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第19話 現れた男

「あ、イチさん!」

 何事もなくなったかのように、平穏を取り戻していた学生寮の自室に戻ると、そこには、同様に何事もなかったかのように生活を続ける鷹司亜子の姿があった。

「た、ただいま」

 俺は相も変らぬ女子高生姿で部屋に入ると、ソファーの上に腰を下ろした。鷹司はと言うと、相変わらず料理に打ち込んでいて、楽しそうに時折鼻歌など漏らしていた。

「ねぇ、そう言えばさ、私、なんか最近変なんだよね」

 変? 唐突に彼女がそう切り出すものだから、俺なんかはびっくり仰天。もしや、彼女、催眠術が利いていないんじゃなかろうな。もしもカール・タナカ先生との間に繰り広げた大乱闘の一部始終を覚えているようなら……。いやいや、それはない。組織の能力者たちの実力を甘く見てはいけない。少なくとも、一日や二日で能力が解けてしまうような甘い技はかけないだろう。彼女がいくら能力無効化(マジックキャンセル)の使い手だろうが、関係ない。

 とは思うのだが、不安は不安である。もしも彼女が追及して来たら、果たして俺には抗弁できるのだろうか。弁舌能力は、さしてあるとは思えぬ俺なのだ。

「いやね、何かあったような気がするんだけど、忘れちゃったの」

 彼女はあっけらかんと笑った。

「絶対おかしいわ。でも、思い出そうとすると、変に頭が痛くなるのよね」

 そりゃそうだ。そういう術なんだから。

 と、俺は心の中で嘯きながら、とりあえず話の方向性を変えてみることにした。このまま同じ話題を続けていくと、変なところで墓穴を掘りかねないからだ。俺って人間は、それほどに起用ではないのだ。

「と、ところで、今日の晩飯……、ゆ、夕食はなに?」

 話題を変える、と言ったところでこの程度の話題しか出せぬところに、俺は少々やるせないものを感じざるを得なかった。

「え、あ、ああ。カレーよ」

「か、カレー」

「そう。イチさん、嫌いだっけ、カレー?」

 そんなことはないよ。カレーは大好きだよ。俺は慌てふためいた口調で、散々そう言っておくと、鷹司は実に嬉しそうな顔をして、

「じゃ、力いっぱい作るわね」

 なんて言っていた。



 男に戻りてー、と思ったところで、組織のお偉いさんから直々に命じられてしまった以上は無理なのである。今しばらくは、女の姿で通すより他に仕方がない。

 トイレにこもった俺は、そこにある鏡と睨めっこしながら、ハァと深きため息を吐いた。

「なぁ、ラン。いつになったらこの任務は終わるんだ」

 俺が深刻そうな表情をして尋ねると、

「さあな。あの先生をぶっ倒したら、終わるんじゃないのか」

 ランはいつになく淡々とした口調で、そう答えた。

「先生ねぇ。しっかし、おしかったよなぁ。あんなところで逃げるなんて反則だ。逃げなかったら、今頃、あいつは俺がとっ捕まえて、組織に引き渡していたろうに」

「さてね、それはどうか分からんよ。ちなみに、あの先生、あれで随分本気だったようだけれど、しかし全力じゃなかった。出そうと思えば、もっと出せたって感じだったぜ」

 ランはにやりと笑って、そう言った。

「知るかよ。俺だってまだ力は出せたよ。先生がどれだけの使い手だったとしても、俺の優位は揺らがない」

「ふふふ。お前の優位と言うか、そこのペンダントの力だよ。全く、この世にお前ほど卑怯で、無茶苦茶な能力者もいないだろうよ。全く、その宝具はチートすぎるんだ」

 そう言ってはため息を吐くランに、俺はムッとしたような顔をして、プイっとそっぽを向いた。言われなくても、それぐらいなことは分かっている。俺だって、UMTの力に頼らねばいけぬ自分に、それなりに不満を感じているのだ。

 自分の力は、純粋な自分の力とは言えない。UMT使いの能力者、って言葉の裏のは、UMTを使わねば能力を出せない能力者、という蔑みの意味合いが込められていることを、彼自身が重々承知していた。とはいえ、UMTを使えるのは、今現在、俺だけだ。ならば、それはそれで十分な能力と言えるだろう。それにだ。圧倒的な力を誇るUMTを使いこなすってのは、結構大変なんだぞ。

「分かってるさ」

 ランはにっこりと微笑み、「からかっただけだよ」と、言った。



 料理が出来上がったというので、俺は仕方なく、トイレから飛び出し、リビングに向かった。

 そこにはカレーが二つ置かれて、そのほか野菜とか、ジュースとかが所狭しと並べられていた。

「なんか、無駄に豪華じゃない?」

 と、俺が呟くと、

「そう?」

 鷹司はにっこりと笑うだけで、それ以上は何も言わなかった。



 席につく。

 料理を喰らう。

 確かに美味い。

 何だか最近、こういう生活に慣れてきたようで、少し調子が狂う。昔は、どんな生活をしていたろう。もっと雑で、汚くて、要するにサバイバル的な生活を過ごしてきたような気がする。

 俺自身がぬるくなってしまうようで、嫌なのだが、鷹司とこうやって笑いながら過ごす時間というのも悪くない。昔の生活では到底味わえなかった、幸せって奴なのかもしれない。



 翌日。

 俺と鷹司は揃って学校に出向き、授業を受けた。なかなか学校に来なかった鷹司を案じていた友人たちも、彼女の顔を見るなり、嬉しそうな顔をして、彼女の下に駆け寄っていった。

 何事もない、平凡な一日。平穏な時間。普通の空間。

 悪くない。

 そんな風に思いながら、授業を受けていた。

 そして、五時間目を迎える。俺は何となく黒板をぼんやりと眺めながら、教師がやってくるのをじっと待っていた。退屈な授業とはいえ、暇つぶしぐらいにはなる。もっと平凡で、平穏で、普通な時間というのを味わっておきたかった。

 すると……。

「遅くなった」

 そう言って入ってきたのは、カール・タナカと瓜二つの男だった。いや、カール・タナカそのものと言っていい。平然と、堂々と、俺たちの前の前に、その男はやってきた。

「なッ!」

 俺と三条は同時にすっくと立ち上がった。すると、

「君たち、何をしているのかね」

 俺たちのことなど忘れてしまったかのような顔で、そいつはジッと、俺たちの方を見つめてきた。

「私は、ルイス・タナカ。カール・タナカ先生が急な事情で退任なされたので、弟である私が後任を務めることになりました」

 お、弟だって? しかし、それにしても似すぎだ。

 俺は改めてジッとルイスと名乗る、その男を睨みつけていた。

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