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第6話 新たな任務

 ゴールデンウィークになった。

 今年は休みがうまい具合に重なって、五連休になったのだという。

 とはいっても、別にこれと言ってやることもないので(休日に仕事をする気もないしね)、俺は鷹司亜子に連れられて、彼女の実家を訪ねることにしたのだった。もちろん、三条もいっしょである。

「で、でっかい!」

 それが、俺と三条が真っ先に漏らした一言。

 ありえないくらいの大宮殿。

 こんなものが、この世に存在するのか、って言いたくなるぐらいの御城だった。これに匹敵するものといったら、ルイ太陽王のベルサイユ宮殿か、イギリスのバッキンガム宮殿、あるいは江戸城?

 いやぁ、とにかく、全てが全て滅茶苦茶大きかった。

「私の家、財閥やってるんだ」

 鷹司は淡々と言って、にっこりとほほ笑んだ。

 そして、彼女は荘厳な城門にとりつけられたベルを鳴らす。そして、

「私。亜子です」

 彼女がそう言うと、城門はガガガとけたたましい音を張り上げて、ゆっくりと開いた。



 庭もまた凄まじいの一言に尽きた。

 噴き出す噴水に、整えられた緑色がよく映える。

 いやはや、鷹司亜子が財閥令嬢だったとは驚いたね。名字が鷹司っていうだけあって、さすがだ。

 ちなみに鷹司グループというのは、元々彼女の祖父が始めた消費者金融会社に端を発しているらしく、以後消費者金融だけじゃなくて、銀行や証券、あるいは保険などに進出して総合金融業へと多角化し、さらに建設、不動産、流通、運輸、電機、娯楽等々、本業とはあまり関係性のない分野にも勢力を広げることで、強大な総合財閥になったのだという。

 ま、そんなことはどうだっていい。要するに、鷹司の実家が、稀に見る大富豪だったってことを留意しておけばよいのだ。

 んでもって、俺と三条は相変わらず呆然とした顔のまま、鷹司亜子に伴われて、荘厳な宮殿の中に足を踏み入れたのだった。



 執事とかメイドとか、まあいろいろいる。

 彼らは俺たちが通るや否や、一斉に、

「亜子お嬢様! お帰りなさいませ」

 と叫んで、仰々しく頭を下げるのだ。

 何とも馴れない空間だった。異世界に迷い込んだような錯覚を覚える。そりゃ、俺だって、これまでに様々な要人を護衛してきたりしたから、大金持ちって呼ばれる人には多く会ってきた。しかし、ここまでの大金持ちには未だかつて会ったことがない。

「あ、ごめんなさい。大げさな出迎えはしないでって言ってあったのに、執事長辺りが勝手に……」

 鷹司は恥ずかしそうに頭を掻いている。その仕草が、またたまらなく可愛らしい。

「何変な目で見てんのよ」

 俺のそんな視線を肌で感じたのか、三条が咎めるような声を吐いて、俺の脇を小突いてきた。

「う、うるさいな。別に変な目なんてしてねぇよ」

 声が裏返っていないかと、俺は少しばかり焦った。三条は相変わらずじとっと俺の方を睨んできたが、

「どうかした?」

 鷹司が不思議そうな顔をして俺たちを見つめてきたので、三条は俺に対しては何も言わず、ただ「なんでもないわよ」と言っていた。



 彼女の部屋もまたなかなかに素晴らしく、そのバルコニーからは、壮大な庭が一望できるようになっていた。

 いやはや、ここまで来ると、もう感嘆のため息を漏らすより他に仕方がない。

「こ、こんな御金持だったんだ……」

 俺がそう言うと、

「う、うん」

 何やら恥ずかしそうに顔を赤らめて、俯きながら頷く鷹司亜子であった。

 可愛い!

