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第14話 冷たい現実

 俺はいつものように学校に登校し、見慣れた廊下をしばらく歩いてクラスに入ると、端っこのほうにあるわが愛すべき席に腰をおろして、授業に臨んだ。

 教師たちが、相も変らぬ意味のない、ぐだぐだとした言葉を吐き続けている中、俺はなんとなく窓越しに広がる外の世界をぼんやりと眺めていた。何で空は青いんだろうか、とか、何で太陽はあんなに眩しく丸いんだろうか、なんて意味のないことをじっくりと考えているあたり、自分はよほど暇なのだろうと思う。だからといって授業をまともに受ける気なんて毛頭ないから、終了のチャイムが聞こえるまで、俺はひたすら物思いにふけることにした。たまにはこういうまったりとした時間を過ごすのも悪くないかもしれない。何しろこれまでの俺は、何かにつけて忙しすぎたかもしれないからな。何をするでもなく、ぼんやりと空を見上げていられる時間なんて、そう滅多にあるもんじゃない。

 休憩時間になると岡田、前原、長妻、あるいは三条といった悪友たちが俺の周りにやってきた。昨日のドラマのこと、ファッションのこと、あるいは教師に対する不満など、まあ、言ってみればこれ以上ないほど無意味な会話を繰り返すだけであったが、これはこれで慣れてくると楽しいものだった。


 朝はいつものようにやってきた。そして昼となり、夜へと向かっていく。

 クラスもいつもと変わらぬ日常を繰り返している。クラスのメンバーたちは、変わることなき笑顔を浮かべて喋っていたし、時計は相変わらず淡々と時を刻んでいた。

 既に女装して過ごす日々にも馴れた。時折、俺は自分が男であったことも忘れてしまうぐらいだったし、実際、あれだけ鬱陶しかった長い髪も、今ではそれほど気にならなくなっていた。

 

 女として過ごし、女として食べ、女として喋る。


 いつもと変わらぬ空間。当たり前の日常。

 

 しかし。


 そこにあるべき人影は、一つだけ足りなかった。ふと隣を見ると、主人を失った座席と机が、寂しそうな顔をして、喧騒の中にぽつねんと突っ立っていた。

 



「ねぇ、今日鷹司さんは?」

 岡田が尋ねてきた。ルームメイトなんだから、俺に聞いた方が手っ取り早いと思ったのだろう。

「あ、か、風邪引いたみたい」

 一応そう答えておく。

 しかし、力はない。目を背けて、淡々と呟く。

「風邪かぁ。それじゃ仕方ないね」

 そう言って、岡田は風のように颯爽と立ち去ってしまった。俺はその華奢な後ろ姿をぼんやりと見つめている。

 すると、三条が近寄ってきた。彼女は彼女で、重苦しい顔をしている。

「どうするのよ?」

 今にも泣き出しそうな表情だ。

「どうするって知らん」

 俺は自棄気味に吐き捨てた。

「……このまま風邪って偽り続けるわけにもいかないでしょ」

 無理もないとは思うが、三条はらしくなく落ち込んでいた。一方の俺は、直接手を下した割りに、案外冷静だった。ま、自分でも非情だとは思うけれど、やっちまった以上、仕方ないじゃんと開き直っていたのだ。まあ、悪いことだとは思っていたけれど……。

「それで、組織から連絡はあったか? 回復術者を寄越してくれるよう頼んだんだろ」

 俺がそう尋ねると、三条はその眼に浮かんだ涙を拭って、

「え、えーと。それが組織に連絡を取ったんだけど、彼女にかかってる術が凄まじく強くて……、強すぎて、そう簡単に回復させられないみたい」

 と、言った。

「強すぎて、ねぇ」

 全く他人事のように呟く俺を、

「あんたが力を強めすぎたから、あーいうことになったんでしょ!」

 睨みつけるようにして怒鳴る三条だった。

 その凄まじき大声に、クラス中が一瞬にして静まり返る。皆が皆、こっちをじっと見つめていた。「どうしたの?」と、岡田や前原たちが不思議そうに尋ねてきたが、

「な、何でもない」

 と、三条は必死になって首を振ると、おもむろに俺の裾を引っ張って、人気(ひとけ)の少ない四号棟のほうへと走り出してしまった。



「それでどうするの?」

 三条がじとっと俺を睨んでいる。

 不気味に冷たい四号棟の風が、俺の肌を撫でるように吹き抜けた。

「あんたが悪いのよ」

 って、俺のせいかよ!

