第3話 異常な能力者
「なーんもねえな」
ハムスター型パートナーのランが、その愛くるしい図体とはかけ離れたぶっきら棒な口調で言い放つと、
「確かに」
俺は呆れたように、全く何もない職員室のデスクを睨みつけていた。
周りの物体、あるいは背景と完全同化する、俺の得意技の一つたる『カメレオンモード』のおかげで、職員室にてわいわい騒いでいる教師たちは、全く俺のことに気づいていないようだった。
結局、収穫はゼロ。ってまあ、一朝一夕に見つかるもんでもないだろう。こういうのは地道に着実にやってくのが一番の正攻法なのさ。
とは言ったものの、よくよく考えたら、我らが『組織』の壊滅を目論んでいる裏切り者たちの、裏切りの証拠なんてものが、こんな職員室に都合よく転がっているものだろうか。彼らだって、命をかけて裏切り行為をしているんだ。こんなところに証拠を置き忘れたりするだろうか。
「しねーだろうな」
ランが淡々と呟くと、
「だよなぁ」
俺は静かに呟き、苦笑いした。
「とりあえず今日のところは引き揚げようぜ」
そんな俺の言葉に、「そうだな」と頷くランであった。
「収穫は?」
カメレオンモードのまま、職員室を出た俺を待ち構えていたのは、三条だった。変なメガネをかけているが、それも俺たち能力者にとっては必須アイテムの一つであった。何しろ、それを通して見ると、『カメレオンモード』使用中の俺の姿もくっきりと見えるのだ。逆にいえば、それを使わなければ俺の姿は見えないわけで、よく『カメレオンモード』を駆使して姿を眩ます俺を探す役回りになることが多い三条にとっては、まさしく必須アイテムであった。
「無し」
俺はきっぱりと答えて、カメレオンモードを解除した。すると、背景と一体化していた俺の体は、ビリビリって変な音とともに、やがて美しき少女の姿を取り戻した。
「無しって、本当に探したの?」
「探したって!」
フン。俺はやると決めた仕事はそれなりにきっぱりやるほうだぜ。まあ、今回は確かにやる気はなかったけど、だからって手を抜いたわけじゃない。確かに職員室内には、何の証拠も見つからなかったのだ。組織を揺るがすかもしれない陰謀って奴はな。
って、まあ、そんな大事なものが職員室にあるわけもなく……。明日は校長室かなんかに潜入して探してみるのも悪くないかな。
「それはそうと、ところで、あんたに頼みたい仕事があるの」
仕事だって?
「そう。この近くでさ、能力者が暴れてるらしいのよね」
「能力者が暴れてる?」
なんだ、そりゃ?
「それがね、なんか滅茶苦茶強いらしくて、組織の人間の力だけじゃどうにもならないらしいのよね。今のところは、組織の土地の中に押し込めてるんだけど、このままあいつが暴れ続けたら、絶対、一般人にも迷惑が出る。だから、最強のあなたにあいつの退治を任せたいんだってさ」
「……」
全く、組織の人間は俺をなんだと思ってるんだろうね。確かに俺は自他共に認める最強の能力者で……。
「あんたが最強でいられるのは、UMTのおかげでしょ」
三条はきっぱりと言って、俺をぎろりと睨んできた。
「全く、最強最強って……。確かにあんたは強いけど、UMTがなかったら、ただの普通の人なんだからね。全く、卑怯よ」
フン。だからなんだ! 確かに俺の最強は、俺自身が生まれつき持っていた先天的な力ではない。まあ、努力して得たものではあるけれど……。
UMTってのは、Ultimate・Magic・Toolsの略称で、最強魔法具とか究極魔法具なんて呼ばれている代物だった。組織に所属していた、とある科学者が組織の密命を受けて極秘裏に開発したもので、能力者の力を限界以上に強める力があるそうだ。ただ、使いようによっては世界をも破壊できるUMTの乱用を恐れた科学者が、使用できる人間を大幅に限定したため、結局のところ、今現在、UMTを使用できるのは俺一人となっていたのだった。
なぜか?