 俺は率直にそう思う。

「それで、今日は私たちを何で招待してくれたの?」

 三条が単刀直入に尋ねた。

「あ、それね。……なんか、お父様があなたたちに興味を持ったらしくて、あなたたちを招待したのは、お父様なんです」

 お父様? その品のある物言いに俺は何となくたじろいだ。

「でも、お父様はまだ帰っておられないので、それまでは私がもてなすよう命じられています」

「……そ、そう」

 三条もまた驚きを隠せぬような顔をして、きょとんと立ち尽くしている。

 いやはや、ここまでお嬢様だったとは……。俺と三条は「ははは」と苦笑いを漏らしつつ、側にあったソファーにごろりと寝転がった。



 その『お父様』が御帰還したというので、俺たちは早速、その御父君のおわす書斎に通された。

 書斎と一言で言っても、普通の書斎とは全く違う感じがした。何しろ滅茶苦茶広いのだ。その上、父君の趣味だという十分の一スケールの鉄道模型が所狭しと並べられていた。書斎=仕事をする部屋だと思い込んでいた俺にとっては、とても書斎とは思えぬ部屋であった。

「お、来たかね」

 如何にも御偉方といった感じの物言いに、俺は少々戸惑った。何やら上司に会いに来たような感じがする。

「亜子。お前は下がりなさい。私はこの二人と話がある」

 父君の仰せに、鷹司は恭しく頭を下げて、素直に引き下がった。そして、父君は俺たちの方に振り向き、

「ここだとなんだから、こっちに来たまえ」

 と言って、おもむろに近くの本棚のほうへと歩み寄った。

 すると……。



 父君が本棚に並べられた本を、適当に引っこ抜いたり入れ直したりすると、突然ガガガガという音を張り上げて、それはゆっくりと動き出した(・・・・・)

 そこには小さくも薄暗い階段があった。

「入りたまえ!」

 父君はそう言って、俺たちを案内した。それに従い、俺たちは通路を降りる。そしてしばらくすると、やたらめったらどでかい部屋が広がっていた。

「ここはな、我が家の中で私以外は誰も知らない秘密の部屋なのだよ。そして、能力者の特訓場も兼ねている」

「の、能力者の特訓場?」

 俺に代わって三条が驚いている。無論、俺だって驚いているけれどね。特訓場? というより、なぜこの偉そうな御父君は、俺たちが能力者だってことを知っている。超能力が存在していることを知っているのだ。

「ふふふ。それはね、私が組織のパトロンの一人だからだよ」

 パトロン? あぁ、そんなような人たちがいるってことを聞いたことがあるような気はする。この御父君は巨大財閥の総帥なのだから、パトロンとなるだけの金は腐るくらい持っているだろう。

「私の名は鷹司金成と言う。肩書きは鷹司ホールディングス代表取締役会長兼最高経営責任者(CEO)。そして、組織の最高評議会名誉顧問団団長も兼ねている」

 え、えーと。鷹司ホールディングス(要するに鷹司グループの持ち株会社)の会長さんで、組織の名誉顧問団団長? ま、まあ、なんだっていいよ。

 彼からもらった名刺に記された長ったらしい肩書きを眺めながら、俺はハァとため息を吐いた。要するに名士なんだろう。それだけ分かれば十分だ。

「君たちをここに呼んだのは、他でもない。イチ君。君が、SS+級の能力者だということを小耳に挟んだんでね。ついでにわが娘のルームメイトというじゃないか。一つ挨拶も兼ねて、ここに呼んだのだよ」

 と、その会長様は言った。

 って、この会長様までも、俺をイチ君と呼ぶのですか。……まあ、今さらって感じがしないでもないけどね。イチ君だろうとイチさんだろうと、イッちゃんだろうとイチたんだろうと、もうどうだっていいよ。

「それとね。ついでにわが娘のボディーガードも兼ねてほしいんだ」

 会長様は、俺の目をぎろりと睨みつけた。そして、この会長も俺が『外見偽装』の使い手であることまでは知らないようだった。もし、娘のルームメイトの本性が男だ、なんて知ったら、この人はどういう顔をするだろう。怒るかな? そりゃ、怒るだろう。年頃の娘が、年頃の男と一つ屋根の下で暮らしてるって分かったら、普通の親だったら怒るに違いない。

