第2話 小さなパートナー
はい?
鷹司亜子さん?
ってか、そこまで言って眠らないでよ。こっちは名乗ってないし、それにさ……。
って、まあいっか。どうせ一緒にいたって面倒なだけだ。彼女が倒れてくれてたら、それだけ気楽ってもんさ。女の振りをしなくてすむからな。
でも、いきなり暇になっちまったなぁ。
いっそ、三条でも呼ぶか? いや、あんな口うるさい奴を呼んだりしたら、また「遊んでないで、仕事しなさい!」と言うにきまっているんだ。赴任早々、仕事なんてやってられっか。俺はのんびり仕事に取り組むことを信条としているんだ。
じゃ、何しよう。このままここにいてもつまらん。
あ、そうだ! 外に行こうか。確かバッティングセンターか、ボーリング場があったはずだ。そこで思い切り、溜まりに溜まった憂さを晴らしてやるのも悪くない。
ただ俺はバッティングよりボーリングのほうが好きなんだよね。しかしだ。一人でやるボーリングはちょっと……。友達とやるから面白いのさ。ま、友達と言える友達なんて、ほっとんどいなかったがね。
ま、結局これといってやるべきことが見つからなかったので、仕方がないから俺は部屋で寝ることにした。疲れたしな。
自室に入ると、これがまた嫌になるぐらい女の子風な飾り付けがしてあった。俺がしたわけじゃないから、組織の奴らがそうしたんだろう。俺の正体が男であるってことをルームメイトたる鷹司に疑われないようにするために……。
すると、机の上に一枚の紙が置いてある。俺たち『組織』に所属しているメンバーしか見られないよう、特殊な力が施されている紙だ。通称マジックペーパーっていうらしい。なんて安易なネーミングだこと! と、心の中で突っ込んでおいて、とりあえず俺はそれに目をやった。ま、俺は『組織』のメンバーだから、マジックペーパーに記された文字を読むことなど、造作もないことだった。
『この部屋は決して荒すべからず。君は御淑やかな女性を演じなければならない。もしも男であると発覚したら、即刻帰還すること。無論、その際には報酬も支払わないので、そのこと良く理解しておくこと』
と、記されていた。
ハァ?
あほ抜かせ! 御淑やかな女性ってなんだよ? それにだ。ばれたら報酬なしってどういう意味だ! 多額の報酬を呉れるって言うから引き受けた仕事だぜ。じゃなかったら、誰がこんな仕事引き受けるってんだ。女の子しかいない世界に、たった一人乗りこむ男の孤独を、組織のお偉方も少しはわかってほしいね。その上、そんな趣味もないのに女装させられている俺の気持ちは……。
しかし、そんな不満が組織の御偉方に届くはずもなく、気がつけば、任務を記したその公式文書は、跡形もなく消え去っていた。
しばらく寝転がっていると、
「ご飯できたわよ」
何とも言えず懐かしい台詞が、声高に響いてきた。
ご飯?
あ、そうか。もうこんな時間か。確か世間一般的には、今ぐらいに夕食を食べるのだろう。そんなまともな生活とは無縁の世界に生きてきた俺にとって、それは結構新鮮であったりする。
って、ご飯?
鷹司が作ってくれたのかな?
なんて思って、部屋を飛び出すと、まさしく想像通りだった。彼女はほかほかのご飯を作って、俺の到着を待っていた。
「つ、作ってくれたのか……、い、いや作ってくれたの?」
ぎこちない物言いが、少し憂鬱。俺が男だってばれたりしたら、報酬がパーだ。何としても、女であると思い込ませねばならん!
