第18話 戦い(後編)
戦いが終わって、しばらくたつ。
組織が派遣して来た部隊のおかげで、町は完全に元通り。気がつけば、さっきまで激戦が繰り広げられていた町とは思えぬくらいの呑気さで、人々はいつもと変わらぬ生活を繰り返していた。
ちなみに先生の行方は分からないんだという。どこをどう探しても彼の体は発見できず、今もなお組織による探索が続いているけれど、まあ逃げたんだろう。それゆえに組織の追撃部隊が彼の行方を捜すことになったが、彼の実力は俺が一番よく知るところだ。まず見つかるまい。
「先生は何で、こんなことを起こしたんですか?」
俺は疑問に思ったので、組織の幹部に聞いてみることにした。
「奴は分離主義者だよ」
幹部は淡々とそう答えた。
「分離主義者? 先生が?」
「そうだ。君たちをあの学校に送り込んで見つけてほしかった分離主義者のスパイは、彼だったんだよ」
まあ、そんなことだろうとは思ったけれど……。しかし、結局、あいつは何がしたかったんだろうね。この学校に潜入して、何が欲しかったんだろう。あれはこのUMTが欲しいって言っていたけれど、分離主義勢力も同一意見なんだろうか。今となっては俺以外の人間しか使えない最強宝具に、何の価値があるというのだ。
「その辺はまだ調査中だが、君にはこれから新たな任務を授けることにする」
幹部はそう言って、俺と、その側にいた三条の顔をぎろりと睨みつけた。
「奴の狙い、目的は調査中だが、UMTと鷹司亜子君の持つ能力が狙いであることは、まず間違いないだろう。使いようによっては世界を壊せるUMTと、やはり使いようによっては最強の武器となる能力無効化が使える鷹司君が同時に手に入ったら、分離主義勢力は一挙に優位に立つ。既に奴らの中の最も過激な奴らは、我ら組織に宣戦布告し、攻撃しようと考えているらしい。もしこの二つが奴らの手の内に入れば、過激派が分離主義者の実権を握るだろう。となれば、組織と分離主義者の間で戦争になる」
なるほど。そりゃ、大変な話ですね。
組織と分離主義勢力の戦争、か……。もしそんなことになったら、この世の中はどうなるかな。さすがに組織の修復部隊や記憶消去部隊も手が回り切らないだろうから、世間一般の人が能力者の存在を知るのも時間の問題だろう。もちろん世界だって壊れる。それこそ全世界が第二次大戦下の日本みたいな最悪な事態になるに違いない。
今のところ数では組織が圧倒的に分離主義勢力を圧倒している。抱えている能力者の比率は、組織が八、分離主義勢力が二と言ったところ。まあAクラス以上の能力者の比率となると、組織が七、分離主義者が三と少しばかり比率が変わるんだけれど、まあ、大局に影響はあるまい。しかし、もしここに俺と鷹司が加わったらどうなるだろう。勢力比率は一挙に分離主義者有利に傾くって理屈も分からないでもない。
「というわけで、君にはこれまで以上に鷹司君の警護に回ってもらいたいのだ」
警護、ね。ま、いいですけどね。ってことは何ですか。俺は再び、女装してあの学校に潜入し続けないといけないってことですかね。
「そういうことになるね」
幹部はあっけらかんと言ってのけた。
俺はハァとため息を吐いて、がっくりと肩を落とした。
「あ、そう言えば、鷹司さんの記憶はどうなりました?」
そう尋ねたのは三条である。
「それなら気にしないでくれたまえ。どうやら、誰かさんのおかげで完全に消された記憶も、誰かさんのおかげで完全に復活した。どうやら能力無効化も、UMTの前には無意味らしいな」
「……」
「記憶が完全復活してしまったため、今は、催眠術士たちが必死になって記憶を忘れさせているところだよ。どうやら催眠術なら効くらしいからね」