「ぼ、ボディーガードですかぁ」

 だから俺は努めて女っぽく喋ってみた。

「そう。ボディーガードだ。何しろ、あの娘は何かと狙われやすい立場にあるからね」

「……狙われやすい立場?」

 そういや、初めて出会ったときも、チンピラのような奴らに襲われていたような。

「何で彼女が狙われやすい立場にあるんですか? 可愛いから、とかそういう話じゃないですよね」

 俺に代わってそう尋ねる三条に、

「可愛いとかそういう問題ではないのだよ。あの娘には、特殊な力があるのだ」

「「「「特殊な力?」」」」

 俺と三条の声が見事にはもった。いや、それだけじゃないな。俺と三条に加えて、俺の肩の上でふんぞり返っている我が従者(パートナー)のランと、三条の従者(パートナー)たるフェレットのシーザーの声が同時にはもっていた。

「そうだ。あの娘には特殊な力が宿っているらしいのだ。それが何なのか、私にもよくわからんがね。ただ、組織の幹部たちが言うには、あの娘の持つ力は、かなり凄まじいものらしい。ま、あの娘は何にも知らないし、私はあの娘に真実を知らせるつもりもない。あの娘には普通に育ってもらい、そして、いずれは真面目な人と普通に結婚してもらいたいと考えている。無論、あの娘が嫌と言えば、財閥もあの娘に引き継がせるようなことはしないつもりだ」

 なるほど。その力を欲している何者かにその身を狙われるかもしれない、ということか。だから最強能力者と評判の高い俺に警護を任せたいのだろう。そりゃまあ、下手なSPを何百人とつけるより、俺と三条を護衛に回した方が明らかに効率がいい。俺には何十人と言う要人を守り切ってきた経験と実績があるしな。

「無論、報酬は支払うよ。そうだな。月辺り五十万円でどうかね?」

 会長様は、その右手の平に付いている五本の指を全部突き立てて、俺たちの前に突き出した。

「あ、そうそう。組織上層部の許可は得てあるから、心配はしないでくれ。組織の御偉方も、あの娘は守りたいと考えているようだしね。特に、分離主義者どもの手に渡るようなことがあってはならんと思っているらしい」

 そう言って、会長様はおもむろに煙草を取り出し、火を付けた。ぷかぷかと煙を吐きながら、困ったようにハァとため息を漏らしている。

「全く、分離主義者たちにも困ったものだよ。奴らはあの学校にも多数のエージェントを送り込んで、組織の秘密を探っているようだ。あの学校は、わが組織の重要な秘密基地でもあるからね。ま、滅多なことで、組織の中枢情報に接することはできないと思うが、万一、奴らが我らの極秘情報を知ったら、えらいことになる」

 巨大財閥の総帥で、組織の最高首脳に列している名士でも、こういう顔をするんだなと思わずにはいられぬほど、会長様は憂鬱な表情を浮かべてぼやいていた。



 会長様の部屋を出た俺たちは、鷹司亜子の部屋に戻った。

 彼女は退屈そうな顔をして、どでかい液晶テレビと格闘していた。それはおそらく今はやりの体感ゲームという奴なんだろう。白いボードの上で、フルフル腰を振っている彼女を見て、

「ご、ごめん!」

 俺はすかさず謝った。

 どうやらフラフープをやっていたようだ。彼女は恥ずかしそうに蹲り、あたふたと流れ出る汗をタオルでぬぐった。

「で、お話は終わったの?」

 ふと、彼女がそう切り出すと、俺は「まあね」と頷く。

「そう」

 彼女は何やら深刻そうな顔をして、それを覆い隠すように、にっこりとほほ笑んだ。ま、とにかく用は済んだし、このまま帰ってもいいんだろうけど、どうせ家に戻ってもやることはないしな。彼女を守ることが新たな任務に加わった以上、彼女の側に控えているのが、この際一番いいんだろう。

 だから俺は、その体感ゲームとやらに飛び乗ると、ランニングという選択肢があったので、それを選んでやり始めた。

誤字脱字などがありましたら、ご指摘ください。すぐ直します。また感想、評価等、お待ちしています。

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