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可愛いヤキモチ



「先生って恋愛経験あるんですか?」

「あぁ? なんだよ、突然」

「だって、女の子みたいに綺麗な顔立ちしてるんだからモテるでしょう?」

「別にどうだっていいだろう?」

「どうでもよくありません」

 いつもみたいに屋上で並んで弁当を食べている時。南に突然振られた問いかけに、思わず食べていたコロッケを詰まらせそうになってしまった。

 こいつなんで急にこんな話を……。

 激しく動揺してしまう。

 何となく過去の恋愛には触れてほしくなかったから。特にこいつには……。



「先生って男が好きなんですよね?」

「そ、そうだよ。悪いかよ?」

「いえ、全然。むしろ俺も恋愛対象にはいるのであれば、こんなに嬉しいことはありません」

 こいつはよくもこんな恥ずかしいことを、真顔で言えるな……といつもびっくりしてしまう。

 このストレートさが彼の魅力なんだろうけど、俺は苦手意識を持っていた。

「前に話しただろ? 付き合ってた奴と半年前に別れたって」

 言い訳もできないし、嘘もつけない。

 真っ直ぐにぶつかってくる南が少しだけ怖かった。

「今、恋人はいるんですか?」

「いるわけないだろう! こんなにお前と一緒にいるのに、恋人がいるなんて……ありえないだろう」

 恥ずかしくて、最後のほうは小声になってしまう。

「なら、半年前に別れたっていう先生の元彼……当ててもいいですか?」

「え?」

「俺、先生の元彼に心当たりがあるんです」

「なんだよ、突然……」

 もう弁当の味がしない。ジャリジャリと砂を食べているような感覚さえした。

「先生の元彼って、麻酔科医の瀧澤(たきざわ)先生じゃないですか?」

「…………!?」

「当たってますか?」

「…………」

「答えてくださいよ」

 顔を覗き込まれたからフイッと視線を逸らした。



「もうなんなの、認めてるようなもんじゃないですか?」

 こんな風に問い詰められたら、認めるしかない。

 俺と麻酔科医である瀧澤晴人(たきざわはると)は、研修医の頃から付き合っていたのは事実だから。南がこの病棟に来る半年くらい前に、瀧澤の浮気が原因で別れたんだけど……。

「そんなの、過去の話だし。南には関係ない」

「先生、関係なくない。そんな悲しいこと言わないでください」

「南……」

 南があまりにも寂しそうな顔をするから、ズキッと心が痛む。

「突然こんな話してすみません。いつも手術室に患者さんを送迎するときに、先生と瀧澤先生が一緒にいるところを見かけるんですけど……二人の雰囲気ってやっぱり違って見えます」

「え? 本当に?」

「大丈夫。みんなには気付かれていないと思います。ただ、俺は先生を特別な存在として見てるから……ちょっとした空気感の違いがわかるんだと思います」

 突然「あーッ‼ もう、こんなのかっこ悪ぃ……‼」と声を上げながら、南が頭を掻きむしる。綺麗に整えられた髪が一瞬でグシャグシャになってしまった。



「瀧澤先生とは、もう別れてるんですよね?」

「もうとっくに別れてる」

「じゃあ、あの人のことはもう好きじゃないんですか?」

「俺達が別れた理由は瀧澤の浮気だ。そんな奴をいつまでも好きでいるわけがないだろう……」

「そっか。わかりました。変なこと聞いてすみません。これ、ほんのお詫びです」

 南が箸でおかずを一品取り、口元に運んでくれる。なんなんだよ……イライラしながら横目で見れば、それは大好物の厚焼き玉子。

 南の厚焼き玉子は本当に美味しいんだ。

 少し迷ったけど、パクッと厚焼き玉子を頬張った。やっぱりこいつの厚焼き玉子は絶品だ。

「一個じゃ足りない。もう一つ寄越せ」

「はいはい。どうぞ」

 南がにっこり微笑んで、もう一つ厚焼き玉子を口元に運んでくれた。



◇◆◇◆



 今日の手術は長丁場だった。

 患者は俺達にカレーやパスタの作り方を伝授してくれた北川さん。

 はじめから簡単な手術だとは思っていなかったけど、想像以上に癌は全身に広がっていて……できるだけ取りきろうと悪戦苦闘した結果、六時間を超える大手術になってしまった。