記憶を完全に消去するんじゃなくて、ただ催眠術を使って忘れさせるだけ、となると、ふとした拍子に思いだしかねないけれど、まあ、今となってはこれ以外の手もないんだろう。後は、彼女が思い出さないことを願うしかない。
「よいかね。おそらく逃げたカール・タナカは、君と鷹司君を狙って再び動き出すだろう。わが組織も全面的に君を支援するが、何としても奴の脅威から鷹司君を守り通し、そして奴を滅ぼせ。よいな。これは厳命だ。結果として、カール・タナカが死んでしまったとしても構わん。……いや、本気で殺す気でやれ。いいな」
随分と好き勝手なことを言ってくれる幹部だけれど、まあそれが命令ってなら遂行するだけだ。それに、鷹司にはいろいろと思い入れがあるしね。
「それと、いざとなれば、同様にあの学校に潜入させてあるスパイたちと手を組むと良い。これがリストだ。後で目を通しておけ」
そう言って幹部が手渡したのは、小汚い茶封筒だった。随分とくちゃくちゃになっているような気がしたが、まあ読めればいいので気にすまい。
「大変なことになったわね」
と、三条が第一声。
「まあな」
俺は静かに頷いた。
「でも、やっぱりあなたは強いわね」
改まったような三条の声色に、
「当たり前だろ」
俺はきっぱりと頷き、「ははは」と胸を張って高笑いした。
「でもね、あんたは少し自信過剰過ぎよ。もう少し慎重に戦わないと、次は負けちゃうかもしれないんだからね」
笑ってはいるが、今にも泣き出しそうな顔だ。必死に強がっている顔といえばわかりやすいだろうか。俺はなぜ彼女がそんな顔をするのかわからなかった……、わけがない。なんとなくわかった。けれど、俺は俺で結構強がりなので、
「ふん。負けなんてあるもんか。油断しようが、俺に勝てる奴なんて、この世には存在しないんだよ」
と、言ってしまった。こういうときは、「わかった」と素直に答えておくべきだったんだろうけど、生憎俺にはそれほどの素直さはなかった。とりわけ、三条の前に立つと、いつも不必要なまでに強がってみたくなるのだった。
「そんなこと言っていると、本当に死んじゃうかもよ」
三条は笑いだした。その眼に溢れていた涙も、既にない。
「死なないさ。俺は不死身だ」
俺もまた大いに高笑いした。三条の笑っている顔を見ていると、なんとなく力が湧いてくるような感じがした。
「ところで、先生は強かった?」
少しばかり悲しそうな顔をして、そんな風に言う三条の顔をちらちらと眺めながら、俺は「うーん」と考え込んだ。まあ、強かった。弱いとは言わないさ。
「ただ、何となく無理してた感じかな」
「無理?」
「ああ。無理やり力を行使していたって感じ……。あれが先生の本当の力ってわけじゃないだろう。先生の力はもっともっと弱いはずだ」
「どういうこと?」
どういうことと聞かれても、俺にはさっぱり分からないのだ。何らかの術を自分にかけているとしか言えない。
「ただ、ああいう風に力を出してたら、随分と自分の体に負荷がかかるんだろうな、とは思うけどね」
「負荷、か……」
そこまでして、こんなUMTが欲しいのかな? 製作者の子たる俺が使わなければ、何の力もないというのに。
「もしかすると、奴にはUMTを使うことができる秘策があるのかもしれん」
不意にランがそう言うと、
「あるいは、イチ君が知らぬだけで、奴もまた血筋を受け継いでいる可能性もある」
三条のパートナーたるシーザーがおもむろにそう答えた。
確かにそうかもしれない。いや、そうでなければ、彼が必死になってUMTを求める理由が分からない。おそらくそうなんだろう。だとしたら、奴には絶対UMTは渡せない。ってか、奴は何としても叩き潰さないといけない。この世の中で、UMTを使えるのは俺一人で十分なんだ。
そう思って、俺は静かにため息を吐いた。
何となく、面倒くさいことになりそうな気がした。