「そうよ。あんたが悪いんでしょ! あんたがもう少し加減してたら、あんなことにはならなかったんだから!」

 そう言われると、俺も少々答えに困った。

 確かにもう少し加減すべきだったのかもしれない。けれど、加減してたら、あいつには力が通じなかったかもしれないじゃないか。何しろ、あいつはお前の術だって弾き飛ばしたんだぞ。生半な力をぶつけても意味がない。なら、俺が持つ全力を注いで、強引に術をかければ、少しは効果を出すことができると思ったんだ。まあ結局、俺の力は強すぎて、必要以上に効いてしまったようだけれど……。しかしそれは結果論であって、仕方ないじゃないか。あのときはこんなことになるとは思わなかったんだから。

 なんて心に思いながらも、けれど口には出さなかった。それが言い訳に過ぎないということは、ほかならぬ俺がよくわかっていたからだ。本当のところを言ってしまえば、俺は自分の力を試してみたかっただけなのだ。全力を注いだら、あるいはこうなるかもしれないことはなんとなく想像がついていたのに……。

 三条の力すら通じなかった奴なら、俺の全力を注ぐに値する相手だと思った。実際、俺は、自分の全力というものを見たことがない。自分で言うのもなんだが、これまで俺は自分の持てる全力を注いだことなんてなかった。口では「これが全力だ」と言っても、必ずどこかに余力を残していた。そして、それで敵は皆倒れていった。だから俺は全力を出す必要性がなかったのだ。

 けれど、俺は自分の全力がどれほどのものなのか、一度でいいから知りたかった。そして、今、あいつになら俺の全力をぶつけられる。ぶつけてもいい大義名分だってある。俺は興奮した。ようやく、俺は自分の持てる全力を使えるんだ。そう思うと、はじめのうちは調整しなければダメだと思っていても、途中から制御が利かなくなった。

 だから俺は思い切り全力を注いだ。それこそ容赦なく全力をぶつけた。そこに彼女を思いやる気持ちなんて、どこにもなかったのだ。



 俺と三条の会話が途切れる。

 チャイムが鳴っているような気がしたが、俺たちは構わず、四号棟三階の廊下に立ちつくしていた。

 しばらくの時間が流れて、口火を切ったのは三条だった。

「組織は、世界最高峰の技術を持つ回復術士を送り込むって言ってきたけど……。何しろ彼女は鷹司会長の御令嬢だからね。でもさ、あんたが回復呪文をかけたらどうなの? いつ来るか分かんないうえに、成功するかも分かんない回復術士の到着を愚直に待つより、よほど生産的だと思うけど。……あんたの力で、あーいうことになったんだから、あんたの力なら解除できるんじゃないの?」

 彼女はしきりに俺の顔をじろじろとみつめてきた。

 けれど……。

 すまん。俺はお前と違って、自他ともに認める典型的な攻撃特化型能力者であって、治癒能力とかそういうサポート能力はあまり得意じゃないんだ。特に、回復能力は俺が最も不得手とするところだ。だから、専門家たる回復術士たちの到着を待つのが無難だろう。

「そんなこと言ってないで、ちょっとは試してみなさいよ。あんた、鷹司さんをずっとあのままにしておくつもり!」

「……そ、そうは言ってないけど」

 治癒術ってのは、術式構成がちまちましてて面倒くさいんだ。攻撃術だったら、能力を使って力をかき集め、それをただぶつけたり、飛ばせばいい。面倒くさいことは一切ない。けれど、回復系の術など、サポート系能力は小難しい技術を必要とするので、面倒臭がりの俺はあまり好きじゃなかった。

「だったらやるの。やり方ぐらいは分かるでしょ」

 そりゃ、分かる。分かるけど、やれるかどうかは保証の限りじゃないぞ。

「それでもいーの。何事もやってみなければわからないでしょ」

 ま、確かに何事もやってみなけりゃ分からんさ。だけどさ、不得手な人が能力を使うと、変な副作用が発生するかもしれないんだぜ。なんて俺は心の中に思いながらも、とりあえず三条とともに俺の寮へと歩くのだった。



 西の空が紅蓮一色に染まっていた。

 かぁ、かぁ、かぁと物悲しいカラスの鳴き声が響き渡る。

 寮に着いて、いつものように部屋に入ると、そこには、いつもと変わらぬ鷹司亜子のぎこちない姿があった。華奢で、ちっちゃくて、髪はすらっと長くて……。可愛らしい後ろ姿だった。

 俺はね、その小さな背中に、いつもの彼女を見ていたつもりだったのさ。いつものように笑って、いつものように「ご飯だよー」と楽しそうに呟く彼女の姿。何と言うことはない、普通の鷹司亜子を、そこに見ていたつもりだったのだ……。

 けれど、それが幻想に過ぎないことは、次の瞬間、冷酷に俺の目の前に突き出されてきた。

 俺と三条が、一歩、一歩と足を踏み出す。学生寮にしては随分と広い部屋ではあるが、彼女の下までそれほど距離があるわけじゃない。俺は彼女がいつものような顔をして振り返ってくれることを期待して、「ただいま」と言った。

 すると、鷹司亜子は、俺たちのほうに振り向いて、こう言った。


「申し訳ありませんが、あなたたちは、誰ですか?」


 と。

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