3 首吊り“殺人”事件③
ミステリーだと思われます
ちぐはぐな雰囲気の少女だった。
色素の薄い髪は脱色するか染めたもの、ふわっとした髪質はパーマをかけたものだろう。
オシャレに気を使っているような肌の艶だが、今はナチュラルメイクのひとつもしていない。
釣り目がちな気の強そうな眼も、まるで落ち込んでいるように伏せられている。
遊んでいそうなのに、大人しい雰囲気の女子高生。
女子校のセーラー服が、不必要に見えるほど、かっちりと着こまれていた。
「あっ、あの、その……」
「出て行きなさい!」
女子高生に、依頼人が叫ぶ。
叱るような声だ。子供を叱るような声ではなく、本当に気に入らない人間にたたきつける職場の上司みたいな、社会人の体裁を保ちつつも全力で拒絶しているような叱り方。
「あたし、知ってるのよ……」
「ぇぅ」
「あなた達が、娘を追い詰めたんでしょう! 殺したんでしょう!」
「ぅえっ、そ、そうかも、そうかもしれないですけど、えど、えっと……」
「帰りなさい!」
「……ぅ」
依頼人が、拳を振り上げる。
「帰らないって言うなら――――!」
拳が振り下ろされる。玄関にローファーのまま立つ、その少女に。
俺は、少女と依頼人の間に割り込んだ。
拳を止める。
「!?」
依頼人の怒りに染まった表情が、困惑に変わる。
「えっ、なんで……動かない!? ねぇ、あなた何かしたの!?
あなたが、あなたも…………あなたも、『骸繰』なの!?」
「うぇっ!? あわ、ひゃぁ!?」
少女にいわれのない罪が振りかぶる。
当然のことだ、俺は依頼人には見えていない。実体のない悪霊なのだから。
少女は俺の背に隠れるようにかがみ、鬼気を増す依頼人に怯える。
気の強そうな釣り目に涙が浮かぶ、その時。
「あなたがっ! この不思議な力で、娘を――――!」
「それは私の助手ですよ、宇志峰さん」
「なっ」
探偵は、二階から降りてきた。
助かった。俺の声は、聞こえない奴には届かない。
「助手はこう言いたいんでしょう。暴行罪で有罪となった場合、2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金が課される……とね」
「そうなのか?」
「探偵助手なんですからこのくらいの法律は暗記してくださいがしゃどくろさん」
善処する。
探偵の冷徹にも聞こえる罪と罰の列挙によって、依頼人はようやく、腕の力を弱めた。
これなら放して構わないだろう。
「ひっ!?」
依頼人の悲鳴。
俺が手を離した辺り、依頼人の腕に残った痣を、見たのだろう。
骨の指に握りしめられたような痣……やはり、女性に気安く触れるのはよろしくない。
「こ、これはなんですか、探偵さん! あの女の呪い……!?」
「霊障ですね。あと十分くらい掴まれたら死にますよ。助手はそういう性質なので」
「そんな怖いの助手にしないでよぉ!」
まったくもって言う通り。
「さて」
そこで、探偵はようやく少女を見る。
「あなたは?」
「あぅ、えど、えと……!」
「……『蝶野 小雪』」
探偵の問いに答えたのは、少女ではなく依頼人、宇志峰だった。
「娘の遺書に名前があったわ。
『小雪ちゃんごめんなさい』って……ねぇ、本当に何をしにきたのよ、あなた」
依頼人が、少女……小雪を睨む。
文脈が何もかも悪い。自殺した女子高生の遺書で、謝罪されている女子高生。
当然、疑われない筈がなかった。依頼人にしてみれば、既に犯人は小雪で決まっているようなものだ。
俺は依頼を思い出した。
『いじめの証拠を見つけていただきたい』。
依頼人にとって、犯人は既に確定している。だからこそ、依頼は証拠の獲得だったのだ。
「ぇと……紗理奈ちゃんに、お線香、あげたくて……ぼく、ぼく何もできなかったから……!」
小雪はうろたえながら、ここに来た理由を話した。
だが、依頼人は聞く耳を持たない。
「うるさい! 紗理奈は、あなたなんかに……!」
「どうどう宇志峰さん」
再び乱闘がはじまりかけては困る。
探偵は静かに、依頼人に言い聞かせる。
「彼女は私たちが追いだしますから」
ね? と俺を見る、探偵。
俺は小雪に目をやった。怯えきっている。凄まじい怯えようだ。
依頼人の宇志峰沙耶に……ではなく。
俺を見て、怯えている。
「……葦花」
「でしょうね。私も同じ結論です」
小雪の手を引いて起こし、玄関の外に向かう探偵。
俺はその後ろの付き従い、探偵が小雪に耳打ちしているのを聞いた。
「あなた、見えてる人ですね。
……お話、聞かせていただけますか?」
ミステリーっぽい!