 それでも全ての癌を取ることはやっぱりできず、まだまだ治療は続きそうだ。後は北川さんの生命力にかけるしかない。

「あー、疲れたなぁ」

 手術室から出て重い足取りで医局へ向かう俺は、背後から呼び止められる。

 すぐに声の主がわかってしまった俺は、そのまま無視しようかとも思ったけど、ついさっきまで手術室で散々世話になったばかりだから渋々振り返った。



「お疲れ、蓮。あんな難しい手術を涼しい顔をして成功させるんだから、お前は本当に天才だよ」

「瀧澤、蓮なんて気安く呼ぶな。俺は月居だ」

「お前って、本当に人形みたいに綺麗な顔してるくせに、相変わらず性格はひん曲がってるよな?」

「うるさい。病院は病気を治す場所だ。何も仲良しこよしする必要なんてないだろう?」

「ふふっ。チーム医療なんて言葉、蓮には無縁だろう」

「え?」

 突然瀧澤の話し声が止まったと思った瞬間、グイッと強い力に引き寄せられて俺はバランスを崩した。

「蓮……」

 そんな俺の体を瀧澤が受け止めてくれて……気付いた時には彼の腕の中だった。

「でも、そんな蓮も可愛いよ」

「おい、離せ。誰かに見られたらどうすんだよ」

「こんな場所、誰も来るわけないよ。いつもここでイチャイチャしてたけど、見つかったことなかっただろう?」

「離せよ……過去の話持ち出すな。気持ち悪いんだよ」

 悪態をついてはみるものの、瀧澤から逃れようと体をバタバタさせてもビクともしない。それをいいことに、首筋に瀧澤の唇が押し当てられた。

「なぁ、蓮。もう一度やり直さないか? 今度は絶対大事にするから」

「嫌だ、離せよ」

「蓮、今でも俺はお前が好きだ。だからやり直そう」

「ふざけんなよ。好きだ好きだって猛アタックしてきたくせに浮気なんかしやがって……お前の見た目がよくなかったら、そもそも付き合ってねぇし」

「もう浮気なんかしないから……蓮、好きだ」



——キスされる……。



 自分より背の高い瀧澤に抱き締められてしまえば、俺なんて蛇に睨まれた蛙だ。

 少しずつ近付いてくる瀧澤の吐息を感じて、思わず全身に力を籠める。

 あー、なんであいつは助けに来ないんだろう。

 さっき、手術が終わったって連絡したのに……。気を利かせて様子を見に来てくれたっていいじゃないか。

「南崇大の馬鹿野郎……」

 こうなったら唇に噛み付いてやろうと思った瞬間。



 俺はもう一つの大きな力に抱き締められて、瀧澤の腕から解放される。

 フワリと香るシャンプーの香りに、振り返らなくても今自分を抱き締めている腕が誰なのかがわかってしまった。

「月居先生、お迎えに来ましたよ」

「お、遅ぇよ、南! 瀧澤に襲われるとこだったろうが!」

「俺は先生の秘書じゃありませんから、看護師としての業務だってあるんです。大体、なんでわざわざ迎えにこなきゃいけないんですか?」

「お前、俺が他の男にキスされてもいいのかよ!」

「それより、そんなことをこんな場所でしないでください。誰かに見られたらどうするんですか?」

 俺の頭をガシガシと乱暴に撫でてくれているのに、目が全然笑っていない。

「少しここで黙っててください」



——あ、南が怒ってる。



 そんな南を見て感じた。

 ヤキモチ、を妬いてくれてるんだろうか……。胸がドキドキしてきたから思わず南の腕にしがみつく。頬も火照ってきたしつい口角も上がってしまう。そんな顔を南に見られたくない。

