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その2

「思い直すならば、いつでも出て行ってくれていい。隣国に逃げ延びる手もある。ここから何人も、ザビ帝国へと旅立つ同胞達を私は見送ってきたのだ」

 そしてチャーリー様に案内してもらった噂の廃棄村は、遺棄された集落の住居跡地に数人の人々が横たわり命が尽きるのを待っている、正しく見捨てられた地といった様子でした。

「ここが、廃棄村・・・」

「私がどうにかこの地で生き延びられたのは、崖から転落した時に、運良く殆ど怪我をしなかったからだ。どうにかこの場所まで辿り着き、荒れた畑の跡地や森の入口に分け入り僅かな食料を手に入れて今まで生き延びた」

 グレース王国は季節が変わらない常春の国です。

 1年中森は木の実をつけ、畑にも1年中作物が実ります。森の動物も多く生息し、人々の食卓には十分に肉が提供される、らしいです。

 なにせ私は肉なんて、今世食べた事がありませんからね。水と僅かな木の実と、たまに部屋に投げ込まれるカチカチの黒パンだけで今まで生き延びたのです。よく標準女性程度の身長まで背丈が伸びたものですね。

 廃棄村も酷い有様ですが、故意に命の危機に晒され続けてきた実家の方がやはり、控えめに言っても地獄だったと思います。なんなら食料事情に関しては、伯爵家に居た頃よりも自由に野山に探しに行ける分、以前より豊かになるかもしれません。伯爵家では家の裏の蛇イチゴが私の命綱でしたから。

 ともかく、自然の恵みに助けられてチャーリー様はこの2年、ここ廃棄村で新たに投げ捨てられる人や、私の様に容姿に恵まれず国を逃げ出した国民の救助に当たりながら暮らしてきたのだそうです。そして、2カ月前にマクシミリアンさんがやって来たという事です。

「お2人こそ、国に戻られたらいかがでしょう?見た所、お顔もお体もとてもお美しいですわ」

 そうなのです。

 ここは体や顔を損なったものが捨てられる廃棄村。

 心身ともに美しいお2人はここに打ち捨てられる理由などもう無いのです。

 けれど、マクシミリアン様もチャーリー様もすぐさま首を横に振りました。

「いや、戻らない。どうせ容色が衰えればまたすぐに捨てられる」

「私も戻らない。人の見てくれが判断基準の全ての王城になど、戻りたくも無い。あの国は異常だ」

 それは確かに。

 2人の言い分に私は思わず頷きました。

「今瓦礫の下で辛うじて雨風を防ぎながら死を待つ者達は、怪我や病気で体を損なわれる前は、能力を認められ王族や貴族達に重用されていた者達ばかりだ」

「まあ、そうなんですの」

 それは良い事を聞きました。

 今目の前で死に瀕している人々は、王族貴族に認められた能力を有する人々なのだそうです。

「マクシミリアン様。申し訳ありませんが、また蛇イチゴを分けていただけないでしょうか」

「あ、ああ。それならその辺の茂みにいくつか」

 突然食料を求められてマクシミリアン様は面食らった様子でした。資源に乏しいこの廃棄村に突然やって来て、厚かましい事この上ない要望ですがお許しください。分けてもらった蛇イチゴ以上の物をきっとお返ししますから。

「甘酸っぱくて美味しいですわ。あら、ブラックベリーもありますわね。こちらはとても甘いです。美味しゅうございますわ」

 お淑やかな令嬢口調に反して、私ははしたない程にモリモリと蛇イチゴを頬張り、新たに見つけたブラックベリーも次から次へと口へ運びました。

「チャーリー様。お水ももう少しいただけますか」

「それなら、さっきの小屋の裏手に水場がある」

 案内された水場は古い石づくりの物で、円錐状に窪むように石が組まれていて、中央にあいた穴からは滾々と美しい水が湧き出していました。窪んだ円錐の器を満たす様に溜まっていく水は、溢れる前に石造り水路を通って廃墟の集落へと流れていきます。このとても理に適った水路を見ると、この集落は文化的な、とても豊かな場所だったのではないかと思います。

