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一言の聖女 下

 私、ヨハンと聖女、聖騎士達が登城した王宮は浄化され明るくなった王都とは対照的に何故か一際濃い瘴気が立ちこめている。それなのに、王都の者達も城の者達も気がついていない。


王宮の者には皆、瘴気がまとわりつき一様に生気がない。もとより感情をあらわにしない者達であるが、人形のような面もちで黙々と働いているのが不気味だ。


シャラン、シャラン、シャラ~ン


聖女が聖具を鳴らしながら進むと、城内の瘴気が薄れ淀んだ眼差しをしていた城の者達の表情が戻った。


「聖女様がご帰還された」

「聖女様、ようこそおかえりなさいました」  

「聖女様、国中を浄化頂き感謝申し上げます」


一斉に聖女へ礼をとっていく。 


聖騎士達は広間に入る前に確保され、私と聖女だけが入室した。

一段と濃い瘴気が立ち込めている広間には国王、王太子、第二王子、宰相、騎士団長、魔法使い等 国の重鎮が集まっていた。

皆、一様に濃い瘴気を纏っている。


神殿長と神官長は拘束魔法に縛られ玉座の前に無造作に転がされている。


玉座に座る国王が言う。


「聖女よ、巡礼の旅 大儀であった。我が国の浄化と魔物掃討、多大な功績である。褒美として我が王家の一員に加え、そこな王太子の妃として迎えよう。何もかも思いのまま贅沢をさせてやる。未来永劫、この国に留まり血を残すとよい。」


神殿長が抗弁する。


「何をおっしゃるのですか、陛下。聖女様の誓願は瘴気を払った暁には帰還されること。既に国中の瘴気は払われたではありませんか?」


王は虫けらをみるように神殿長を一瞥し怒鳴った。


「うるさい!黙らんか!


祈るばかりの役立たず共。聖女を手に入れれば瘴気に怯える事もなく国は豊かになる。その力で隣国をも攻め入ることもできようぞ。


なぜ、わざわざ帰す必要があるのだ。」


神殿長が控えていた騎士に剣の鞘で頭を殴られる。


なんて事を。


たまらず神官長も抗議する。


「陛下!恐れながら申し上げます。無理に誓願を破らされた聖女が祟り、ついに魔王になった歴史をお忘れではありませんか。」


それを聞き、王は鼻で笑う。


「それは、先の王家の失態であろう。そなたらの先祖のな」


「だからこそ申し上げるのです。そのために瘴気が広がり多くの民が苦しみました」


王太子が薄笑いをしながら言う。


「その瘴気を恐れた周辺国から我が国は侵略されなかったではないか。


国の存亡と民、比べるまでもなく国が大事であろう。


こうしてお前らを神殿に追いやり我ら先祖が王になれたのもある意味聖女と瘴気のおかげ。神の御意志よ」


あまりにも民を蔑ろにする言葉に私は我慢がならかった。


「王太子殿下、なんということを!民を苦しめる瘴気を利用しようなど……」


「無礼者!」


背後からきた騎士に殴られ、剣を首元に突きつけられる。


「しかしながら。正しき政道を行い民を苦しめなければそもそも瘴気は……」


アンドリュー王子が飛び出し、なおも反論する神官長を殴りつける。


「おのれ!我ら王家を侮辱するか?」


「アンドリュー、下がっておれ。なに、我らなら上手くやれる。聖女とて人の子。」


と王は聖女に向かい言う。


「そなた、口が聞けないのではなかったな。まずは名乗りをあげて貰おうか。さもなくば、神殿の者共がどうなるかわからんぞ?」


王の目配せに応じ抜刀した騎士が神殿長と神官長にも剣を突きつけた。


神殿長と神官長、我らは動けない。ふがいない。握りしめた拳に力をこめる。己の無力が口惜しい。


聖女の目が揺れ、口を開くかどうか迷う素振りをした。王はニヤリと笑う


「さあ、どうする?」


そこへ神殿長が頭を上げ、よろめきながら立ち上がった。騎士が神殿長の胸元に剣先を構え牽制する。


「聖女殿!我らのことはお気になさるな!誓願を貫きなされ!


