1 首吊り“殺人”事件
ここからミステリーです
女子高生が首を吊った。
「娘は殺されたんです。探偵さん、どうか、犯人を見つけてください」
依頼人は、その母親だった。
九月中旬。
まだ残暑は厳しく、セミのようなヒグラシのようなツクツクボウシのような何かがうるさい。
雑居ビル二階の事務所はカーテンを閉め切り、クーラーをガンガンに効かせていた。
日光も差さず、寒々しい蛍光灯だけが照らす応接室。
「娘は、いじめられていたんです……」
依頼人の女性は、涙をハンカチでぬぐい、きっ……と探偵を睨んだ。
名を、『宇志峰 沙耶』という。
年の頃は四十台後半。けば立った喪服姿で、一つに結んだ黒髪からちらほらと枝毛や白髪がこぼれている。かなりの心労に襲われた、中年女性……というのが、俺から見た彼女の印象だ。
それを見て、探偵はふん、とつまらなさそう鼻を鳴らした。
「失礼ですが、奥さん」
「はい」
月のような銀の瞳で、探偵は依頼人に尋ねた。
「――――あなたが殺したのでは、ないのですね?」
正気を疑う質問。
探偵『葦花よつゆ』は、本当に失礼な質問を、自殺した娘の母親にぶつけた。
常にブレザーの制服姿で、黒のボブカット。
白い頬にはまだあどけない柔らかさが残っているが、その表情は凍てついたマリア像のように堅く、張り付いた笑みで固定されている。とても女子高生には見えない、人形のような美少女。
顔が良ければ何を言ってもよいと思っているのだろうか、この探偵は。
「……は?」
当然、呆気にとられる依頼人。
俺は気の毒に思って、探偵の頭をひっぱたいた。
「あいたぁっ!?」
「このバカ探偵!」
「たっ叩かないでくださいよがしゃどくろさん! 私の頭が悪くなったら誰が責任を取ってくれるんです!?」
少なくとも俺は責任を取らない。
「……ッ」
漫才している間に、依頼人は内心の整理をつけたらしい。
意味不明な質問をされたことへの反応を……怒るべし、と決めた様子だった。
「あっあなたねぇ! あなたが凄腕の探偵だからって依頼に来てるのよ!
なのに、的外れな質問をしたり。
突然ひとり芝居を始めたり……! 痛いのは、あたしの頭の方よ!」
探偵が目を細める。
確認したいことが確認できてうれしい時の、探偵のクセだ。
なるほど、俺も理解できた……この依頼人には、悪霊が見えていない。
「説明してさしあげろ」
「あ、はい」
こほん、と咳払いする、探偵。
彼女は再び表情を作り、依頼人に張り付いた笑みで微笑みかけた。
「失礼――――今のはひとり芝居ではございません。
助手が、あなたが犯人ではないか、などと申しましたもので」
「俺はそんなこと言ってないぞ」
「!」
来客用のソファから立ち上がりかけた腰をおろす、依頼人。
「あぁ……あなたの『骸装』ね……そこにいるの?」
「えぇ。今必死で私の頭を抑えつけ、謝罪させようとしています」
「しろ!」
「やだ!」
「…………それならそうと早く言ってくださいな。まったく……」
依頼人は頭をかいた。また白髪がこぼれる。
そして深いため息。本当に、本当に疲れたような声である。
「これだから不満だったのよ。『骸繰』の探偵なんて……うさんくさいったらありゃしない」
俺もそう思う。
『骸装』に、『骸繰』。単語の中二病臭さも悪いのだろう。
俺が死んでから十数年の間に、世界の霊魂に対する理解は加速したが……評価はそんなものだ。
十年前、悪霊は実在すると立証された。
死ぬ瞬間に世界に激しい怨念や恨み、願望を持っていると、その思考に使われたエネルギーが少なからず外部に放出され、純粋な生命エネルギーとでも言うような形で地上に残留する。
たいていの場合、それはエネルギーでしかない。
時が経てば霧散し、風が吹けば流れる。その程度のもの。
だが時折、残ったエネルギーの量が凄まじかった場合……それは『骸』と呼ばれる現象を引き起こす。
ポルターガイストを起こしたり、誰かの内臓にガンを造ったり、何もないのに人を斬り殺したり……実体か意思を持って、生前の人間と同じように活動を始めたり。
『骸』。死んでなお、現実に干渉する悪霊。
それを操る一種の霊能者が、『骸繰』。操られる骸が『骸装』。
説明してみても、うさんくささは変わらない。
要するに、『うちの探偵は霊能探偵です』――――と、そう宣伝しているようなものだ。
原理が解明されても、市民からの評価はたいてい決まり切っている。
うさんくさい。
誰だってそう思う。
骸本人である俺だって、そう思うのだから。
「これは予測ですがね、奥さん」
探偵は、いぶかしむ依頼人に優しく語り掛ける。
「私はこの事件を解決できます――――あなたの疑いは晴れました。
さぁ、どうか話の続きを、お聞かせください」
ミステリーですか?