったのです。残念ながら破れた箇所はそのままでしたが、私は喜んで新品のワンピースを繕いました。
その時に古い物を新しくする、汚れた物を綺麗にする力に気付いたのです。
そしてその力を使うと、ぐるぐるとつむじ風がいつまでも部屋の中を回るので窓を開けるとそのつむじ風は勢いよく外に飛び出しました。
私はベッドの木枠を新しくしたり、虫食いの寝具を新しくしたりする毎につむじ風を外に吐き出しました。どうやら私の右手からつむじ風が飛び出す様なのです。
理屈は分かりませんが、便利な力だったので私は屋根裏部屋の物を全て直し、新品に戻し、衣食住の食以外に関しては随分と快適に暮らせるようになったのです。
食事だけはどうにもなりませんでした。ひもじい余り、屋敷の裏庭で食べられる草木を探していた所、私の部屋の真下に蛇イチゴが群生していたのです。夢中で最初は食べつくしてしまったのですが、つむじ風を部屋の外に吐き出せば蛇イチゴは復活していました。
良く分からないけど、そういう事なのです。
「マクシミリアン様、外に行ってみましょう。何か新しい木の実が出来ているかもしれません」
「そんなバカな」
小屋の裏手に回ったマクシミリアン様は突如現れた桃の木を呆然と見上げています。桃の木には食べ頃の桃がたわわに実っています。蛇イチゴの規模を上回っていますが、マクシミリアン様の衣類を新調しただけではなく、病や怪我を払った効果も現れていると思います。
マクシミリアン様の怪我を払い、廃棄村の湧き水が復活し。
チャーリー様の怪我を払い、小屋の裏手にブラックベリーが生えたのかと。
思い返せば、グロスター家の庭園は常に緑豊かで美しく、社交界でも評判でした。私が多くの病や怪我を吸い取り、気絶後に無意識のうちにつむじ風を吐き出していたのかもしれませんね。
とにもかくにも、これでますます廃棄村の食糧事情は改善されました。
「ナタリー嬢」
「チャーリー様。皆さんも。体調はいかがですか?」
私とマクシミリアン様が桃の木を鑑賞していると、小屋の裏手にチャーリー様がいらっしゃいました。チャーリー様の後ろには4人の男女がいらっしゃいますが、服も体も薄汚れていらっしゃいますね。
私は遠慮なく皆様の衣服は新品に、体の穢れは吹き飛ばし、つむじ風を天空に放ちました。すると男女4人もこざっぱりとされました。女性2人は非常に見目麗しく、男性は2人ともが筋骨隆々逞しい方々でした。
その男女4人は私の前まで進んできて跪くのです。
「ナタリー様。私達の怪我を引き受けて下さり、なんとお礼を言えば良いのか」
代表して私にお礼を言ってくださったのは、最初に怪我を吸い取った鍛冶屋の方ですね。両目がしっかり見えているようで何よりです。
「お礼などいりません。皆さんが元気になって何よりですわ。怪我が治ったと言っても、体は本調子ではありませんでしょう?まずはしっかり休んで、食べて飲んで、体力の回復を目指していきましょうね」
「体力の回復が必要なのは君も一緒だ。ナタリー嬢、君も沢山食べなさい」
「あら、うふふ」
チャーリー様に突っ込まれて、私は笑ってごまかします。
生まれてこの方、慢性栄養失調ですからね。ワンピースの裾や袖から覗く棒のような手足は隠しようもありません。
ですがここに来てからの方が、伯爵家よりも栄養が取れているかもしれません。
「ではまず、この桃を皆さんでいただきましょう。それから色々と直せるものを直して、生活の改善を図りましょう!新参者ですが、私も一生懸命働きますわ!」
男性方が桃を取って下さり、マクシミリアン様が器用にナイフで桃を剥いて皆さんに配ってくださいます。皆さん笑顔で桃を召し上がっています。
女性のお2人は貴族に顔や頭を焼かれたとの事で髪が痛々しく短くなっていらっしゃいます。それでも十分にお美しいですが、どうか体と共に心も元気を取り戻します様に。
皆さんが英毅を養われて、これからの人生を前向きに考えられるようになる事を祈るばかりです。
かくいう私も、今後どうしようかという所ですが、とりあえずは拠点となるこの廃棄村の手入れをして、少しでも過ごし易くしていきましょう。
