プロローグ
サクッと終わります。
お暇つぶしにどうぞ。
王族も国民も、その国に住まう全ての人が見目麗しい国があった。
その国、グレース王国には2人の王子がいた。3人共が国の頂点に立つ王族に相応しく美しかったが、特に第2王子の美しさと言ったら、国の内外にその名が轟くほどであった。
しかし、その王子の美しさを妬んだ何者かが王子に呪いをかけた。
第2王子はある日突然、頭の天辺からつま先まで全身が吹き出物に覆われた。その吹き出物の先端は緑色に膿んで酷い匂いを放った。第2王子の全身は痛痒さに苛まれ、掻きむしれば皮膚が破れ、血がしたたり落ちた。王子の容貌はどんどんと惨たらしくなっていく。
国王も王妃も国1番の医者に手当をさせたが、容態は一向に良くならない。
嘆き悲しむ王と王妃の前で、ある家臣が声をあげた。
私の娘なら、第2王子の病を治せるかもしれません。
その家臣曰く、娘は昔から不思議な力を持っており、病や不調に悩む者をたびたび救ってきたのだという。
藁にも縋る思いで王と王妃はその娘に第2王子の治療を頼んだ。
娘は王と王妃の願いを受け入れ、献身的に第2王子の世話をした。
第2王子の右腕の包帯を取り換えれば、娘の右腕が膿んだ吹き出物に覆われた。第2王子の左腕の包帯を取り換えれば、娘の左腕が膿んだ吹き出物に覆われた。
不思議な事に娘が第2王子の手当をすればするほど、娘の全身が膿んだ吹き出物に覆われていき、それとは逆に第2王子の白磁の肌が蘇っていくのだ。
まるで王子の病がどんどん娘に移っていくようだった。
娘の容貌が自分とすり替わっていく様に第2王子は胸を痛め、何度も娘に手当をやめろと言った。しかし娘は第2王子の手当を続けた。
とうとう、第2王子の顔の包帯を取り換えた時、第2王子の膿み崩れた吹き出物の全てが娘に移ってしまった。
それと同時に娘は床に倒れ、第2王子が慌てて抱き起すも娘はすでに息絶えていた。
ああ、何という事だ。この娘の献身を、私は生涯忘れはしない!
美しさを取り戻した第2王子は、娘の亡骸を前に涙を流した。
第2王子の為に娘を差し出した家臣は、娘の亡骸を前に声も無く静かに涙していた。家臣もその娘も、第2王子を助ける事は娘の命と引き換えになると覚悟の上だったのだ。
命を賭して第2王子を救った娘に、王と王妃も感謝し、第2王子の為に娘を差し出した家臣には褒美に莫大な財を与えた。
王都の美しい広場入口の脇には、娘の献身を湛えて娘の小さな銅像が建てられた。
美しい王子を救った娘の健気な行いは末永く語り継がれる事となった。
・・・痛い。
いたたた。無遠慮に手足を掴まれたら、包帯越しとはいえ物凄く痛いです。
包帯の下の皮膚がずる剥けになっているかもしれません。
しかし、やっとこれでお役御免です。
今回は今まで一番きつかったかもしれないです。
痛痒いのに、皮膚を掻いたらその傍から皮膚が破れて血が噴き出すなんてどんな地獄でしょう。
しかもまだ死んでいないのに、私の事をさっさと捨てて来いとあの王子は言いました。私はしっかりこの耳で聞きました。
我が国の第二王子は、顔立ちはお綺麗でしたが性格が死ぬほど悪かったです。
まあ、この国で性格良い人間になんか会った事は無いのですけれど。
自分の家族達からして、人の皮を被った悪鬼なのかという極悪非道の者達でした。
「くっせえな。最悪だぜ」
「まあその分特別手当が出るからな」
私の手足を掴み、馬車の荷台から引きずり降ろしたのは緋色の衛兵の制服を来た男二人でした。この2人もとても見目麗しく、見栄えの良い男達です。
この国の人間は美男美女ぞろいで、王族、貴族はもちろん、一般庶民に至るまで造作が美しいのです。
その中で、私のような地味な顔立ちに煤けた灰色の髪と灰色の瞳を持つ女は逆に珍しい存在で、外に出れば注目を浴びました。
なんだあの醜い娘は、という悪目立ちが原因で。
私は伯爵家の長女ではありましたが碌に食事も与えられないので、目ばかり大きく頬は削げ、手足は棒のよう。
それに比べて妹は、姉の美しさまで貰い受けたのではと噂されるほどの煌めく美貌の伯爵令嬢です。その容貌は、清らかな泉のような青い瞳、緩くウェーブを描く黄金の髪、唇はバラの花のように赤く瑞々しい。誰しもが妹の美しさを褒め称えます。
