第1話 ルームメイト
日本の女子高。
初めて見る。
ってか、俺は十七歳で、普通だったら高校二年ぐらいの年齢なんだろうけど、高校なんて行ってる暇もなかったから、学歴は中卒で止まっている。
だから高校を見ること自体が初めてであったりする。
とまあ、そんな俺が抱いた第一印象。
案外普通。
それだけ。
「何やってんの! 早く行くわよ。入学式、始まっちゃうわよ」
三条に急かされ、急ぐ俺。
体育館らしいどでかい建物に入って、席に座る。スーツ姿のおっさんとかおばさんとかがいっぱいいて、それに対して主役たる入学生は、当然女ばっかりなわけで……。
ってか、やっぱし馴れないな、スカートってのは。セーラー服そのものは、まあ別にいい。どうせ軍服みたいなもんだしな。
能力使って女子に化けてるから、まあ見抜かれるわけもないはずなんだけど、元が男だから緊張するぜ。何しろ何百人って女子の中で、男なのは俺だけなんだぜ。紅一点ならぬ黒一点? しかし、女子高っていう割に、教師たちは男ばっかなんだな。ちょっと安心? さっきから眠たくなるような呪文を延々と唱えている校長とかいう爺も、男だしな。
入学式とやらが終わると、俺は静かに学校を飛び出した。
寮ってのがあるらしい。競争倍率は結構高いらしいけど、そこはそれ。組織のコネってやつで、俺は特等室を宛がってもらったわけだよ。学校のすぐそばで、駅に近く、近くにはスーパーだって本屋だって、バッティングセンターだってボーリング場だってあるぜ。たまには女から解放されて、男っぽい遊びをするには不足ない場所さ。
なーんて思って寮に入ると……。
いやはや、当然なんだけど、女子寮なんだな。これが。
ちなみにルームメイト付き。そのルームメイトが男であるはずもなく、当然のようにそこにいたのは、女子だった。
「あ、君が私のルームメイト?」
彼女はにこりと笑って、軽くお辞儀した。俺の正体が男だなんて、ちぃとも思っていないようだ。ま、その方がありがたいけど。
俺は側にあったソファーに腰を下ろす。
うーん、気持ちいい。
考えてみると、俺のこれまでの任務ってのは、暗殺だったり、誘拐だったり、はたまた要人の護衛だったりと、あんまり楽しいもんじゃなかったな。こうやってのんびりソファーに寝転がれるのは、ありがたいよ。
と、思ったりしていると、側にいたルームメイトが、やおら服を脱ぎ始め、御着替えを始めた。俺は男だぞ! 男がいるのに、年頃の女が着替えなんてするな……、あ、そうか。俺は今、女だ。
既に女は下着だけの、あられもない姿になっちまった。ちょっと待て! 反則だ。俺は別に、見たくて見てるわけじゃねーんだよ。痴漢じゃないからな。
すると、女はブラジャーまでも取ろうとした。もうここまでくると、なるようになれとしか思えない。役得だ。ぐらいに思っておこう。俺に、こんな面倒くさい任務を任せた組織が悪い。これぐらいな特典がなけりゃ、やってられんさ。
すると、バタンッ!
突然、ドアが開いた。
「なに、やってるの?」
殴りこんできたのは三条だった。
俺は慌てる。なんて言おうか。慌てて眼を隠し、ソファーに顔を埋めた。
「お、俺は何もやってない。見てもないぜ」
もう演技もくそもない。声色こそ甲高いが、口調はどこまでも男っぽかった。いや、中身は男なんだから、男の口調と断言したっていい。
三条は俺をぎろりと睨みつけ、
「ちょっと来て!」
と、言った。
ルームメイトの女は、下着姿のあられもない姿で、きょとんと俺たちを見つめている。
「あ、あなた誰?」
彼女が三条を指さして言った。当然の質問だ。いきなり部屋に入ってきた女に、家主が「あんた誰?」と尋ねることに、何の矛盾があろう。
「こいつの……、い、いや、彼女の友達よ」
もちろん、俺が男だ、なんてことがばれたらいけない。だから三条は慌てて「彼女」ってところを強調しつつ、俺をしょっ引いていった。
「なにやってたの」
路地裏に連れられた俺は、ふと、かつあげされているいじめられっ子になったような気分がした。
「確かにあんたは女になったし、女子寮に暮らすことになったけど、だからってね。覗きは絶対駄目なんだからね」
分かっているさ。俺だって好き好んで覗き行為に及んだわけじゃないぜ。あいつが勝手に脱いだからいけないのさ。
「でも駄目なの。彼女が脱ぎ始めたら、あんたはすぐ自分の部屋に逃げ込みなさい。いーわね」
なんでだよ! せっかくの役得を見逃すなんて選択肢は、俺にねーぜ。いやぁ、ああいうメリットがあるんだったら、最初に言ってほしかったね。あんなの見せられたら、女に変装して女子高に乗り込むってのも案外悪くない。
「スケベ!」
三条がじとっとした目で俺を見てくる。フン! 男なんてもんはな、みーんなスケベなんだよ。十五歳以上になった男子のスケベ率は、限りなく百パーセントだぞ。まあ、例外もいるから、百パーセントとは言わんけどね。
少なくとも、俺はスケベだ。そして、それが健全だとはっきり言える。自分はスケベじゃない、なんて公言してる奴の方がスケベだってことは、数々の事例が明らかにしてるじゃないか。
「数々の事例って何よ?」
三条は相変わらず、俺をぎろりと睨んできた。
「とにかくね。駄目なんだからね。いーい。お目付け役の私の命令は、即ち組織の命令と同義と思ってちょうだい」
「わーかったよ」
俺は不貞腐れたような顔をして、仕方なく頷いた。まあ、確かに、覗かれる女性のことを思えば、覗き行為はやめたほうがいいと思う。俺だってそれほどに悪魔じゃないから、それぐらいの道理は弁えているさ。
キャァァァ!
