一言の聖女 上
見ていただきありがとうございます。拙い文ですが少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
全3話になります。
瘴気が満ち魔物があふれ国家滅亡かと言われた頃。
その国は聖女を召還した。
ところが、聖女は一向に披露されず、噂が錯綜した。
聖女召還に失敗した
王子が手を吹き飛ばされた
とんだ化け物を召還した
早く処分すべきだ!
前代未聞の力をもつ聖女だ!
この国は救われる!
そうこうしているうちに聖女らしき女性を連れた神殿関係者一行が各所で目撃されるようになった。日に日に瘴気は薄れ魔物が減っていく。暗く立ち込めた空は少しずつ明るくなり、枯れ始めた作物も持ち直してくる。人々は胸を撫で下ろした。どうやら聖女召還に成功したらしい。
時を同じくして不思議な噂が流れだし人々は首をかしげた。
聖女は口を開かない。
一言以外は。
誰が言い出したのか。聖女は「一言の聖女」と呼ばれるようになった。
聖女が召還されてから半年。
シャーン、シャーン、シャリーンと響く聖具の音色とともに薄らいでいく瘴気。
「い ね!」
聖女の一声だけで、神殿の者があれほど浄化に四苦八苦していた瘴気が嘘のように消えていく。暴れ狂った凶暴な魔物が弱体化していき元の動物へと変化していく。最後に光が一筋。様々な色の蝶々が光を目指して飛んでいき、その地の浄化はなされた。
人ならざる力を行使する聖女の様子を見ながら神官ヨハンはつくづく思う。第二王子はとんでもない存在を召還してしまった、と。
そも、召還は王位継承に野心を持つ第二王子の暴走で行われた。神官長とヨハンが王城の召還の場にたどり着いた時には、間に合わず。既に召還は終わっていたのである。
召還陣の中心には。白い上着にオラジュの色を混ぜたような赤いロングスカートのような幅広いズボン。異国の衣装をまとう少女が一人、立っていた。
長い黒髪を一つにまとめ、手には金色の丸い部品を幾つかつけた棒を持っている。棒の先には幾つかの色を束ねたリボンが長く伸びていた。聖具であろうか。
周囲に放たれる清浄な力。
赤い唇をきつく閉ざしうつむく白く小さな顏。黒く長い睫毛は閉ざされ瞳が隠されている。
王子が跪き少女の手を差し出して言う。
「ようこそおいで下された聖女よ。私はユーサナジア国王子 アンドリュー。この国は瘴気と魔物に溢れ滅びそうになっています。どうか共に国の危機を救ってください。」
しばらくして聖女が顔をあげた。小さな瓜実顔にバランス良く配置される整ったパーツ。黒目がちな大きな瞳。美しい少女だ。
気を良くしたアンドリュー王子がさらに声をかける。その眼差しには欲が滲み出ている。
「瘴気を払い魔物を殲滅した暁には。聖女、お前を娶ってやろう。どんな贅沢もさせてやる。お前の名はなんと言う? さあ……」
その時。聖女が口を開き言った。
「い ね」
途端、聖女に手を伸ばしていたアンドリュー王子の手が体ごとすごい勢いで弾き飛ばされた。王子の身体は壁にぶつかって止まり王子は気絶した。その手は血まみれだった。
「王子に何をする!」
殺気だった護衛騎士達が抜刀し聖女を囲む。頭に血がのぼった一人が聖女に斬りかかったその時。
「い ね」
騎士達の体は吹きとばされた。
勢いが強すぎて頭から血を流している騎士が何人かいる。全員蹲り戦闘不能となった。
ならばと。魔法使い達が拘束魔法の呪文を唱えはじめた。裏切り者の副神官長が従属の魔法具 を聖女の首に嵌めようと気配を殺し後ろから近づいていく。聖女が聖具を振りかざす。シャリーン、リーンという涼やかな音が響く。魔法使いの動きが固まったその瞬間。
「い ね !」
