第20話 新たな能力者
「ど、どーなってんですか?」
放課を迎えた時、俺は携帯電話で組織の幹部と連絡を取った。瓜二つ、っつーか、そっくりそのまま、カール・タナカにしか見えない男が堂々と、平然と姿を現したのだ。弟だとか抜かしていたが、そんな話、信じられるわけがない。
もしも奴が本当にカール・タナカなら、組織の出番だろう。すぐにでも逮捕し、分離主義勢力たちのことを自白させねばなるまい。及ばずながら、俺だって、その聴取に携わってよいと思っていた。
『いや、ルイス・タナカとか言ったな。あれは確かに弟だよ』
幹部はあっけらかんと言ってのける。
「い、いや、双子でもない限りは、あんなにそっくりってのはありえないでしょう」
俺がそう食い下がると、
『双子だよ。双子の弟』
幹部はそう続けた。
「……ふ、双子なんですか」
俺は言葉を失った。
『ルイス君はわが組織の幹部の一人で、Sクラスの能力者だ。ま、君には劣るが、腕はたつ。まあ、やたらと堅物で、融通が利かないところが、玉に瑕だが、それゆえに信じるに足る男なのだよ』
「……」
『そう言うわけだから、ややこしいが、気にしないでくれたまえ。彼には、君たち能力者たちのリーダー役を務めてもらうつもりだから、君も彼の指揮下に入りたまえ』
「し、指揮下!」
我ながら恥ずかしいほど素っ頓狂な声だと思う。組織の幹部たる男は、電話越しに、
「文句は受け付けていないよ。君も少しは、群れるということを知った方がいい」
と言って、一方的に電話を切った。
群れる? バカ抜かせ。俺にとって、この世で一番嫌いな言葉を教えてやろう。つるむことだ。
弱い奴ってのは、とかく徒党を組みたがる。己が弱さを数で補強しようってんだから、御笑い草だ。自分の力を高めようとする努力を怠った者が、安易に頼る手だと、俺はずっと思って来た。まあ、UMTなんて卑怯な手を使って能力を増強している俺が言えた義理ではないのかもしれないが……。
なんて考えていると、
「君が、イチ君だね」
何やら鬱陶しいような声色が響き渡った。
「誰だ?」
俺が尋ねると、
「ここだよね、ここ」
声の主は、姿なき体をぴくぴくと揺らして、可笑しそうに必死に笑いをかみ殺していた。
「そうか。姿を消しているんだな。貴様、能力者だろう」
そんな風に言いながら、俺は静かに目を閉じ、力の脈動とその流れを察しつつ、「ここだ!」と思い切り攻撃を加えた。
すると。
「ぐはぁッ」
なんてみっともない悲鳴を張り上げながら、一人の男が哀れな醜態を晒していた。
「その程度の力じゃ、俺の目を侮ることはできないよ」
俺は、露骨なまでの上から目線で、少年のみっともなき顔をまじまじと見つめていた。
「いやいや、御見事だね。全く君は見事だね。噂と寸分違わぬ力量だね。いやはや、見事と言うほか、表現のしようがないよね」
世辞は要らん。見事だ、見事だと、そんなのは今更言われなくても分かっているのだ。
「あ、僕ね。岩倉ノボルって言うんだね。よろしくね」
岩倉ノボル。そう名乗った少年は、何やら仰々しく懐から名刺のような小さな紙切れを取りだすと、俺に手渡してにっこりとほほ笑んだ。
「僕の特技はですね、物まねって言うんですけどね。分かります? ありとあらゆる人の能力をコピーできるんだよね。まあ、僕が持っている力以上の力を使うことはできないんだけどね。それに、時間制限もあるんだけどね。とりあえず、君の『外見偽装』をコピーさせてもらったんだね。あしからずね」
聞いてもいないのに、ぐだぐだと説明を始める岩倉少年の顔を、俺は呆れたように睨んでやった。そう簡単に、初対面の人に己が手の内を明かすもんじゃないよ。もしも俺が、敵だったら、こいつどーするつもりだったんだろう? なんて思いながら、俺は岩倉少年から目を背けた。
「お前は、組織から派遣されてた能力者の一人か?」
と、俺がおもむろに尋ねると、
「そうだね」
少年はきっぱりと答えた。
「他には誰がいるんだ? 確か、後四人ぐらいいるんだってな。知ってるか?」
とりあえず、学校内に潜入している工作員たちの顔と名前と能力ぐらいは知っておきたい。そいつら皆出し抜いて、俺一人の力で事件を解決してやる……、なんて密かに考えている以上、情報は少しでも欲しいのだった。
「うーん。……知らないね」
迷い、考え、答えに至るまでにかかった時間はたったの三秒。もう少し考えろよ、なんて突っ込みながらも、「知らんなら、いーよ」と、俺は突き放すように言った。もとより、手助けなど借りる気はない。情報を知らないなら、岩倉ノボルとかいうとんちきな少年に用などないのだ。
「そりゃないよね、イチ君」
岩倉が慌てたように俺の側に迫ってきた。
「僕はね、組織の命令で君を助けるよう言われているんだけどね」
そんなの知るか。組織の命令なんぞ知ったことか。俺は俺のやりたいようにやる。それが結果として組織の利益になるのなら、組織の御偉方も文句は言うまい。
「そうはいかないんだよね」
岩倉少年は、じぃぃっと俺を睨んできた。
「これはね、ルイス先生の指示でもあるんだよね」
「ルイス先生?」
「そう。先生は組織の大幹部でもあるからね。その先生御自ら、私にイチ君の下で働くよう指示されたわけなんですよね。だから、僕はイチ君の下で働きますからね」
「……やめてくれ。俺はつるむのは嫌いだ」
うんざりとしたように、ため息を吐くと、それでもそんなことは知らぬと言いたげな岩倉少年は、
「じゃあ、イチ君は具体的にこれから何をすればよいか、分かっているですかね」
と、言った。