齢14にして妹の美貌は国内外に轟き、国内はもちろん諸外国からも求婚が殺到しているそうです。当然両親は妹だけを溺愛しています。
前世の記憶を持つ私からすれば、今の私の顔立ちもそんなに悪くないとは思うのですけれど。単純に、栄養が絶望的に足りていないのです。
美しい家族達の中で私は冷遇されていましたが、前世日本人の記憶をうっすらと持つ私は「私じゃなくて周りがおかしいよね?」と周囲と自分の立ち位置を冷静に俯瞰で見ながら幼少期を過ごしました。
しかし、栄養も足りない非力な子供が四面楚歌の虐待環境から逃れられるわけもなく。
私は泣きもせず、日本人の美徳、我慢強さを遺憾なく発揮して、家族や使用人達からの理不尽な虐待と暴力を耐え続けました。
そして、虐待に無抵抗で感情の機微の一切を見せない私は、ますます周囲から気味悪がられる事となりました。
そして17歳になった私は父親に王城に売られ、今に至ります。
「悪く思うなよ」
「運がよけりゃあ廃棄村の化け物達の仲間になれるかもな」
私を国境近くまで運搬してきた男達は、私にまだ息がある事を知っています。
知っていて、今国境近くの崖下に私を捨てようとしているのです。
私の両手、両足を持った男達は振り子のように何度か私を揺らしたのち、思い切り崖の上から谷底へと私を放り投げました。
私は成す術もなく国境の崖の下へと落下していきます。
この国境近くの谷底の話は良く知っています。
顔だけは良い性悪な妹が、頼みもしないのに私に何度も何度もしつこく聞かせてくれたのです。
グレース王国の国境付近には、醜い者達が集まり暮らす村がある。お前はまだ少しは役に立つから家に置いてやっているが、何の役にも立たなくなったらすぐに国境の崖下に捨てられるだろう。廃棄されたお前は醜い者達が集う廃棄村で死ぬまで暮らすのだ。
私をいびる為に多種多様な手段を講じる妹の発想の煌めきは天才的と言えたでしょう。妹の私に対するいじめは、物理的暴力に偏りがちの兄達とは違いバラエティに富んでいましたから。
それはそうと、崖下に捨てられたら廃棄村の住人に見つかる以前に私は転落死するのでは。
私の瞼は吹き出物で晴れ上がり、荷台に揺られて運ばれるうちに、膿で糊付けされたように両目も完全に塞がってしまいました。落下の際の浮遊感は十分恐ろしいのですが、視覚からの恐怖が足りないからか気絶できません。
現時点で既に全身の炎症の為、身体的に辛い状況です。死ぬ時にはせめて苦しまずに即死だと良いのですけれど。
そう考えた瞬間、私は背中から何かの上に落ちました。
ドッと衝撃を体全体に受けた後、ずるりと何かの表面を滑り落ちて、今度は崖の斜面を滑落していきます。物凄く痛いです。崖の斜面を転がり落ちながら、木にぶつかっては進路が変わり、更に谷底へと落ちていきます。これは、ほんとに、死ぬ。もう駄目かも。
それから更に一瞬の浮遊感の後に、私はガツリと横倒しの態勢で地面に落ちました。落ちた時に、側頭部もしたたかに地面に打ちつけました。
「・・・う・・・」
この呻き声は私の物です。
まだ死んでいませんね。しかし、即死をしなかっただけです。全身の骨が折れているでしょう。骨折の痛みを感じているような気もしますが、全身の炎症と打撲でもうどれが痛覚なのかよくわかりません。
視界は閉ざされたままですが、サワサワと水音が聞こえます。谷底の沢の近くまで転がり落ちたのかもしれません。転落して即死しなかったのは、はたして運が良かったのか悪かったのか。
「だいじょうぶか・・・!」
しばらくぼんやりしていると、なんと人の声が聞こえました。
妹の言う事が本当だったら、廃棄村は本当に存在しているのでしょうか。
掠れていて更に活舌が悪いですが、男性の声です。
「いま、たすける・・・!」
私の肩にその男性の物だろう手が触れました。
その瞬間、私の顔面と右足に痛覚が蘇り、激痛が走りました。
「ぎゃあああああ!」
その化け物の断末魔のような声が自分の声だと気付く間もなく、私はとうとう気を失いました。