いきなり響く悲鳴。
俺と三条は揃って駆ける。
すると、すぐそばの路地裏で、俺たちと似たような光景……、もとい、正真正銘、かつあげされそうになっているか弱き女子生徒を発見した。
いや、紛れもなくルームメイトじゃねぇか。
野郎数人が、彼女によってたかってなにやらいけないことをしようとしている雰囲気だった。
「やめろぉぉッ!」
俺は怒鳴る。さっき、覗きをしてしまったお詫びも兼ねて、彼女を窮地から助けてやらねばならんと思ったのだ。
「お、また美人が二人も」
男たちは、下品な顔をさらに下品色に染めて言った。
うーん。欲望に目が眩んだ男に見られる女性の気持ちがよくわかる。あんまりいいもんじゃないな。ってか、気持ち悪い。
「下がれよ、下種ども! もし下がらんなら、殺してやるぜ」
俺の顔は、おそらく他人から見ると滅茶苦茶怖くなってんだろうなぁ。何しろ、俺の眼光を見るだけで、どんな奴もびびってたからな。三条が言うには、「殺気のこもった目」で、上司が言うには「悪魔のような目」らしい。
ま、いずれにしても俺を相手にしたのが悪かったな。
お前らなんて、左手小指一本で倒してやらぁ。
ピカッと光って、それで終わり。
何とだらしない男たちだろう。俺が小指から出した光線一発でダウンしちゃうんだからな。格闘するまでもなかったじゃないか。
けど、助けるべきルームメイトまで気絶さしちゃったのはまずかったかな。まあ、眩い光で眼つぶししただけなんだけど、彼女、サングラスとかつけてなかったからなぁ。
とりあえず俺は、三条とともに彼女を部屋に運んだ。能力を使うことが許されるんだったら、一人でも運べたのに。宙に浮かべたら、それこそ小指一本で済む。
「バカね。そんなことしたら、私たちが超能力者ってばれちゃうでしょ」
三条はそう言って、くすくすと笑った。
「にしても、あんたってばほんと強いわね。あんなまぶしい光、見たことないわ」
閃光弾のような技『光閃』は、まあ超能力者なら使えて当たり前の、基本中の基本の技であるけれど、どれだけ眩い光を出せるかってところに、超能力者の技量が絡んでくるわけだ。
ま、俺様クラスになったら、それこそ視力を失うぐらいの光を放つことだって可能なんだぜ。ま、さっきは俺の持ってる力の20パーセントも出しちゃいなかったから、一日二日目が見えないぐらいで済むだろうけどね。
「俺は最強なんだ! 無敵なんだぜ」
胸を張って、はははと笑う。
三条は相変わらず「そうですね」と呆れたように苦笑いしていた。
俺は部屋に入り、ルームメイトの顔をまじまじと見ていた。
うーん、綺麗な子だ。三条も可愛いが、彼女はそれ以上だ。胸も三条よりはある。髪の毛はさらさらしているし、肌は透き通るように白い。
「うーん」
しばらくすると、彼女は静かに目を覚ました。彼女もまた俺の『光閃』を思い切り浴びてはいたけれど、まあ、俺が治療を施したから、既に視力は回復してるはずだ。
「あ、大丈夫かい?」
俺はそう言ってから、慌てて口をふさいだ。
「だ、大丈夫、かしら」
そうだ。俺は女性なんだ。女性らしい声を使わなくちゃいけない。
「う、うーん」
彼女はゆっくりと起き上がる。そして、
「わ、私、鷹司亜子って言います」
そう言ったかと思うと、彼女は再びソファーの上に気絶した。
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