「え、あ、ごめん。嫌だった? わ、私、そろそろご飯にしようかと思って作ったんだけど、ちょっと余っちゃったから。あなたにもあげようかなって」
いやいや、嫌なわけないじゃん! こんなあったかい飯なんて何年ぶりだろうね。しかも滅茶苦茶美味そうじゃん。コンビニ弁当か、はたまたコンビニおにぎりか、そんなもので飯を済ませてきた俺にとっちゃ、宮廷の贅沢な御馳走よりも御馳走っぽく見えた。
それにさ、こんな可愛い子が、俺なんかのために飯を作ってくれたんだぜ? 断る理由がどこにあるよ。あー、それにしても返す返すも女の格好をしている自分が憎らしい。真の姿に戻って食卓につけば、さながら新婚さんのように見えるのに……。
数日後。
俺は学校に出向き、教室に入った。
やーっぱ、女しかいねぇ。右も左も上も下も、全員女だ。廊下を歩いていても、出くわすのは女ばっかり。男性教諭と出くわしたりしたなら、まだ救いもあったが、残念なことに彼らと出くわすことはなかった。
クラスに入っても当然女しかいないわけで……。世の中にはこんなに女がいたんだということを改めて実感する。彼女たちは皆、きゃいきゃいと甲高い声を張り上げながら、何やら楽しそうに騒いでいる。昨日見たドラマの話とか、芸能雑誌の話、ファッション雑誌の話に明け暮れている。当然、俺にはついていけない。
いつものように出席番号順の席に腰を下ろした俺の心境を簡潔明瞭に表現しよう。
肩身が狭い。
それだけだ。
奇しくも三条とは一緒のクラスで、朝のホームルーム早々に行われた席決めクジ引きの結果、彼女は俺の真後ろの席に陣取ることになった。
うーん、これは何の偶然だろう。いや偶然じゃないのかな? そういや、三条の手にかかれば、クジ引きなんかに意味はなかったな。あいつは情報操作(?)みたいなことが得意な奴なんだ。絶対クジ引き結果も密かに改ざんしたに違いない。
とはいえ、俺にとっても好都合だ。大体、女しかいねぇ、非常にアウェーな世界で、一人孤独に取り残されることほど嫌な話もない。せめて知り合いの三条ぐらいが近くにいてくれた方が心落ち着くってもんだ。何しろ俺様は自他共に認める最強戦士だけどよ、女には弱いのさ。それがもう滅法弱いのだよ。これでもかってほど弱いわけ。昔からそうなんだけど、こればかりはどうしようもないんだよね。女の子に対して強気に出られるのは、今は亡き母さんか、幼いころからの付き合いの三条ぐらいなもんだぜ。
だからさ、
「あ、隣だね。よろしく」
と、楽しげな顔をして挨拶して来たルームメイト、鷹司亜子を見ると、心が何となくどぎまぎしてしまうのだ。
それから授業が始まって、あっという間に一日が終わった。
ってか、授業ってこんな退屈なのか?
何しろ、女子高とは思えないほど男率の高い教師たちの、まるで子守唄のような言葉を延々と聞き続けねばならなかった。苦痛以外の何物でもねぇだろ! その中身だって、教科書をそのまま読んでいるだけの、何とも意味のない代物でしかなかった。これだったら、家に戻って教科書読んどけ! って言われた方がマシだ。
こんな教師たちなら、某小説ヒロインのようにけちょんけちょんに叩きのめしてやるのも悪くない気がしたが、まあ、俺にはそんな度胸もないので黙っておく。ま、机の上で眠ってる分には気持ちいいから、さして文句をつける気にもならなかったのだが……。
そんなこんなで授業が終わり、俺は学校の外に出た。
とりあえず俺には任務があるわけだけれども……。ま、今日ぐらいはいーだろう。ボーリング場にでも行って、思い切り暴れてくるかな? 寝すぎてちょっと頭がぼんやりしているんだ。
「やめとけ」
どこからともなく、そんな声が聞こえる。
俺はうんざりとしたような顔で、「喋るな」と、言った。
「喋るなって、そりゃないだろうよ、相棒!」
そいつは俺のスカートの左ポケットから、にょきにょきっと姿を現した。ネズミ、というかハムスター。名前はランと言って、俺のペット兼参謀兼相談相手兼友人でもある小動物だ。
ちなみに俺を含めた能力者たちは、皆、こうした小動物たちをパートナーとして従えている。賢いし、器用だし、独自の特殊能力を持っているから、これがまた結構使えるんだ。話し相手にもなるしね。
ただ、どんな小動物でもパートナーにできるっていうわけじゃなくて、組織がパートナー用に育て上げた小動物たちだけがパートナー候補となりうるのだった。俺たち能力者はその候補たちの中から、これといったやつを選び出し、パートナー契約という儀式(要するにキス)をすることで、正式にパートナーとなるわけだ。一流の能力者なら、少なくとも一匹以上のパートナーを従えているのが普通で、パートナーのいない能力者は、例え特殊能力を使えても能力者とは認められないことになっている(例外として組織が特例として能力者と認めたら、パートナーの有無にかかわらず能力者らしい。規定はあいまい)。
それはともかく、ランという名のハムスター型パートナーは、
「ま、とにかく、ボーリング場はやめとけ! 三条に睨まれるぞ」
などと言いながら、俺の長ったらしい髪の毛を伝って肩まで上ってきた。
「フン。三条がなんだって言うんだよ! 俺はな、あいつの部下でも家来でもねーぞ」
使い魔……、もといパートナーでもあるランは、ハァと露骨なほど大きなため息を吐いて、
「けど、三条が怒ると怖いぞ。仕事をほったらかして遊んでた……、なんてこと、ばれたら三条はどう思うかな?」
なんて言っている。
しかし、そう言われるとちょっときつい。三条が激怒する姿は、確かに怖いのだ。
「しゃあない。わかったよ、わかった! ほかならぬパートナー様のお言葉だものな。やってやるよ。仕事ぐらい……」
怒られるのは嫌だからな。鬼のような形相で怒り狂う三条のおぞましい顔を思い出しながら、俺は仕方なく、ハァとため息を吐くと、校舎のほうへと戻っていった。そして生徒用女子トイレ(男子トイレなんてものは存在しないが)に入って、特殊能力の一つたる『カメレオンモード』(命名、俺!)を発動すると、静かに、しかし我が物顔で、職員たちでごった返す職員室に、誰にも気づかれることなく入っていった。
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