「瀧澤先生、さっき整形外科の清水先生が探してましたよ」

「あー、はいはい。了解しました」

 ヒラヒラと手を振りながら歩き出した瀧澤が、振り返って俺達と向かい合った。

 なんだ……と身構えたが、どうも用があるのは俺ではなく南のようだ。

「そいつと付き合ったら苦労するぞ? なんて言ってもワガママな姫だからな」

「そんなことは、言われなくてもわかりきってます」

「まぁ、見た目と抱き心地は最高だけどな」

「ちょ、ちょっと待てよ! 瀧澤何言ってるん……う"っ!」

 2人のやり取りに口を挟もうとすれば、南に手で口を塞がれてしまう。

 その手を引き剝がそうと顔を上げれば、怒った顔をしていたから思わず口を閉じた。俺は南に抱き抱えられたまま、余計なことを言い出した瀧澤を睨みつけることしかできない。

「苦労するなんて百も承知です。でももう今更でしょう……」

「ふふっ。お前も苦労するな」

「お互い様です」

 俺を抱えたまま大きな溜息をつく南の肩を叩いてから、瀧澤はエレベーターへと消えて行った。



「ほら先生、病棟に帰りましょう? これから入院受けなきゃだから忙しいんです」

 そう言いながら歩き始めたから、俺は咄嗟に南のスクラブを掴んだ。

「ん? なんですか?」

「あの、えっとさ……」

「だから忙しいんですよ、俺は」

 俺の手を掴むとスタスタと歩き出す南の手を勢いよく振り払う。「今度はなんなんだ?」そう言いたそうに俺を見下ろす南の前に立ちはだかった。

「先生、そこどいてください。俺は忙しいんです」

「だってお前、何か怒ってるだろ!」

「怒ってはいません。ただ貴方の元彼から貴方の抱き心地の具合を聞いたんだから、面白くないだけです」

「南……」

 こいつがこんな顔するなんて珍しいなって思う。

 誰にでも穏やかに接しているし、声を荒らげることもない。年下のくせに、本当にできた男なのだ。

「どうすれば機嫌が直るんだよ?」

「だから貴方は……はぁ、それって無意識なんですか?」

「はぁ? 何がだよ」

「わかってますか? 自分が今にも泣き出しそうな顔をしていること……」

「え?」

 そっと大きな手が俺の頬に触れる。それだけで、ピクンと体が跳ね上がった。

「そういうのを気のある素振りって言うんですよ」

 少しだけ体を屈めた南がそっと耳打ちをする。その温かな吐息にゾクゾクッと背中を甘い電流が流れた。

「いけないお兄さんだね」

 フニッと柔らかな感触が頬に触れた瞬間。



 プルルルルッ。

 南の胸ポケットに押し込まれていたPHSが着信を知らせる。

「やべっ、病棟からだ。じゃあ先生、手術お疲れ様でした」

「あ、うん。またな……あ、南!」

「はい?」

 慌てて走り出す南を俺は無意識に呼び止めてしまった。

「あのさ、あのさ……」

「だからなんですか?」

「いや、別に……」

「はぁぁ……もう忙しいから行きますよ」

 呆れたように溜息をつく南の姿が見えなくなるまで見送ってから、俺は頬を押さえてその場に蹲った。



「ヤバい……あいつの唇、超気持ちいい……」

 南が触れた頬が熱くて、心臓がうるさいくらいドキドキ鳴り響く。

「心臓……うるせぇよ……」

 南が傍にいると心臓が痛くなるし苦しくもなってくる。それでも、一緒にいたい……そんな思いを、俺は持て余していた。


 

 頼むから、そんなに可愛いヤキモチを妬かないでほしい。





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