表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

初めてのキス②


 亜美ちゃんの二クール目の抗癌剤治療が終わって数日が経過した。

 少しずつ体調が良くなってきたようで、いつもの元気な亜美ちゃんに戻りつつある。南を捕まえては、はしゃぐ姿が見受けられるようになった。

「よかった」

 ホッと胸を撫でおろす。このまま回復してくれればいい、そう願ってやまない。



 ある日の午後。それは寒い季節に春を感じる、暖かな午後だった。

「先生!」

 ナースステーションを出て医局へ向かう途中の廊下で、聞き慣れた声に呼び止められる。

「南……」

 慌てて俺を追いかけてきたらしく、息が弾んでいる。「わざわざ追いかけてこないで、PHS鳴らせば済むのに」そう思うけど、南に会えることを嬉しく感じてしまう自分もいる。

 無邪気な笑顔でこちらに走ってくる南との距離が縮まる度に、胸が甘く締め付けられた。



「先生、お忙しいところすみません。この処方箋なんですけど……」

「ん?」

 壁に寄り掛かり待っていた俺に、タブレットを差し出してきた。

「[[rb:小暮 > こぐれ]]さんの下剤なんですが、もう少し増やせませんか?」

「なんで? まだ便秘なの? この前増やしたばかりなんだけど……」

「それが最近、全然便通がなくて……痛みが強いせいか、一気に薬も増えましたし」

「どれどれ?」

「ここです」

 ぎっしり書き込まれた処方箋の文字が細かすぎて、二人してタブレットを覗き込む。

 南がボールペンの先で指した部分に目を凝らす。待って、字が小さくて見えにくい……南とかなり顔を近づけてタブレットを覗き込んでいるなんて、夢中になりすぎていて気が付かなかった。



「わっ!?」

「ん?」

 突然頭上から南の悲鳴に近いが聞こえてきたから、顔を上げようとしたその瞬間……南の体が何かに押されてグラッと自分の方に傾く。「なんだ……」と思った時には、頬に息がかかるほど近くに南の顔があった。

——あ、ヤバい……。

 壁に寄りかかっていた俺は身動きを取ることができず、自分に向かって倒れてくる南を避けることもできない。咄嗟に南が壁にぶつからないようにと、その体を抱き留めた。

——でも、このままじゃ……ぶつかる……。

 そう思った時には、唇にフニッと柔らかいものが押し当てられていた。

「……え……?」

 その瞬間、時が止まる。

 俺の唇は、南の唇に塞がれてしまっていた。

 目の前の南が大きく目を見開き、見る見るうちに顔が赤くなっていくのを呆然と見つめる。

 一体何が起きているのだろうか……事態が全く理解できない。

 南の体が倒れ込んできた衝動で、かなり深く唇が重なってしまっていて身動きがとれない。触れ合う唇から少しずつ熱が伝わっていった。

 南の唇は温かくて柔らかい。それに、前、南からもらった苺の飴の味がした。

——早く離れないと……。

 そう思っているのに、体がまるで凍り付いてしまったかのように動いてくれない。

 


 ガンッ!

 次の瞬間、南が壁に手をついて勢いよく俺から体を離す。振り向いた先には、満面の笑みを浮かべる亜美ちゃんがいた。

「ちょっと亜美ちゃん、何すんだよ!? 君か? 俺に体当たりしてきたのは?」

「そんなに顔をくっつけてるんだから、キスくらいしちゃえばいいのにって思っただけ」

「はぁ!? 悪ふざけが過ぎるよ!」

「なんでよ! 煮え切らない二人を後押ししてあげただけでしょ?」

「そんなの、大きなお世話なんだよ」

「えー!? もしかして二人はキスも済ませてなかったの? じゃあこれが二人のファーストキスだね!」

 勢いよく椅子から立ち上がった南が亜美ちゃんに食って掛かっている。

 そんなことに悪びれる風もなく、ケラケラ笑う亜美ちゃんの声がひどく遠くに聞こえた。



 ——俺達のファーストキス……。



 体が瞬間湯沸かし器のように一瞬で熱くなり、心臓がドキドキ鳴り響く。

 真っ赤な顔をしながら亜美ちゃんに説教をしている南だって、きっと内心パニックになっていることだろう。珍しく取り乱している。

「大丈夫大丈夫! 誰にも言わないから!」

「そういう問題じゃないよね? いい? 亜美ちゃん!」

「お説教とかやめてよね! いつまでもウジウジしている南さんが悪いのよ。男らしくないじゃん!」

「亜美ちゃん、あのね……」

 さすがの南もたじたじだ。でも、俺も助け船を出してやることさえできない。

「二人はさ、あたしみたいにキスしたって感染病にかかるわけじゃないんだから、怖がらないでキスすればいいのよ。キスできるって、超幸せなことなんだから!」

「そりゃそうだけど……」

「じゃあ、後はごゆっくりね」

 ニコニコと手を振りながら亜美ちゃんは行ってしまった。あまりにも突然の出来事に、俺は言葉を失ってしまう。

(ごゆっくりってなんだよ……余計なことを……)

 廊下には怖いくらいの沈黙が残される。恥ずかしくて、南の顔を見ることさえできず黙ったまま俯いた。

「あの、先生……下剤なんですけど……」

「あ、うん。下剤だったよね。えーっと、下剤をどうするんだっけ?」

「な、なんでしたっけ?」



 予想もしていなかった俺と南のファーストキスの影響は意外と大きく……しばらくの間、二人の間を気まずい雰囲気が流れ続けた。

 お互い顔を見合わせるだけで赤面してしまうし、一緒に弁当を食べている時も話が弾まない。「あぁ、キスしたんだ」って思い返す度に、意味不明の動悸に襲われた。

 そんな俺達を見て、亜美ちゃんが手をヒラヒラと振りながら笑っている。口元を見ると何かを言っているようだ。

『頑張れ、先生!』

 弾けてしまいそうな笑顔に、俺までつられて笑顔になってしまう。

 このませた女子高校生に、俺は大切なことを教えてもらったのかもしれない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