絶賛オレに片思い中の妹の友達がやってきた(ただしオレはその事実を知らない)
「ここここ、こんにちは!」
日曜日の早朝。
インターフォンが押されたので出てみると、そこには小坂美緒ちゃんがいた。
中学2年の妹の親友で、大和撫子を絵に描いたような女の子だ。
長い黒髪に黒い眉、黒い瞳と見るからにお人形さんのようで可愛らしい。
家でも何かと話題になる子で、こうして会うのも何度目か。
「おおー。誰かと思ったら美緒ちゃんか。おはよー。久しぶりだね」
「ほ、ほ、ほ、本日はお日柄もよく! たけるお兄様におかれましてはご健勝であらせられままま……!」
「ああ、いいっていいって。そんな他人行儀みたいな挨拶」
相変わらずだなー、美緒ちゃんは。
がさつな妹とは大違いだ。
「ところでどうしたの?」
「え? どうしたのって?」
「妹に用?」
「え? え? え? 今日はあけみちゃんにお呼ばれされて、たけるお兄様のおうちでたけるお兄様と遊ぼうということになっていたんですけど……」
「うちで? オレと? 初耳だけど」
「え? え? え?」
きょどる美緒ちゃんも可愛いな。
にしても妹のやつ、なんでそんな大事な事言ってないんだよ。
「まあ、いいや。あがってあがって」
「は、はい! 上がらさせていただきますでございます!」
恐縮しながら中に入る美緒ちゃん。
そういえば外では何度か会ってるけど、家に上げるのは初めてだな。
きちんと靴をそろえて静々と家に上がるあたり、やっぱり妹とは大違いだ。
あいつは靴を脱ぎ散らかして上がるからなあ。
などと思っていると、美緒ちゃんはきょろきょろしながら「ハアハア」と何やら興奮していた。
「す、すごい……。ここがたけるお兄様の住んでいるおうち……。ああ、すごい……。ああ、しゅごい……」
すごいを連発しながら大きく息を吸っている。……っていうか匂いを嗅いでいる。
「ハアハア、まるでラベンダー畑にいるかのようです!」
「……う、うん。ラベンダーの芳香剤おいてるからね」
何にそんなに興奮してるのかわからない。
別に普通の家だと思うけど。
むしろ美緒ちゃんの家のほうがすごいと思う。かなりの金持ちらしいし。
「ところで、妹とは何時に待ち合わせしてたの?」
「……? 8時ですが?」
「8時? あいつ今ごろ町内会の清掃に行ってて9時まで帰ってこないよ?」
「え!? そうなんですか!?」
「うん。毎週日曜日の決まり事だからね。先週はオレで、今日は妹」
「じ、じゃあご両親は?」
「二人とも仕事で出かけてる」
「えええええええぇぇぇ!?」
なんだ、その素っ頓狂な叫びは。
「じ、じ、じ、じゃあ、今この家には……」
「オレだけだよ」
「!!!!!」
ダッシュで逃げ出そうとする美緒ちゃんの肩をむんずと捕まえた。
「いやいやいや、何もしないよ!」
「ひいいええええええ!!!! お助けえええええぇぇぇ!!!!」
ひいええって……。
ちょっとショックなんですけど……。
「まあまあ、妹の友達に手なんか出すわけないじゃん。あと一時間もすればあいつも帰ってくるだろうしさ。待っててよ」
「あ、あ、あ、あの、その、えと、どうしよう……」
泣き顔の美緒ちゃんを無理やりリビングに連れて行ってソファに座らせる。
「あうう……」
「そんなに緊張しないで。何か飲む?」
そう言って冷蔵庫を開ける。
オレンジジュースの缶があった。妹の分だけど別にいいだろ。
オレはオレンジジュースを取り出すと、コップと一緒に美緒ちゃんの前のテーブルに置いた。
「あ、あ、あ、ありがちょうごじゃいましゅ……」
盛大に噛んでる。
可愛いなあ。
「えと、あの、その……、たけるお兄様は大丈夫ですか?」
「なにが?」
「あの、その、私のために貴重な時間を使ってしまって……」
「大丈夫も何も、暇だったから全然かまわないよ。……まあ、美緒ちゃんからしたら勉強しろって話だけどね」
ははは、と笑うと美緒ちゃんは「いえいえいえ!」と超高速で首を振った。
「むしろ私のほうが大丈夫じゃないかも……」
「ん?」
「いえいえ! なんでもありません! お、おれんじじゅーすいただきます……」
そう言えばこうやって美緒ちゃんと二人で話すのは初めてだ。
いっつも妹の影に隠れて「うん」とか「はい」とかしか言わなかったから。
なんか新鮮だ。
「美緒ちゃんは学校楽しい?」
「はい! あけみちゃんにとても良くしていただいております!」
「ふふ。あいつからすればきっと逆だろうけどね」
「そんな……」
「これからも妹と仲良くしてやってね」
「こちらこそです!」
「……まだ時間あるからゲームとかする?」
「ゲームですか?」
「オレはあまりやらないんだけど、妹がしょっちゅうやっててさ」
「わ、私もあまり詳しくはないのですが……」
ゴソゴソとテレビ台の中をまさぐっていると、何やら恋愛シミュレーションゲームが出てきた。
たくさんの女の子たちが出て来て、狙った子から告白されることを目的とした恋愛ゲームだ。
イケメンたちが出て来る逆バージョン(女の子向け)もあるが、なぜか家にあったのは本家本元の男性ユーザー向けのバージョン。
……何をやっとるんだ、あいつは。
「あ、これ知ってます。『どきどきメモリアル』ってやつですよね」
「へえ、美緒ちゃん知ってるんだ」
「私の父がハマってまして……。一時期、母と喧嘩になりました」
……聞かなきゃよかった。
にしても、美緒ちゃんが知ってるならやってみてもよさそうだな。
時間も持てあましてるし。
ということで、さっそくゲームの電源を入れてやってみた。
販売メーカーのロゴが出た後、画面いっぱいに可愛い女の子が現れて「スタート」と「コンティニュー」の表示が出てきた。
まあ、最初だから「スタート」だろう。
続けて可愛らしい女の子が出て来てニコッと笑った。
どうやらメインヒロインらしい。
「へえ。イラストも綺麗だし、可愛いじゃん」
「たけるお兄様はこういう子が好みなんですか?」
「別に好みとかはないけど、こういう風に笑ってる子は好きだな」
「そ、そうですか」
言うやいなや、美緒ちゃんは「たけるお兄様、たけるお兄様」とオレを呼んだ。
「なに?」
コントローラーを握ったまま振り向くと、美緒ちゃんは恥ずかしそうにニコッと笑った。
「………」
「………」
「………」
「………」
「な、なに?」
「い、いえ」
笑顔から一転。
美緒ちゃんが恥ずかしそうにうつむいた。
何がしたかったんだ?
