第17話 戦い(中編)
死んだかな?
粉々になっちゃったかな?
と思って、じぃぃっと爆心地のほうを眺めてみると、どうやら先生は辛うじて防ぎきったようだった。あらゆる力を防御結界に回した結果、文字通り辛うじて助かったって感じ? とにかく体中に傷を負って満身創痍だし、とても戦えるような状態には見えなかった。
「先生! 降伏するなら降伏してもいいんだぜ」
既に『外見偽装』が解けて久しい。外見だけでなく声色も女から男に変化し、まあそれはそれで違和感を覚えないわけでもないんだけれど、結果として女のような口調をしなくてすんだのは気楽でよかった。やっぱ、俺はどこまでいっても男なわけで、女になり済ますってのは、いくら馴れても辛いのだった。
「降伏、だと」
先生がこっちをぎろりと睨んで、
「笑止! 誰がするものか! 貴様如きに降伏したとあっては、末代までの恥だ」
なんてあらん限りの力を込めて叫んでいた。
ま、やりたいんなら、やってもいいさ。既に力が出せる状態とも思えないけれど、まあいいさ。戦いたいなら戦ってやる。けれど、間違っちゃいけないよ。先生に勝ち目はない。これからの戦いは、圧倒的優位に立つ俺が、圧倒的劣勢に追い込まれた先生を徹底的に叩き潰すだけの戦いなんだからな。
再び戦いが始まった。
先生の不屈の闘志には、全く頭が下がるね。確かに先生は圧倒的に強いけど、俺のほうがもっともっと強かったわけで……。これだけの戦力差を見せられても、なお戦おうとする先生に、俺は結構驚いていた。
すると。
「おい、油断するな!」
ランの怒声が響く。俺はハッとして、先生の方に目をやった。
「お、おい。あ、あれってまさか……」
地上で辛そうに唸っている先生の周りから、にょきにょきにょきと騎士のような男たちが無数に姿を表した。どこかで見たような光景……、ってか、つい先日見たような光景だった。
「ま、まさか……」
俺が呆然としていると、
「『幻影軍団』だな」
ランは淡々と答えた。
幻影である騎士たちは、みるみるうちに急激に増えていった。んなあほな、って突っ込みたくなるぐらいの数だった。千、二千、三千……。最終的に六千近くに膨れ上がっている。
「騎士の幻影軍団……、ってことは、この前、町で暴れた幻影たちの黒幕ってのは……」
と、呟けば、
「あいつで決まりだな」
ランが素早く頷いた。
「イチ君! 今回の幻影軍団は一味違うぞ」
先生が怒鳴っている。その勝ち誇ったような声色が、俺には気に入らない。
「雑魚が六千も集まったって、俺には勝てん」
怒鳴り返してやると、
「そうかな」
先生はにやりと笑っていた。
攻撃が始まる。
騎士軍団は宙を舞うと、俺の方目指して思い切り突撃して来た。だから俺は、動かず騒がず、自らの周りに強力な防御結界を張っておいたんだけれど、騎士たちが地道に結界を壊し始めたので、俺は慌てて逃げ出した。
「くそッ! あいつら、結界中和の術をもってやがる」
とりあえず逃げる。六千の敵が追ってくるのだ。まずは逃げつつ、各個撃破するしかない。
「きりがないな」
一人一人一人一人と敵を倒してみても、それを六千回繰り返すってのは結構めんどい。まあ、俺も幻影軍団を起動させればいいんだろうけど……。しかし、起動させるのに少しばかり時間がかかるのだ。おそらく、先生がそんな時間を与えてくれるとも思えなかった。っていうか、多分、俺が幻影軍団を起動している時間に攻撃するって策を立てているに違いないのである。
なら、どでかい光球でもぶつけて一挙に吹っ飛ばすって手もなくはないけど、既に六千の騎士たちは、自由自在に分散しており、これを一気に吹っ飛ばそうと思えば、できなくはないけど、町全部が吹っ飛んじまうだろう。さっきぶっ放した光球の、少なくとも四倍の力がいる。
「まずは敵をひきつけろ!」
と、ランが怒鳴るので、
「どうやって?」
忙しなく空を疾駆しながら、俺はそう尋ねてみた。
「まず、町の中心部に行け! ビル群があったろう。そのあたりなら、騎士たちは密集隊形を取らざるを得ない。そこを叩けばいい」
肩の上にのっかる小動物の的確な献策に従い、俺は町の中心部へと向かった。どうせ、今の俺の頭じゃ、どう考えても良策なんてのは思いうかばないから、ランの策に従っておいても問題はないだろう。
「敵を集結させたら、一挙に光球をぶつけてやれ」
いーのかな、と少し思わないでもないけれど、まあいいさ。町なんか一つや二つふっ飛ばしても、組織が必ず直してくれる。
やがてビル群に辿りついた俺は、そこで敵が集結するのを待ち、ある程度集まったのを確認すると、思い切り大爆発をぶつけてやった。
凄まじきエネルギーが町全体を包み込む。少なくとも、この周辺は悉く粉砕した。まさしく廃墟。モダンなビルたちも、こうなってしまうと、ただの瓦礫の山に過ぎなかった。
改めて見ると、密集隊形を執って俺を包囲していた騎士たちは、悉く吹っ飛んでいた。見るも無残に、首と胴が離れてしまった奴もいれば、それこそ跡形もなく吹っ飛んでいる奴もいた。
まあ、これで全部じゃないわけだけど、六千のうち二千以上は削った。
「それでも二千程度か」
ため息交じりにぼやいて見ると、
「術者を倒さんと、話にならんな」
ランもまた応じた。
ってか、術者ってどこよ。さっきまで近くにいたはずの先生は、俺が騎士たちと凄絶な追いかけっこを繰り広げている間に、何処かへと消えてしまったようだ。
「油断するな。姿を晦まして、不意討ちを仕掛けてくる策かもしれないぞ」
分かっているさ。気配を消す、なんてことは戦いにおいては常とう手段のようなもんだからな。
とりあえず防御結界に力を注いでおけばいいだろう。こうしておけば、不意討ちされてもダメージは最小限に抑えられる。まあ、攻撃力は若干下がっちゃうんだけれど……。
ま、騎士どもを撃破するに問題はない。
俺はその腕に蓄えたエネルギーを次から次に迫りくる騎士にぶつけて、彼らを吹っ飛ばした。全くきりがないんだけど、仕方ないじゃないか。まずは、こいつらを何とかした後に、術者たる先生を見つけて、今度こそ木端微塵に吹っ飛ばして見せるさ。