表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

こんなにも、会いたいって思ってしまう②


「あー、疲れたぁ」

 今日の手術も難航した挙句に、8時間を超える大手術となった。足はパンパンだし、喉はカラカラ……手術室用の帽子でついてしまった前髪の癖を、クシャクシャと手櫛で掻き上げる。

「今日は、南仕事かな……」

 手術室から出てしまえば、一気に現実に引き戻されてしまう。あいつのことが気になって仕方ない。

 なんにせよ、時刻は夜の九時を過ぎている。仕事だったとしても、もう帰ってしまっただろう。

「……会いたいな……」



 真っ暗な廊下で立ち止まる。

 もうすぐ季節は春だ。梅の花が咲いて桜の蕾が膨らみ出す、そんな心踊る季節。それなのに、俺の心は寒くて仕方ない。一度知ってしまった温もりはあまりにも強烈で、心と体がその温もりを欲してやまない。

 でも天邪鬼の俺は素直に「会いたい」なんて言えるはずなどなかった。いつも遠くから南を見つめて、声をかけたいと思うし、スクラブの裾を掴んで振り向かせたいっていう衝動にも駆られる。

 素直になりたい。

 「会いたい」「傍にいて」って言えたらどんなにいいだろうか。

 なのになんでだろう……。気持ちが昂っていくほどに、南がどんどん遠い存在に感じた。

 グスッと子供みたいに鼻をすする。目の前がユラユラと揺れたから手の甲で涙を拭った。



「先生」

「……え……?」

「月居先生」

 ふと顔を上げれば、スクラブを着た南がいた。

「先生、お疲れ様でした。随分時間がかかりましたね」

「なんで? お前、まだ帰ってなかったのか?」

 事態が飲み込めない俺のことを気にする様子もなく、癖のついた俺の髪を優しく撫でながら「すごい髪型だな」って笑っている。

「まさか……待っててくれたとか?」

「別に待ってなんかいませんよ。今日先生が手術してくれた患者さん、俺の受け持ちだったんです。だから心配で」

「そ、そうかよ。そうだよな、待っててくれるわけねぇよな」

「え? もしかして待ってて欲しかったとか?」

「べ、別に待ってて欲しかったわけじゃ……」

 俺の顔を覗き込んで悪戯っ子のように笑う南を見れば、顔から火が出そうになる。ドキドキと胸が高鳴って……息が苦しい。この場から逃げ出したくなった。

「嘘です。本当は待ってたんです」

「南……」

「先生が心配で、待ってました」

 少しだけ頬を赤らめて笑う南は、悔しいけど凄くかっこいい。

 もう、心臓がうるさい。

「お前に心配されるなんて心外だ。俺が失敗するわけねぇだろう?」

「ふふっ、そうですね。じゃあ、先生の顔を見られたことだし、帰りますね。お疲れ様でした」

 ペコッと頭を下げて背を向けた南が、少しずつ遠ざかって行く……その光景に、俺の心は駆り立てられる。



——行っちゃう……。あんなに会いたかった南が、行っちゃう……。



「南!」

 咄嗟に引き止めてしまったことに、自分が一番驚いてしまう。びっくりしたような顔で振り返る南に、何を言ったらいいかわからず俺は俯いた。

 呼び止めてしまったことを、強く後悔する。

 どうしよう、どうしよう……。

「先生……」

 南が俺を見てフワリと笑う。その笑顔があまりにも綺麗で、吸い込まれそうになった。

「疲れたなら、抱っこしてあげましょうか?」

「なッ……」

「ほら、抱っこ」

 そう言いながらフワリと抱き締めてくれた。その瞬間、俺の呼吸と心臓が止まりそうになる。

 青白い月明かりが、普段誰も来ることのない廊下を静かに照らして……自分の心臓の音がやたら鼓膜に鳴り響いた。

「よしよし、頑張りましたね」

「俺、汗臭いから……離せよ」

「大丈夫。全然気になりませんから」

 そう言いながら俺の首筋に顔を寄せて、クンクンと鼻を鳴らす。

「先生、消毒の匂いがする」

「やめろ、離せ!」

「嫌だ、離しません」

 そう言いながら、更に腕に力を込めて抱き締められる。



「離せよ、嫌だ」

 文句を言いながら南の腕の中で暴れて見せるけど……。「お願い、離さないで」そう強く望む自分もいる。

 でも南がなかなか離そうとしないから、様子を窺いながら全身から力を抜いた。

「疲れた……眠い……」

 そう言いながら、南の背中に腕を回してギュッとしがみついてみる。他人の体温ってこんなにも心地いいんだ……ボンヤリと思い出した。

「疲れたなら、今日は俺ん家に来ますか?」

「嫌だよ、自分家でゆっくり寝たい」

「えー! つまんないなぁ」

「それより、さっきみたいに頭撫でて……」

「急にどうしたんですか? 余程疲れたとか?」

「うるせぇよ。いいから撫でて」

 南が溜息をついたあとフッと笑う。少しだけ呆れた顔をしながらも「はいはい」なんて言いながら優しく頭を撫でてくれた。



 あぁ、やっぱりこいつの手がめちゃくちゃ好きだ。

 言葉になんか出さないけど、俺はそう思いながら南にそっと体を預ける。

 瀧澤と別れた時、身も心もボロボロになった。だからもう誰にも関わらずに生きていきたい……そう思っているのに、なんでこんなに甘く心が締め付けられるのだろうか。

 南の手も体温も好きなのに、素直になれない自分がいて……切なく疼く感情から目を逸らした。



 こんなにも南に会いたいと思ってしまう。

 そして、そんな俺にお前は会いに来てくれた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