神よ、我が命にかけて乞い申し上げる。聖女が誓願成就のためお助けあれ!そして二度と聖女召喚がなされぬように!」


そして突きつけられていた剣先に胸元に自重をかけて突き刺した。


その時だった。人ならぬ声が響いた。


『ほう、聖女は、我の力は必要ないと?』


「ええい!何をしている!この爺どもを黙らせろ!」


宰相が叫び、騎士団長が神官長を、騎士達が我ら神官を切り捨てようとした、その時。


   『去  ね』


聖女の身体から青い光が飛び出した。騎士団長も騎士達も剣を落として苦しみだした。光は国王達にも飛び、皆うずくまり苦しみだした。地に這いうごめく様子は芋虫のように見えた。


「うぅ、体中が痛い」

「魔法さえ使えれば、痛い、痛い、痛い…」

「いたい、いたい、いたい~!」


顔や肌の下にぶつぶつと何かが蠢いている。

血を吐き苦しむ国王達の体に広間中の瘴気が集まり黒い糸が何本も飛び出してきて体を包み込み瞬く間にいくつもの黒い繭ができた。繭の中から聞こえるくぐもった声。悪夢を見ているようだ。

「いたい、いたい、いたい」

「だしてくれ、たすけて…」

中で抵抗するように動いていたが、しばらくすると静かになった。


『少々騒がしい故、大人しくしてもらった。』


聖女が神殿長達の方へ進み言った。その身体からは淡く青い光が漏れだし、瞳は金色に変わっていた。神なのか?


青い光が強くなる。

ああ、まごうことなき人にあらざる神気。自然と頭を垂れ跪いた。


『もう一度聞こう。我の力は必要ないのか?』


神殿長が神官長に支えられながら、身を横たえ絶え絶えになりながらも答える


「神よ。我らが ユーサナジア国建国の時よりご加護を賜り誠心より感謝申し上げます。時に隣国からの侵略を防ぎ。時に水を恵み、聖女様に瘴気を祓わせ我らを救って頂きました。


しかし…神の力、聖女様の力は心弱き我らには過ぎたもの。


王家が代わるとも…神と聖女様の力を利用しようとする不埒者が絶えませなんだ……


いつしか感謝を忘れ……恩寵を当たり前のものと驕り恣に貪る。


民を虐げ……いたずらに瘴気を溢れさせてしまう……


あなたの加護恩寵に……未来永劫感謝いたします。


しかし、我々は……神の力なくとも……生きていかねば、なりませぬ……周辺の国が行っているように……」


話せなくなった神殿長に代わり神官長も声をあげた。


「今一度、請い願います。こたびの聖女様の誓願成就と、二度と聖女が召還されぬことを」


『その意気やよし。叶えよう』


『往  ね』





次の瞬間、私は王都を臨む高台にいた。


周りには聖騎士達、聖女に瘴気を祓われた文官、騎士、城働きの者達がたくさんいて周りを見回している。神官長は涙を流しながら神殿長の遺体を抱えていた。


しかし聖女の姿はない。

聖女は無事なのだろうか?


眼下の城の上空に大量の瘴気が渦巻き集まりみるみる内に真っ黒な塊になっていく。


塊から大量の糸が飛び出し城に取りつくように絡まり城を呑み込むように大きな黒い繭ができあがった。


そこへ天から光がさしていくと繭が割れ無数の青い蝶の大群が飛び出してきた。


蝶は光の柱に吸い込まれるように上へ上へと昇っていき、やがて光に溶けるように姿がみえなくなった。残った黒い繭も大地に溶けて消えていき、城であった物は瓦礫になって崩れていった。


気がつけば、見たことがないくらいの青い空。その下にはぽっかりとかつて城であった空き地が残った。


そこへ上空から神の声が響いた。


『聖女の誓願は叶った。以後、聖女を召還すること能わず。己の力で生きるがよい』


しばらく茫然自失となった我らだが。


「ああ、徹夜で書いた書類が」


ぽつりと呟いた文官の嘆きから一斉に声があがる。


「今年の予算が!」


「開発中の魔道具の設計図が」


「王家秘蔵の宝物が!」


「瓦礫を掘り出せば見つかるか?」


「武器庫の武器はどうなったんだ!」


「妻子に隠しておいた金子が!」


瘴気は祓われ、聖女は帰還し誓願は叶った。今まで悪政で我らを痛めつけ、瘴気発生を抑止するという名目で感情までを抑制するよう命令してきた王家もいない。


その解放感に。いつしか悲鳴は歓声に変わった。


一方でユーサナジア国は多くの物を失った。


これからは。隣国の侵略にさらされようとも、天災があろうとも己の知恵と力で生きなくてはならない。


瘴気に脅えながらゆっくりと衰え死んでいくのと、どちらが幸いかはわからない。


ただ、これだけは理解る。あの恐ろしい力は私達には過ぎたものであると。


強大すぎる神の力。あれは本当に加護だったのだろうか?

力が強く簡単にご利益を頂ける神がいるとすれば、それはものすごく怖い存在なのではないかと思います。

次は聖女視点です。

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