7 骸装縛鎖ギュウキ①
――――クラクション。
宇志峰家前の駐車場に、車が停まる。
車に詳しくない俺の眼でも分かる高級車。スポーツカーという訳ではないが、上品なラインと夜空の下の色艶、ヘッドライトの奥深い明かりが、俺にそう認識させた。
そこから、そいつは降りてくる。
スーツ姿の中年男性。
しっかりと整えられた頭髪。四角い眼鏡。
神経質そうな眼付きで、家の前の探偵を睨む、男。
「ここは私の家ですが……どちら様でしょうか」
宇志峰紗理奈は人間で、その母親の沙耶も人間。
人間が子供をつくるには、まだつがいが要る。当然の理論だ。関係性はどうあれ、娘と母には父が存在すると決まっている。
「そういうあなたは、『宇志峰 喜一』さんですね」
探偵は当然のように、目の前の男……宇志峰家の父親の名を呼んだ。
「質問をしているのは私ですよ、お嬢さん。こんな遅くに他人の家に――」
「申し遅れました、私は葦花。
娘さん、紗理奈さんのことについて調査している、探偵です」
少し話をお聞かせ願いたい、と。探偵は喜一への距離を詰める。
彼が身構えるのが分かった。
なる、ほど。
「……葦花さん。私は今、仕事帰りでとても疲れていてね、とてもではないけれど、娘の話をするのは……」
「いえ、お手は煩わせません。ただ一つ、質問に答えてくれるだけでいいのです」
これ見よがしにネクタイを緩め、ため息を吐く喜一。
探偵は彼に失礼、と一言断って。
「―――娘さんを殺したのは、あなたですか?」
本当に失礼なことを尋ねた。
喜一の目が鋭くなることに気付く。睨んでいる……目ではない。値踏みをしている眼だ。
依頼人とは違う受け止め方。
同じような問いを受けた依頼人・沙耶は、呆気にとられ、そして思考の後に怒りに転じた。
「根拠があるのですね、葦花さん」
しかしこの男は、探偵の言を冷静に受け止めたのである。
探偵が月のような目を細める。確認したいことが確認できてうれしい時の、探偵のクセだ。
「門限を決めたのは、あなたでしょう」
「えぇ。可愛い我が子を守るためには必要な措置です」
「奥さんとはずいぶん仲がよいのですね。七月末から八月にかけて一緒にご旅行なさっている」
「……なぜそれを?」
「海外旅行のペナントが玄関にいっぱい貼ってありました。それに娘さんのなきがらの発見も遅れています。お二人でどこかに行っていたと思うのが自然です」
「…………えぇ。娘が一番大変な時期に、私たち両親は彼女の傍にいられなかった」
喜一は探偵の言葉を認めていく。
だがおかしい。
その全ては、あくまで普通の家庭事情の紹介だ。どこにも、喜一が娘を殺したに至る根拠はない。
喜一もそれに気付きはじめたらしい。探偵を値踏みする目が、いっそう鋭くなる。
ただのサラリーマンとは思えない、覚悟の決まった目。
「まだ根拠を教えてくれないのですか、葦花さん」
「いえ、今のは穴埋めです。根拠は既に、あなた自身に提示していただけました」
探偵は肩をすくめた。
「娘さんは自殺なされたのでしょう?
殺されたと聞いて、なぜそんなに冷静でいられるんですか?」
俺は思わず手を伸ばした。
骨の腕。骨の指。骨の爪。それで、掴む。
探偵に迫る――――蜘蛛の、脚を。
喜一の目が見開かれた。
俺は納得した。こいつ、見えている。
そしてその動揺に合わせ――――蜘蛛の怪物が、姿を現す。
六つの腕を持つ、牛頭の人型。
昆虫を思わせる外骨格が寄り集まり、蜘蛛の脚のようになった、六本の腕。
俺を見下ろすのは、体長3メートル程度の巨体。
筋骨隆々の肉体もまた口角に覆われ。
牛の頭を模した二本の角が、その頭上で夜空を突くように聳えたっている。
『骸』、違う。
『骸』は残留したエネルギーが引き起こす現象、システムだ。守護霊も悪霊も怨霊も怪奇現象も、全てはただのシステム。意思を持たずに現実に干渉するだけの、法則を持つ自然現象だ。
それが今、明確に……喜一の意思で、俺の腕を握りつぶそうと、力を込めている。
これは『骸装』だ。
人が『骸』を操り、己が意思を果たすための道具と化したもの。
つまりはシステムの独占、コントロール、兵器、武器、護衛、恋人――――凶器。
「がしゃどくろさん。動機を吐かせてください」
凶器と犯人は揃った、と。探偵。
六本の腕を悪意で蠢かす『骸装』を前に、探偵は俺の背後へと引き下がる。
つまり。
ここから先は、俺の仕事ということになる。
「――――この『骸装』を、どこで拾って来たのかも、ね」
俺の腕では、六本の腕を止められない。
遺された四本の腕が広がり、その背中から『糸』が噴出される。
俺たちの逃げ場を塞ぐように広がり、絡まり、編まれる『糸』。逃がさず殺す牢獄。縛り。
蜘蛛の身体に牛頭をもつ骸装――――こいつは、俺たちの首を吊りたいらしい。