ゲームはいきなり学校の入学式から始まった。
主人公の男が学校の門をくぐると、たくさんの新入生(♀)とぶつかりまくっていた。
「いったーい、何するの?」
という普通のセリフから、
「てめぇ、どこに目ぇつけて歩いてんだ」
というヤンチャなセリフまで。
数多くの女性キャラとぶつかりまくっている。
っていうか、主人公ぶつかりすぎじゃない?
こういうのがトレンドなのだろうか。
そんな中、一人の女の子に目が惹かれた。
おとなしい感じの女の子。
彼女は主人公とぶつかると「あわわわ、ごめんなさいですぅ!」と慌てふためきながら謝っていた。
どことなく美緒ちゃんに似てなくもない。
長いストレートの黒髪だし、目も大きくてちょっとオドオドしてる感じが他のキャラとは一線を画している。
「……なんかこの子、美緒ちゃんに似てない?」
「え? そうですか?」
「性格といい、背格好といい、見た目といい」
「そ、そう言ってもらえると嬉しいです」
顔を赤らめて恥ずかしそうに照れる美緒ちゃん。
ああ、かわええなあ。
「じゃあ、たけるお兄様。この子を攻略しましょう!」
「え? この子を?」
「はい! 盛大に積極的にわき目もふらず、一直線にこの子を落としにかかりましょう!」
なんか美緒ちゃんのやる気にスイッチが入ったみたい。
思いっきりこの美緒ちゃん似の女の子を攻めるよう進言された。
それから僕らはこのヒロインを中心に攻めまくった。
見た目同様、性格もそっくりな美緒ちゃんのおかげで、出てくる選択肢がことごとく大正解という奇跡を起こし、見事オレたちはヒロインから愛の告白を受け取ったのだった。
「わたし、あなたのことが……だだだだ、大好きです!!!!」
ヒロインのセリフが画面上に流れると、なんだか美緒ちゃんが言ってるみたいでドキッとする。
チラッと横を向くと、美緒ちゃんは口に手を当てながらオレを見つめていた。
心なしか瞳がウルウルしている。
にしても、美緒ちゃんそっくりなキャラが画面上で告白してくるなんて、なんだか居心地が悪い。
「……あ、あはは。なんかごめん。美緒ちゃんが言ったわけじゃないのに、美緒ちゃんに言われた気がして……」
コントローラーを置いてポリポリと頭をかくと、美緒ちゃんは言った。
「……わ、私もこのヒロインと同じ気持ちです」
「ん?」
「私も……たけるお兄様のこと……」
「ん? ん!?」
急になんだか大人びた表情を見せる美緒ちゃん。
ヤバい、なんかドキドキしてきた。
こんな子だっけ?
「私も、たけるお兄様が!!」
グイッと顔を近づけてきた瞬間。
「たっだいまー!」
妹キターーーーーーーー!!!!
勢いよくリビングに入ってきたーーーーー!!!!
美緒ちゃんに迫られた状態のオレ。
そして画面にはどきどきメモリアルの告白シーン。
妹はそんなオレたちを見つめ、固まっている。
あかーん。
これ、あかーん。
完璧に妹の友達に手を出してる兄の絵面じゃないか。
オレは慌てて立ち上がり、大げさに笑って見せた。
「あ、あっはっはっは! おかえり、妹よ! 待ってたぞ!」
オレの乾いた笑いがリビングにこだまする。
ま、まずい。
なんとか誤魔化せねば。
しかし妹は悪びれた顔をしながら「ちょっとタイミング、早かったかな? こりゃ失敬」とか言って帰ろうとしていた。
「わー! 帰るな帰るな! っていうか、ここがお前の家だろ!」
慌ててリビングに引っ張り入れる。
そして美緒ちゃんは顔を真っ赤にしながらうつむいていた。
「ご、ごめんね、美緒ちゃん。妹が変な勘違いして……」
「い、いえ……。私のほうこそ、勘違いさせるようなこと言って……」
気まずい沈黙の中、妹は言った。
「やっぱり、タイミング早かったかな? こりゃ失敬」
「だから帰るなって!」
無理矢理リビングに座らせたオレは、3人で再びどきどきメモリアルをやることにしたのだった。
っていうか、オレの心臓のほうがどきどきしてるわ!
二人がいい仲になるのは、この後の話。
お読みいただきありがとうございました。