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0 探偵は骸を欲している

ミステリーです

 腕が飛んだ。綺麗な断面から血を噴いてる、俺の腕だ。


 もう両腕がなかった。

 だから尻もちをついた時、俺はもう二度と立ち上がれないことを覚悟する。

 眼の前に立つ身長五メートルを超すそれは、確実に、この夜の路地裏で、俺を殺すのだろう。


 両腕に鎌を持つ、巨大で歪な、人型。


 農具の錆びた鎌が生えた腕が二本。獣のような逆間接の脚も二本。イタチを模したような頭。輪郭は獣頭の怪物だが、その表皮は全て鉄と鋼の外骨格に覆われている。

 その身体を濡らすのが俺の血でなければ、俺は「かっけー!」と喜んでいたかもしれない。

 ヒーローか、ロボットか。

 人間でないことだけがたしかな、通り魔。


「く、黒坂ァ!」

「徹くん!」


 俺が尻餅をついた後ろ。はるか遠くから男女の声が聞こえる。


「だだだ大丈夫だって! ささ、ざ、先に行げよぉ! んで、げぇざつよんべ……」


 思わず答えた。

 大丈夫な訳ないだろ。声だって震えてるし、最後の『警察呼んで』の所なんて涙の鼻声でかすれて、ろくに聞けたもんじゃない。言った方だって何を言ったか分からないような声だ。

 多分大丈夫には聞こえないんだろうな、と思ったので。


「――いいがら、にげ、ろぉ……!」


 両腕の痛みを我慢して、もう一度叫んだ。

 息が荒くなってきた。

 さっきは腕を斬り飛ばされた直後だったから元気だっただけだ。コピー用紙で指を切っても指を切った直後は痛くなくて、暫くしてから痛くなる。そのひどいバージョンを喰らっている気分。つまり最悪な気分ということだ。

 何より最悪なのは。

 その鎌腕の怪物が、俺を無視して、逃げる幼馴染の方に歩き出したことだ。

 両腕がない。でも、まだ足はある。


「ま、で……」


 這いずって口で縋りつき、足を動かして引き留めようとする。逆間接の脚は細く、鋼鉄製なのがズボン越しに伝わっても、動きを少し止めるくらいはできそうだった。

 俺を見下ろす、鎌腕の怪物。

 俺は見上げる。怪物は、ため息を吐くように獣頭を動かして……

 鎌を振った。

 十七年間一緒だった両脚が、スパッと、綺麗な断面を見せてくれた。

骨が見える。脂肪は少ない。もっとハンバーガーとか食べておけばよかったな、と思う。

そんなことを考えるくらい、現実味のない光景だった。


 月が見下ろすビルの狭間。

 俺の両手足の断面から噴き出す血の雨。

 佇む、五メートル超のロボットみたいな何か。見下ろされる俺。

 遠くに聞こえる幼馴染の絶叫と、逃げる足音。

 怪物は、足音の方へ向かう。


 こんなことになった理由を、俺は一切知らない。

 多分、知らないままで一生を終える。


 俺たちは普通に生きていただけだ。

 塾帰り。家が近所の男二に女一の三人組での、帰り道。

 もう真冬だったから帰りの時間は真っ暗で、せっかくだしコンビニで肉まんを買っていこうということになって。女の幼馴染が財布を塾に忘れちまってて、そいつが塾に走る間。俺ともう一人の男で金を出し合って三個めを買った。戻って来たあいつに食わせた。そして歩き出した。

 家への近道である路地裏に入った。


 怪物が、あらわれた。


 悲鳴はいつまでたっても聞こえない。

 俺の悲鳴を最後に怪物が満足したのか、血を失って耳が遠くなったのか。前者であればいいと思う。後者だったら、ちょっと死んでも死にきれない。

 死にきれなくても、死ぬとは思う。

 まん丸な月が、澄み切った冬の夜空に大きい。

 手を伸ばす。腕はもうなかった。

 噴き出す血の勢いが失われて、視界が灰色になっていく。月の灰色すら霞んで、もっと味気のない灰色に変わっていく。灰色の世界もまた、滲んでかすれていく。


 月が大きい。

 月が大きくて、欠けていく視界の中で、丸い。

 あれを握りつぶせたら、少しはスカッとするのかな。

 どうしようもない終わりの前にそう思って、本当に、俺は終わってしまった。





「すごい死に方をしてしまったんですね、あなたは」

 少女は、終わりの向こうに立っていた。





 いつの間にか日が昇った路地裏。誰かに手向けられた花束を蹴り、供えられた缶ジュースを拾い飲み、飲み干し捨てて、少女の眼が俺を見る。

 綺麗だった。

 月を思わせる、白銀の瞳。

 鴉の羽根のように黒い、ボブカット。

 ちろりと唇に残ったジュースを舐める舌。

 おしゃれなブレザーの制服で、ローファーのつま先をトントンとして。

 俺を見下ろす、謎の少女。

 思わず尋ねた。


「死神さんですか」

 少女は答えた。

「いいえ、『()()』です――――」


 探偵。

 ひどく、場違いな台詞だった。

 俺は斬り殺されて死んだ筈、なのである。だから、こんな場面に現れるのは死神か霊能者か、少なくともファンタジーな存在に決まっている。

 だというのに……少女は、自らを『探偵』と名乗った。

 死体に語り掛ける探偵。



「『がしゃどくろ』さん――――あなたの骸を、私に使わせてください」



 俺を、がしゃどくろ、と、まるで妖怪みたいな名前で呼ぶ、少女。

 これが、俺と『葦花よつゆ』との出会いだ。


 地獄の始まり。

 凄惨な事件の連鎖の始発点。

 死んでも抜けられない、罪と罰の螺旋の入り口。


 振り返って俺と探偵の出会いについて表現するなら、そういうことになる。

ミステリーかな

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