???視点
「神」と呼ばれていたものの視点
「なんて綺麗なの。」
羽をはためかせ気ままに舞っていると声がかかった。
◆ ◆ ◆
我の一族は元々は野草を食み蛹から羽化する名もなき生き物。
ある日、穢を浄化する草を喰む先祖が黒き物の巣に持ち帰られた。黒き物は色々な物を持ち込むのだが、穢がついた物を持ち込むと巣ごと死に絶えてしまう。それが故に僅かに浄化の力を持つ我らの祖先を好んで持ち帰るようになった。
多くが食べられたり餓死したが、ある個体だけは生き残った。それは巣を浄化する代わりに黒き物が分け与える食物を餌にするようになったのだ。
それは種族となり、浄化の力と共にいつか黒き物を操る力を得た。幼いうちから黒き物を呼び寄せ外敵のいない巣に入り込む。黒き物がもたらす甘露や食物で育ち長じては巣を出て花々を訪い草に卵を残す。代を重ねる内に力は強くなっていった。
そして我は同じく浄化の力を強く持つ少女に出会ったのだ。
「なんて綺麗なの。あら。あなた、私と同じ力をもっているのね。」
我も面白いと思った。そして少女と共に行くこととしたのだ。少女が与える甘露も果物の果汁も美味かった。少女の浄化の力も。
少女と一緒に浄化をする。使えば使うほど増えていく力。力が増すのが面白くて我は穢を自ら探すようになった。我が穢まで少女を導き、共に浄化をする。
いつしか少女は聖女と呼ばれ我は神と人に崇められるようになった。少し前まで虫けらと言われたこの我が。まあ、甘露甘味を捧げられるのは悪くはない。
共にしていた少女は逝き、何代か後の聖女と共に穢を祓っていた時に、ふと思った。あれを食べたらどうなるのかと。
祓う隙にこっそり手を伸ばして食べた時の味わいと言ったらどのような甘味よりも強烈であった。特に人の穢れがの。
生命を消すに至る悲しみ、恨み、憎しみ。死んでも絶ちきれない執着。
愛しているのに憎み、憎んでいるのに愛してしまう苦悩。妬み。嫉み。
劣等感。優越感。弑虐する愉悦。支配し他者を意のままに操る仄暗い喜び。
ただ生きたい、死にたくない、腹を満たしたいと願う我ら虫けらや動物には無い実に複雑で苦くも深い味わいの穢れ。なるほどの。これに囚われて穢れを取り入れて魔物になる者が出てくるのも理解できる。
少しずつ、少しずつ、あちこちで人の穢れを食べていく内に気がついたのだ。人の言う貴族や王の穢れが一番複雑で美味いと。
能力を使って貴族や王族に少しだけ穢れを集める様にした。そうすると面白い様に奴らは欲のままに振る舞い、被害を受ける周囲が澱み穢れがますます集まっていくのだ。
だが露骨にやり過ぎたのかのう。さらに代を重ねた聖女にばれた。
「このままでは穢れ神に堕ちてしまいます。貴方様はもう此方にいてはいけない。」
歴代一の能力を持つ聖女は魔術師と共に我を鏡に封印した。そして幾人かの志願した聖女の一族の者と共に封印した鏡ごと異界へ飛ばしたのだ。
聖女に恨みは無いかと?
聖女はな、泣いておったよ。いつまでも我に頼りきっていた自分達が悪いと。聖女はな、信じていたのだよ。我に穢れがついたのは浄化の力を使いすぎたのだと。
飛ばされた異界は悪くなかった。元々我が一族は適応に長けているからな。異界では我の力は一切使えなくなった。何もせず見ているだけ。
なのにのう。
異界の者は我にこう祈るのだ。
『この願いを叶える為に努力いたします、どうぞ神よご照覧あれ』
しばらくするとまたやってきて祈るのだ。
『おかげさまで満願叶いました。神様、感謝申上げます』
とな。折にふれて祈りを捧げ収穫した穀物や酒を捧げ、楽や舞で我を慰める異界の人々。
ついてきた聖女の一族の者も異界に馴染み、ひたすらに我に祈り楽や舞で慰め浄化の力を捧げてくれた。
我は気づいたのだ。元の世界では能力と甘露は対価であった。常に能力を求められるのに我は疲れていたのだと。そして思った、ずっと異界にいようと。
ところがだ。ある時、異界にいる浄化の力を持つ少女が此方に攫われたのだ。召還と言ったかの。
初めの少女は戻って来なかった。二人目も三人目も。残された家族は少女の行方を捜し嘆き悲しんだ。
そして四人目。攫われた少女の声が聞こえた。
「神様、助けて」
その声が呼び水になり此方へ戻ってきた我が見たのは、瘴気に染め上げられた少女の姿だった。
汚され絶望にまみれて死に逝く寸前であったよ。王家に貴族に浄化の力が枯れるまで使い潰された挙げ句に、血を取り込むという名目で弄ばれた。少女は言った。
「これから喚ばれる子達を守って…。元の世界に返してあげて。その代わりに私の身体と生命を全て捧げるから…」
我は少女を喰らった。ついでに当時の王族共も喰らったわ。これまで少女達を散々食い物にしていたからな、お前の先祖達は。それが魔王と言われているのだろう?
それからであるよ。
歴代の「聖女」が元の世界に戻れるようになったのは。対価がいる故、誓願をさせてな。
しかし、此度のお主の生命をかけた誓願により聖女を招くことは叶わなくなった。お陰で楽ができる。その点は礼を言おう。
さあ、往くべき所に逝くがよい。神殿長ペトロよ。
『往ね』
ふう。やっと逝ったか。
――あやつには話さなんだが。
最後に王族共を食らった我の子孫は肉の味を覚えた。これからも瘴気に侵された人を喰らうであろうな。
さて、瘴気を祓う子孫が残るか、それとも…。こちらでゆるりと見物していようか。
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