そんなのは簡単である。科学者は自らの血縁者のみにUMTを使用できるようプログラムしたからである。んで、俺はその科学者の息子。他に血族はというと、兄弟は元々いない。親父も御袋も死んでしまったし、叔父も叔母も祖父母もみんな死んだ。ってなわけで、現在UMTを使えるのは俺一人だったってわけだ。
「まあ、いいや。んで、その仕事の報酬は?」
基本的に俺は金で動く。
「五百万」
三条が左手に五本の指を立てると、
「分かった」
俺は満足して、にやりと笑った。
臨時のバイトとして五百万は嬉しいね。どうせ、相手なんてすぐに倒せるのさ。
三条に連れられ、トチ狂った能力者が暴れているって場所に向かう。ちなみに、俺は既に女装を解いている。学校内じゃないから、女装している必要性は全くない。久しぶりの本当の姿に、俺は何となく安堵した。自由だ! って心の底から叫んでみたい気もする。
それはともかく、三条に案内されてやってきた場所では、確かに能力者が大暴れしていた。光弾を乱射しまくって、さながら戦場のようになっている。組織の能力者たちがよってたかって彼を倒そうとしているが、全く相手になっていない。
「三条、あいつらを下がらせろ。俺一人でやる」
俺はふんわりと宙に浮かびあがると、
「いーの? また油断して、殺されたらどーするの?」
三条がしきりにこっちを見つめてくる。
「殺されたらって、まだ俺は殺されたことはねーよ。殺されかけたことはあるけど」
「どっちもいっしょよ」
とにかく俺はすがりよる三条の視線を振り切って、異常能力者の下に向かった。
「勝てるかい?」
途中、ランがそんなことを言ってけらけら笑ってきた。
「お前は俺が負けるとでも思っているのか?」
「いーや」
ランは相変わらず、俺の肩の上で笑っている。もう少し、ハムスターらしく大人しくしていてくれないかね。全く、愛くるしい容貌とは打って変わって、飲んだくれの親父のような奴だ。
「お前、なんで暴れてんだ?」
そいつの目の前に出向いて、俺は大声で叫んでやった。
「煩いッ! 貴様は誰だ?」
問われたから、名前を教えてやる。ま、名乗るのは礼儀だからな。
すると、そいつの顔が一気に青ざめた。
「お、お前……。あ、あの最強能力者……」
どうやら、名前ぐらいは知っていたらしい。俺も随分と有名なことよ。
「い、いや。お前が最強だろうと、今の俺には敵わねぇ」
何やらストレスの余りに理性が効かず、暴走してしまったサラリーマンのおっさんのような顔をして、そいつは俺を睨んできた。
さて、こいつは何の根拠を持って、自分には敵わんとか言ってんだろう。俺の強さを知らんわけじゃないだろうに。
まあ、いいか。こういう煩い奴には、俺の強さを思い知らせてやるのが一番なんだ。
ってなわけで、俺は腕を構えて、力を集中させる。超能力を駆使して、大自然に集まる力という力を、己が手のひらに集約させた。
「死ね!」
そして、放つ。
ピカッと凄まじき閃光が輝き、集約された力は、一つの大きな球となって、身の程知らずの異常能力者の下に放たれた……。
だが。
あれ?
無傷?
なんで?
そいつは平然とそこに突っ立っていた。俺の攻撃を受けて、平然としていた奴は、これで二人目だ。ってか、なんでこいつにこんな防御力があるんだ?
「くっくくく。お前の力はその程度か?」
そいつはどうやら、自分の体に凄まじき力を集めて結界を張っていたらしい。
「貴様、何者だ?」
いくら強い結界を張ろうと、俺の攻撃を防ぎきれた奴は、これまでに一人しかいなかったはず。そいつは見るからに強そうで、実際強かったわけだが、目の前でうだうだ暴れまわっている男は、決して強そうには見えなかった。
すると、答えが返ってくるより前に、そいつの攻撃が押し寄せてきた。
「前だ、前ッ!」
ランが怒鳴る。
俺は慌てて結界を張り、それを防いだ。
「くそッ! 不意打ちか」
俺はそういうことをされるのが一番嫌いなのだ。
だから、
「死ねぇぇッ!」
もう、あいつを生け捕りにするとか、そんなことはどーでもよくなっていた。やたらめったらあちこちに乱射して、あいつの動きを封じると、両手を天高く振り上げて、そこに俺の力を限界以上に込めた超巨大光球を作った。
そして……。
思い切り放り投げる。
もし、あれが大地にぶつかったら、それこそ数百メートル四方が吹っ飛ぶんだろうな。なんて思いながら、球の行方をじっと見守った。
そいつは無謀にもそれに立ち向かおうとした。避けりゃいいものを、「俺ならこんな屑球なんて防ぎきって見せるさ」なんてかっこつけて、挑みかかっていったのだ。
まあ、さすがにあいつもなかなかねばったよ。
けどな、それは最強と称えられている俺が、あらゆる力を込めて作った正真正銘、最強の中の最強の光球だぞ。あいつごときに迎撃されてたまるかよ。
実際、そいつの結界は破裂して、そいつは墜落した。球は花火のようにダァァァァァンって轟音を張り上げて、空中にて大爆発したが、どうやらそいつは、辛うじて生きているようであった。
「やりすぎ」
三条がぎろりと睨んでくると、
「仕方ないだろ。あいつ、強かったんだから」
俺はそう言って返した。ああいう敵を相手に油断したら、それこそこの前みたいに死の淵に追いやられることになるんだ。ま、あのときはもろに油断しちゃったが。
「ところで、あいつおかしいぞ。自分の力以上の力を出してた。っていうか、自分の力を制御できていないようだったな」
「……どういうこと?」
三条が不思議そうに首を傾げる。
「要するにさ。あんなおっさんに、あれだけの力が出せると思うか? 何らかの仕掛けがあるんだ。あのおっさんに、あれだけの力を与えた、何かの仕掛けが……」
それが何なのか、俺にわかるはずがない。そういうことを調べるのは組織の仕事さ。俺には関係ないね。それに、俺には俺で、本当の仕事があるんだ。
「あ、そうだ。組織の会計係に言っとけよ。報酬はいつもの口座に振り込んどけってな」
俺はそう言って立ち去る。
ちょっと疲れた。何しろ、久しぶりに全力を出しちまったからな。
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