 私は水場に顔を突っ込む勢いで思い切り水を飲みました。

「生き返りましたわ。ありがとうございます」

 プッハ―!と前世の私なら声をあげる所ですが、虐待紛いの厳しい淑女教育も受けていた今世の私は、口元をハンカチで押さえて楚々とお礼をいいました。

 では、私の特異体質で飲み食いした分働くといたしましょう。


 私は瓦礫の陰に横たわる男性に近づきました。私の奇行に不安を覚えたのか、マクシミリアン様とチャーリー様もピッタリと私の後についていらっしゃいます。

「こちらの男性はなぜ廃棄村に?」

「もとは腕のいい鍛冶屋だったが、貴族の不興を買って片眼を潰されたのだ。もともと片目しか見えなくなっていたのだが、その頼みの右眼を潰され、そのまま崖から捨てられたのだ。それがひと月前の話だ。崖から落ちた時に腕も怪我をした。それでもう、だいぶ弱ってしまった」

「チャーリーさんかい」

 視力を失ったという男性は、声でチャーリー様が側に居ることが分かったようです。

「昨日、今日と貰った水は美味かったよ。王都の広場にある湧き水みたいに冷たくて、甘くて。懐かしいな」

「王都の広場の湧き水なんて、こちらの湧き水に比べたら腐った水と変わりありませんわよ」

 私の声に男性は驚いたように口を噤みました。

 男性の様子に構わずに私は無遠慮に男性の目元を両手で覆いました。私の右眼は激痛と共に完全に見えなくなり、左眼も視界の輪郭がぼやけ、すぐ隣のマクシミリアン様が怒っているのか笑っているのかも分からなくなりました。そして、左腕がジンジンと熱を持ち痛み始めます。更に左腕の熱が全身に回って、頭もぼんやりしてきました。