廃棄村の住民は、新参者の私を入れて現在7名です。
鍛冶屋の方、大工の方、調理人の方、お針子をされていた方と、能力もバラエティーに富んでいらっしゃいました。
私は廃墟を覗き、壊れた日用品を次々と新品の状態に戻していきました。調理器具や食器、カトラリーにカーテン、寝具といった布。斧や鉈など山仕事の道具など。どんどん直していけば、皆さんはそれを手に、生活をどんどん豊かにしていきます。
廃墟の折れた材木は新品の折れた材木にしかならなかったのですが、斧や鉈を手に入れた男性陣は森から木を切り出し、なんと新たな小屋を二つほど作ってしまったのです。本当に素晴らしい能力を持つ方々がいらっしゃったのですね。
チャーリー様は廃棄村の元々の設備を蘇らせようと試みていらっしゃいます。私はチャーリー様の指示に従い、言われるままに集落の廃墟のあちこちの劣化を元通りに、新品にしていきます。私の能力の残念な所は壊れた物は新品の壊れた物にしかならない所ですね。それでもチャーリー様と大工さん鍛冶屋さんは次々と集落の設備を蘇らせていきます。水路を復旧させた事により、水汲みが要らなくなったのには驚きました。
マクシミリアン様は体力もすっかり戻り、野山に分け入ってはウサギやカモなど、貴重なたんぱく質を取って帰ってきてくださいます。集落の内外では果物が豊富に実っています。
女性達は蘇ったカーテンなどで人数分のベッドを整えてくださいました。何故か集落の周りに綿花が突如生え出したので、綿布団を作る事も出来ました。
崖下からは岩塩の塊も見つかり、調理人の女性の腕で岩塩とハーブを使った暖かい料理も食べられるようになりました。
廃棄村と私達が呼ぶ打ち捨てられた集落ですが、それほど大昔の物ではないようでした。
まるで住民達が逃げ出したかのように日用品が数多く残されており、そのお陰で私達は文化的な生活を取り戻す事が出来ました。
廃棄村には1ヵ月に2、3人のペースで崖下に捨てられた人が運び込まれてきます。
男手が増えたので崖下の見回りは強化してもらっています。
崖下にはしなる若木で2段構えの緩衝材を作りました。これで少しでも命が助かる可能性が上がればいいのですが。今の所、このクッションのお陰で沢まで転がり落ちる人もおらず、崖下に打ち捨てられた人で死者は出ていません。
しかし、崖下の傾斜には助けられなかった人々の躯が今も放置されたままです。いつかこの可哀想な方々を弔えたらと思います。
私が廃棄村にやってきて、廃棄村の住人は13人にまで増えました。
という事は、2ヶ月以上は月日が過ぎたのでしょうか。
いずれも優秀な能力のある方々ばかりで、私は全員の怪我と病を吸い取りました。私のこの力を使うポイントですが、必ず一度に2人以上に行使する事ですね。つまり病が満タンになって私が気絶するのがポイントです。でないと私が吸い取った病がリセットされませんので。
私も静かに行使できればいいのですが、つい毎回呻いたり叫んだりしてしまいます。6人の方を3回に分けて行使したのですが、何故か2回目の行使後から、目覚めると私はマクシミリアン様に抱きしめられているのです。
マクシミリアン様は庶子とはいえ王族の血を引くお方。
求められれば、たかが伯爵令嬢が拒めるものではありません。
目覚めて驚き固まる私に、マクシミリアン様はおっしゃったのです。
「いやか」
「・・・・・」
嫌かと聞かれれば嫌では無かったのです。
私は特殊な生活環境に置かれておりましたので、男女間の交流どころか、家族との触れ合いすら経験がありません。でも私には前世の記憶がありました。
ですので、男女間の交流についての知識も多少は。
お恥ずかしい話ではございますが、その後、マクシミリアン様とはなし崩しに。
廃棄村には美しい女性が数名いらっしゃいますのに、私をお選びになるとはマクシミリアン様も好みが変わっていらっしゃる。
ですが、私は身も心も美しいマクシミリアン様を最初から好ましく思っておりました。私を望んでくださるなら、望まれる限りお応えしようと思います。
そして私が最初に運び込まれた小屋は、私とマクシミリアン様の新居となったのでした。