聖女の帰還
聖女視点
シャーン、と神楽鈴の音が鳴り奉納舞が終わる。目の前には御神体。
あ、戻ってこれた。
御神体に向かい礼を捧げる。
いや~、そろそろかとは言われたけど。
まさか本当に、よりによって自分が喚ばれるなんて思わなかったわ。でも神様のおかげで無事に戻ってきてよかった~。
もうさ、あの国王も王子もまじナイわ!結婚が報酬?頭いっちゃってんじゃない?
そもそもさ、あの国の偉いさん達。ちょっとやそっとじゃ祓えそうにない、どろどろのヘドロみたいなのがへばりついていてキモかったわ!
イケメンなんだろうけど絶対に触りたくもないし、近寄りたくない!
あたし、口悪いからな。神様に誓願しなかったら不敬罪食らってたかも。言い伝え通りにして本当によかった。
うちの家系ははるか昔に神様と共に故郷から逃げてきたという言い伝えがある。
逃げたにも関わらず。百年に一度か二度、故郷から喚ばれるらしいの、神様と一緒に。
神様との誓願を守れれば還ってこれるけど、何人かは戻ってこられなかったらしい。コワッ
誓願は戻ってくるまで「去ね」という言葉以外口にしないこと。
不思議なことに。召還されてすぐに誓願したら、透明なガラスに遮られている感じになったんだよね。これも神様のご加護かな?
じゃなかったらおしゃべりで短気なあたしがずっと黙っているなんてできなかった。
召還されて早々に血まみれなスプラッタになって。自分がやったことでも悲鳴をあげてもおかしくなかったのに何も感じなかったからね。
いろんな所に連れ回されたのに衣装も汚れないで身体も髪も臭くならないで本当によかったよ。
あの人達が瘴気って言ってるのを祓うのは悲しかった。
だって、犯罪や飢え、事故、疫病で不本意に亡くなった悲しみ、辛さ、恨み、未練でこの世に留まった想いの塊なんだよ。
魔物も住む場所を失くした挙げ句にそうしたモノに憑かれておかしくなった動物だし。
何度見たことか。「お母さん、お父さんはどこ?お腹すいた、苦しいよ!」と亡くなっても泣いて苦しむ子ども達を。
私の内にいる神様と一緒に泣きながら舞いを舞って在るべき所に去けるように送り出した。何度も。何度も
神殿の人たちはよくわかっていたよね、国がまともな政治してればあんなに瘴気(苦しむ霊魂)まみれにならないって。
巻き込んですまない、すまないって神殿長のおじいさんも神官長のおじさんも何度も私に謝ってた。
神殿長は本来なら自分たちの政で解決すべき事を放棄して無責任に召還した王子にも、早速利用しようとする王にも憤ってたし。
誓願とはいえ、私に国中を巡礼させる自分たちの非力に憤ってた。
で。私に言ったんだ。
『聖女様には絶対に元の世界にお帰します、二度と召還させないようにいたしまする』って。
言葉通り、生命がけで還してくれた。優しいおじいちゃんだったのに。少し泣いた。あちらと違って巫女衣装の袖と袴に涙がこぼれて染みていく。
落ち着いてから。
輝きを失った御神体を眺める。
それは青い蝶の意匠の鏡。
異界に逃れても自分の民が心配で、嘆きの声が聞こえると見捨てられなくて。喚ばれるとどうしても助けたくて私たちを通して力を奮った神様。
でも、力を奮うほど国の者は驕り民を苦しめ瘴気を生み、力を奮って瘴気を祓う繰り返しだった。間隔を置いてもどんどん神通力を弱らせて。祟り神一歩手前にまでなって。
もう力を奮うことはないでしょう。どうぞ、ゆっくりとお休みください。ありがとうございました。
ご加護のお礼に改めて一差し舞を捧げ。御神体の前に、今一度拝礼して私は本殿から退出した。
お行儀が悪いけど、どんどん早足になっていくのがわかる。
ああ、久しぶりの家!
こちらの時間ではたった数分の事なのに、何もかもが懐かしい。
「お父さ~ん!お母さ~ん!
ただいま!
私、還ってこれたよ! 」
聖女の目には慈悲深い神様に見えている。
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