「ナタリー嬢!」

 鋭く私の名前を呼ぶマクシミリアン様を無視して、私は男性の反対側に横たわる動かない人影に向かって歩きます。

「痛い・・・痛い・・・」

 か細い声でうわ言を言う人影は、声から女性と分かりました。

「どこが痛いのです?」

「顔も背中も・・・、焼かれた、頭もいたい・・・」

 私は瓦礫に躓いて、その女性の上に倒れ込んでしまいます。私がぶつかった衝撃で女性が呻きました。失礼いたしました。でもその痛みを全ていただきますね。

私はそのまま覆いかぶさり女性を抱きしめました。

 今度は先ほどの男性とは桁違いの痛みです。焼かれたと言われた頭部に熱を感じると共にジリジリと耐え難い痛みに襲われます。女性が言った通りに顔も背中も痛くなります。

「よせ!ナタリー嬢!」

 マクシミリアン様が怒鳴っています。

 よせと言われても、始めてしまったら原因を吸い尽くすまで、それか私が気を失うまで止められないのです。

 私の特異体質。

 それは怪我と病を吸い取る力なのです。




 目覚めると、何だか見慣れてきた小さな小屋の中に寝かされていました。

 相変わらず板の間に寝かされていたのですが、私の隣に座り込んでいる人がいます。マクシミリアン様です。そして明らかにお怒り顔です。

「・・・おはようございます、マクシミリアン様」

「おはよう」

 麗しい方は怒った顔までお美しいのですね。

 しかし私は気絶してからどれくらい寝ていたのでしょう。

 いつもなら怪我や病気を気絶するまで吸い取ると、目覚めは最悪、倦怠感が酷くて意識が戻ってからも数日寝たきりになるのです。

 けれども今は謎の爽快感があるのです。一体なぜ。

「水は飲めるか?蛇イチゴとブラックベリーもある。少しでも口にしてくれ」

「はい、いただきます」

 私はむくりと起き上がると、マクシミリアン様から木の器にこんもりと盛られたイチゴとベリー、そして木のカップに汲まれた澄んだ水を受け取りました。

 ああ、定期的に糖分と衛生的な水分を摂取できる幸せ。

 今世生まれて初めて感じる心の安寧ですね。

 口数の少ないマクシミリアン様の隣で、私は取り合えず糖分と水分をあるだけ摂取しました。

「美味しゅうございました」

 糖分と水分を摂取すれば当面の活動はできます。人心地ついて私はマクシミリアン様にお礼を言いました。

 しかしマクシミリアン様はまだお怒りのご様子。

 喉の渇きが癒えて、糖分の摂取で力も漲り気分が上向くままに笑顔まで見せてしまった私でしたが、マクシミリアン様はずっとお怒りなのでシュンと肩を落として俯きました。

「・・・ご迷惑だったでしょうか」

 私が触ると相手の傷や病が癒えて、私が突如同じ病と怪我を負い気絶する。

 説明はつかねど因果関係は明白ですね。

 きっと私が触れた男性と女性の怪我や病は全快している事でしょう。そしてマクシミリアン様の怪我と病も、私が出合い頭に吸い取ってしまったのですね。顔に怪我を負ったというマクシミリアン様は輝くばかりの美貌を取り戻していらっしゃいます。

 チャーリー様は最初にお水を勧めていただいた時に偶然にも手が触れ合い、病と怪我、穢れを吸い取り、払いました。身なりも整え美中年となったチャーリー様は足を引きずる様子がもうありません。

「感謝こそすれ、迷惑だなどと私が言える立場ではない」

「・・・・・」

 そう言いながらもマクシミリアン様はやっぱり怒っていらっしゃる。

 これまで私の力を使うと喜ばない人はおりませんでした。

 私の能力は主に家族と父母の知人などに行使させられておりました。父母の知人は大喜びで父母にお礼と共に少なくない礼金も支払っていた様です。

 何度ももう死ぬかもという激痛や苦しみを味わいましたので、その方々は命に関わる大病だったのでしょうね。

 それでも大きな怪我や病を引き受けて気絶出来たらまだマシでした。気絶をすると何故だか引き受けた病がリセットされて消えていたからです。

 辛かったのは些細な怪我や頭痛、腹痛などを気軽に家族や、時には使用人達に擦り付けられる時でした。引き受けた体調不良は、容量が満タンになって私が気絶しない限りリセットされません。つまり栄養失調の身体でどうにか体調不良を回復させなければならないのです。これが地味に辛かったのです。

 軽い風邪などを移されたら、栄養の足りず抵抗力の無い体は一月以上も風邪の症状を引きずったりしました。

 このように私が引き受ける形なのですが、私は怪我や病を治す事ができるのです。

 ですので、能力が高い人を回復させたら、廃棄村の為になるのではと安直に考えたのでした。

「怒らないで下さいませ」

 私が堪らずにポツリと呟くと、マクシミリアン様はフウとため息を付きました。

「私とチャーリー様を治してくれた事、感謝する。しかし、その力はナタリー嬢の犠牲の上の物ではないか。相手の痛みを引き受けるのだろう?私の顔の大怪我を引き受けた時、気絶するほどの痛みだったのだろう?そんな真似はどうか二度としないでくれ」

「マクシミリアン様。ご心配頂きありがとうございます」

 切なげに眉を寄せるマクシミリアン様に私は思わず微笑みました。

 崖下に落ちた時、助けに来てくれたマクシミリアン様に確かに止めを刺されて気を失いましたが、第二王子の病を吸い取って殆ど私の容量は満タン状態だったと思うのです。それほど苦しまずに、即気絶したかと思います。

「もうご察しの事と思いますが、私は病や怪我を自分の身に移せるのです。ですが、限界まで病と怪我を吸い込んだ後は、身に受けた怪我も病も消えて元に戻りますから、どうぞご安心を!それに痛みを引き受ける事は慣れておりますので」

「ナタリー嬢、その能力を使う事は今後固く禁ずる」

 固く禁じられてしまいました。

「・・・ご心配をおかけして申し訳ありません」

 私が謝ると、マクシミリアン様はやっと安心したご様子。お怒りモードも解いてくださいました。

 本当にマクシミリアン様は良いお方です。


 そんなマクシミリアン様の思いを踏みにじり、私はその翌日、廃棄村の右足が潰された男性と、またも貴族に手籠めにされそうになり抵抗の末顔を焼かれた女性の怪我を吸い取り意識を失いました。


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