今度は聖女の体から強い風魔法のようなものが飛び出した。それは魔法使いの体を鋭く引き裂いていく。特に魔道具を持った副神官長は魔道具もろともズタズタに引き裂かれ、大量の血を吹き出しながらそのままこときれた。辺りは血の海となった。
「うわ~!化物だ!」
「助けてくれ!!」
王子の側近は逃げ出そうとするが、腰が抜けて立ち上がれない。這うようにして聖女から逃げ出そうとする。狂乱の中、聖女は一人。睥睨するように立っていた。不思議な事にその身体、衣装に一滴も返り血はついていなかった。
神官長が恐る恐る声をかける。
「異なる世界から 参られた聖女様。この度の無礼、誠に申し訳ございません。この度の召還を諌められず止められなんだ我らの非力を重ね重ねお詫び申し上げる。」
神官長は深々と頭を下げた。
聖女は目を丸くし少女らしい表情に戻った。勢いよく口を開こうとしてから、はっと気づいたように口を固くひき結んだ。
「誓願をなされていらっしゃるご様子。頷くだけで十分にございます。どうぞ、神殿にてしばしご休息を。我々神殿はあなた様の願いが叶う日まで全力でお助けすると約束いたします。神にかけて」
ようやく聖女は頷いた。
王城の混乱に乗じ私たちは抜け出し、聖女は神殿に滞在することになった。
神官長の報告を受けたユーサナジア国神殿長は嘆いた。
「王家はここまで堕ちたか。聖女召還自体が恥ずべき事だというのが何故わからないのだ。かくなる上は聖女様に一刻も早く誓願を叶えて頂かなければ」
ユーサナジア国神殿は速やかに聖女の来臨と庇護を発表した。
人ならぬ力。人をも簡単に殺める恐ろしい力を宿す聖女であるのに神殿の者は皆、聖女を見ると不思議な慕わしさと懐かしさを感じた。
口を聞かない聖女だが、普段は表情を変えて案外分かりやすい。
朝は苦手らしく、いつも不機嫌そうだ。しかし、果物や甘味を前にすると目を輝かせあどけない笑顔を見せて口にする。
日頃から感情を抑えるように躾られた我らにはその姿が眩しく見えた。
身近にいる神官達は妹のように可愛がって世話をしたし。
かくいう私も、あの恐ろしい姿を見ているのに。気がつけば聖女の喜ぶ顔みたさにオランジュやヴェネなどの果物、蜂蜜や甘味をせっせと調達している。
神殿長や神官長は、講義と称しては聖女にお茶と甘味を振る舞いながら建国の歴史と歴代の聖女について語った。その様子は遠方からきた孫か姪を甘やかす祖父か伯父のようであった。
こうして神殿一同で聖女を守り、王家からの再三にわたる聖女の登城要求を神殿ははね除け続け、逆に王家の暴発を取引材料にして聖女巡礼への協力を取りつけた。国中の浄化と聖女の送還。これが歴代の聖女の誓願であるから。
私神官ヨハンと二人の女性聖騎士、少数精鋭の騎士と魔法使いが帯同し国中の瘴気を払う巡礼の旅が行われた。
時に野宿をし身を浄めるのもままならない旅だったが、聖女が着ている衣装は汚れ一つつかず、汗一つかかず涼しい顔のまま。清浄な気を放ち続ける。
聖女は聖具を鳴らし、その清浄な音で瘴気を散らした。時には涙を浮かべながら聖具を振り、その場をくるくると回る不思議なダンスを踊り浄化した。
通常であれば我々神官が複数で時には何ヶ月もかけて浄化を行う所を聖女はあっという間に浄化していく。
荒ぶる魔獣には聖具を振り、あの一言を言うのだ。忌まわしい魔獣を相手にしているのに。その声はどこか悲しくもあった。
こうして国中を周る旅は順調に進み、すべての浄化が終わった。
戻ってきた神殿は騒然としている。
「大変です!王宮から騎士達がやってきて神殿長と神官長を連れ去りました!聖女をすぐに連れてこいと。」
巡礼が終わったと見て早速王家が仕掛けてきたか。
旅装をとき、我々が急ぎ向かった王宮はこれまでにないほど濃い瘴気がたちこめていた。
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