第7話 模擬決戦
ズドォォォン。
ダダダダダン。
バババババン。
けたたましい轟音が響き渡る世界で、俺はハァ、ハァと荒い息を吐いていた。
ってか、こいつめちゃ強ぇ。この俺が、俺の息が上がってる……。
「おい、上だ!」
ランが怒鳴ると、俺はすかさず体を前に転がして、上からの攻撃を辛うじてかわした。
「畜生ッ!」
数多い能力者の中でも、ほんの一握りしかいないSランクの中で最上位に位置しているSS+の名に賭けても、俺はこんなところで負けるわけにはいかないのだ。
「くっくくく。イチ君。君は確かに良いセンスを持っているし、才能はかなりあるけれど、それに過信しすぎて、防御を怠りすぎだ。私から見ると、隙だらけなんだな」
どこからともなく響き渡る、嘲笑うような声色に、俺はムッと睨みつけるような視線を向けた。
そいつは空にいた。右にも左にも、あちこちに飛び散っている。分かるだけでも、そいつは少なくとも六人は確実にいたのである。そして、そのどれも、全員同じ顔をしていた。
「ありゃ『幻影人形』だな」
おもむろにランが説明を始める。
「力を使ってかき集めたエネルギーを使って、己の幻影を何体か作り出しているにすぎん。本体以外は、いくら壊しても、暖簾に腕押しだぞ」
「わかってる!」
一見するだけなら、本体と幻影の間にある差はほとんどない。幻影に攻撃を仕掛けたところで、全く何の意味はなく、幻影の討伐にかまけていると、本体から奇襲攻撃を受けることにもなる。
俺の戦闘スタイルははっきり言って『攻撃こそ最大の防御』を地で行くものだから、防御が極端に疎かになっているのだった。ゆえに何体もの幻影を使って、俺の攻撃目標を攪乱してくるそいつのやり方は、俺にとって、極めて相性が悪かった。
「こうなったら」
俺は仕方がないので、体の全身に力を集め始めた。
「なにするつもりだ?」
ランが、よもやという顔をして尋ねると、
「あたりだ! ああいう面倒くさい相手を、個別でやりあおうとするから負けるんだ。だったら、全員丸ごと、皆、悉く吹っ飛ばしてやればいいだけのこと」
俺はにやりと笑い、再び力の集中に精神の全てを注いだ。
けれども、まあ、そいつがそんな隙をくれるはずもなく……。
「前方から敵ッ!」
ランが怒鳴ると、俺は軽やかな仕草で、その攻撃をひらりと交わした。
「次は右からだぞ」
間髪いれずに敵の攻撃が続く。
「次は左だ」
「次は上からだ」
「次は下からだ!」
次から次へと、あちこちからエネルギー弾が飛んでくる。そのたびにドォォォォン、ダァァァァン、バァァァァンとけたたましい轟音を張り上げながら、それらは近くの壁にぶつかってはじけていく。
敵の攻撃を交わしながらも俺はどんどん力をためていって、十分もすると、MAXに達した。ふと己の体を見ると、それはぼんやりと、まるで虹色のように眩く輝いていた。
「先生! 結界張ったほうがいいですよ」
俺はにっこりとほほ笑み、そして全身に蓄え続けた力を、思い切って解放した。
気がつくと、周囲四方の全てが吹っ飛んでいた。
既に特訓場には、かつての面影がなくなっている。これではただの廃墟である。安全な観客席より様子を見守っていたらしい会長様は、「ははは」と苦笑いしながら、こっちを呆然と見つめていた。
俺はゆっくりと大地に降り立ち、がっくりと崩れ落ちた。さすがに疲れた。これはたまらん。
「全く『大爆発』もいいが、少しは力を抑えろ」
ランはじとっと俺を睨んでいる。
「世界が吹っ飛ぶぞ」
彼は、いつになく呆れたような顔をして、ハァとため息を吐いていた。
俺は「ははは」と笑って、周りを見た。確かに、ちょっとやりすぎたかもしれない。もし特別仕様の特訓場でなかったら、それこそ半径五百メートル四方が吹っ飛んでいたかもしれない。ま、あれでもそれなりに力を抑えたつもりなんだけど……。
「あれで力を抑えた? どれだけ?」
ランが疑惑の目を向けるので、
「ま、80%ぐらいは使ったよ」
俺は率直に、淡々と答えてやった。
「80%ねぇ。あれで、二割も力を残していたのか」
絶句するランに、俺は苦笑いする。
「いやはや、強いね」
そこに、そいつはやってきた。
満身創痍。
既に戦闘を続行できるような状態ではない。
「先生こそ、お強いですよ」
ぼさぼさになった髪を整え、乱れ切った服を着直しながら、俺は、激戦を交えた相手の奮闘ぶりを称えてみることにした。まあ、俺を相手にこれだけ戦えた奴は、まさに久しぶりだったわけで、冷や冷やしたけれど、楽しかった。
「全く、君のその華奢な体のどこからあれだけ強い力が出てくるのか、是非とも知りたいものだ」
世界史担当にして我らが担任、カール・タナカ教諭はからからと笑って、ゆっくりと腰を落とした。
「大爆発のおかげで、私の影たちは、みんな吹っ飛んでしまった。君は確かに防御を疎かにしすぎだが、それに余りある攻撃力を持っているようだね」
ま、故にこそ最強と称えられている俺なのさ。防御なんかに力を回す必要はない。相手が攻撃に出てくる前に、あるいは出てきたって、俺の圧倒的な火力で踏みつぶすだけだ。
「だが、君は少々慢心しすぎだ」
なんだって?
「私はそれほど力がある能力者ではない。だが、私の作戦一つで、君は、あれだけの力を発動せざるを得なかった。ゆえにそれだけ疲れているのだろう」
ぐぬぬ。否定はできない。
確かに、こいつの作戦は、攻撃一辺倒の俺を散々苦しめた。結局、俺の最終奥義たる『大爆発』を使わざるを得なくなっちまった。あれは体の隅から隅に宿る力を悉く使役して発動する技だから、威力ははんぱじゃないが、疲れるのだ。それこそ、42.195キロ走ったばかりのマラソン選手のような状況になるのであった。
「防御を疎かにしているとか、そういう問題ではなく、君は少し、その力に驕りすぎだ。もし次、もし次に私と君が戦うことがあったなら……。無論、こういう戦闘方法が制約される闘技場ではなく、普通の場で戦うようなことがあったなら、私は君に絶対負けないと宣言することができるだろう」
何を言っている。お前はたった今、俺に負けたじゃないか! それがこいつ流の負け惜しみの台詞なんだとしたら、実に惨めだぞ。
俺が相変わらず勝ち誇ったような顔をして、先生を見つめていると、その先生はにやりと笑って、
「ま、次の戦いを楽しみにしているよ。そのときまでに、君も少々考えを改めておくことだね」
そう言うなり、俺に背を向けて、出口の方へとすたすたと歩いていった。
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