2 首吊り“殺人”事件②
ミステリーです
被害者は都内の女子校に通う女子高生『宇志峰 紗理奈』。
夏休み中盤の八月一日。
紗理奈は、自宅の二階で首を吊った。
警察の調べでは、遺書があったことから自殺とみて間違いない、という話になっている。
問題はそこではない。
依頼は、紗理奈……依頼人の娘が、自殺に至った経緯『いじめ』の調査である。
「娘は、悪い友達にいじめられていたんです……その証拠を、見つけていただきたいのです」
「学校に調査委員会が立ったりは?」
「立ちました。しかし、ひと月半過ぎても動きがありません……あたしには、とても待てません」
娘を喪ったのだ。調査の動きが遅ければ、親としては気が気でないだろう。
そこで痺れを切らし、ネットで評判のうさんくさい探偵事務所に、依頼を持ち込んだ。
ここまでで不審な点はない。
「……あった、このニュースだな」
「スマホがひとりでに!?」
「助手です。おー 調査委員会設立のニュースも出てますね。でもネットニュースに続報はなし。センシティブな時代ですから隠蔽するにもちょっとは漏れるだろうし……仕事してんのかな……?」
「……助手さんって、便利なのね」
便利な道具呼ばわりするのは悪霊的にちょっともやっとする。
スマホのニュースをざっと見終えた探偵は、ソシャゲのログインボーナスを回収してからスマホを閉じた。依頼人の前だぞてめぇ。
「では、そうですね……」
「……調べていただけるんですか?」
「はい。着手金はまぁおいおい振り込んでもらうとして」
探偵は調査する事件の重苦しさをまるで知らないように、軽く言った。
「紗理奈さんの死亡診断書と、部屋を見たいです」
* * *
「こちらです……」
案内された都内の一戸建て。それだけで高級そうな響きの家の二階。
広くてファンシーな、女の子の部屋らしい子供部屋。
……入ってすぐ、俺は腐臭に気付いた。
「発見まで日数かかったんじゃね」
「死後三日で見つかったそうです。沙耶さんの旅行中に首を吊ったようですね……せっかく可愛い部屋なのに」
本当に、可愛い部屋だった。
探偵の寝室とは大違いだ。
ピンクのカーテン。レースのような飾りがついた寝台。ファンシーなベッド。
女の子らしいぬいぐるみが綺麗に整えられ並べられていて、勉強机にはキャラクターものの置時計まである。そろえてある本も女児向けの雑誌から、少女漫画に、恋愛小説。
女の子らしすぎる、女の子の部屋。
その中央の床に、物々しい浸みがついている……。
「ここで吊ったんですね~」
人は首を吊ると、様々なものが落ちていく。
マグロを血抜きしている場面を想像してほしい。当然口から出た液体は身体を伝って下に落ちるし、下から出るものは、ぼとぼとと、本当にぼとぼとと落ちる。
既に掃除はされているようだったが、ファンシーな部屋の床の浸みと、こびりついて離れない臭いは、それだけで死体の凄惨さを俺たちに想像させた。
くん、と鼻を鳴らす探偵。
「……薄いですね」
「何が、ですか?」
依頼人の問いに答える。
「生命エネルギーですね。悪霊の素。時間が経っているとはいえ、掃除されてるとはいえ……自殺でこの濃度は、薄すぎるかと」
「……それはどういう意味に?」
「エネルギーというのは、要するに死んだその瞬間に抱く強い感情です」
探偵の眼が俺を見る。
「憎悪、悪意、希望、絶望――――そういった強い感情が、この場には残っていません」
自殺なんて、憎悪と自己憐憫の塊だ。
そんな死に方で、強い感情が残らない筈がない。探偵はそう言いたいのだろう。
「がしゃどくろさん、どう思います?」
「戸惑いと驚きしか残ってない」
「……へぇ?」
「あらかた、首を吊る時に手間取って、手間取ってびっくりしてる内に死んだんだろう。自殺にしちゃ痛みが少ない、良い死に方だと思うぜ、俺は」
俺の推測を聞き、探偵は形のいい顎に手を当てた。
検討している。俺の所感は当たっているにしても外れているにしても、彼女の推理材料となるのだろう。
とにかく、探偵は紗理奈の部屋の調査に満足したらしい。
「では、次は警察が自殺と判断した遺書を……」
依頼人に次の調査手順を確認した所。
――ピンポーン、と。
「あら、お客さんですかね」
「すいません。ちょっと出てきます」
「えぇ。我々にはお構いなく…………がしゃどくろさん」
「あいあい」
探偵に密かに耳打ちされ、俺はこそこそと来客を見に行った。
一戸建て一階、玄関。
海外旅行のペナントが何枚か貼られたその空間に――――依頼人の悲鳴が響く。
「あなた……! どの面して!」
来客は、女子校のセーラー服を着た少女だった。
ミステリーな気がしてきた