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第12話 記憶消去

 ちょ、ちょっと待てーッ!

 な、なんで鷹司が今日の事件を覚えているんだ? 組織の奴らが完全に記憶を消去したはずじゃなかったのか。爆発事件が起きて以後の記憶は完全に消し去ったはずだぞ。

 しかし、鷹司は深刻そうな顔をして、

「あの爆発とか騎士っていったいなんだったのかしら?」

 なんて尋ねてきやがる。そりゃまあ、普通の生活をしていて爆発なんかに遭遇することなんて滅多にないし、まして武装した騎士の軍団を見ることなんてありえない。だから鷹司の疑問もわかるんだけど……、わかるんだけれどもだ。なんでお前はそのことを覚えているんだ。お前も含めて能力者以外の全員の記憶を消したはず。組織の記憶消去部隊が鷹司を見逃すなんてありえない。

「え、そ、そんな事件あったっけー」

 俺はとぼけてみせる。ってか、こういうときどういう対応をとればいいんだろう。俺は側で飯を喰らっていたランに目配せして助けを求めたが、彼もまた困ったように目を背けて、念話(テレパシー)にて俺の心の中に『善処を求む』と言ってきた。

 ぜ、善処って言われても……。

「そんな事件あったっけって、あったじゃない! イチさん、忘れちゃったの?」

 鷹司の鋭い視線を浴びていると、俺はなんて返せばいいのか分からなくなった。

「でも、まあ、なんだか皆知らないって言うのよね。岡田さんも前原さんも、三条さんだって……」

 悲しげな顔をして俯く少女の様を見て、俺もまた何ともいえず悲しくなった。

「でも確かに私は見たのよ。聞いたのよ」

 はっきりときっぱりと言い切る彼女を見る限り、彼女の記憶は鮮明であると言わざるを得なかった。

『記憶を消すか?』

 念話を使って、ランと交信する。どうせ一人で考えていても打開策なんて思いうかばんのだからな。

『いや、お前の記憶消去は危なすぎる。彼女を記憶喪失少女にするつもりか?』

 咎めるようなランの物言いに、『それ以外の方法があるのかよ』と返す俺。

『いや、ない、といえばないし、あるといえば……』

 どっちだよ! ランらしくもない優柔不断に俺は少々呆れた。とはいえ、俺だって記憶消去の術なんて使いたかねぇよ。へたすりゃ、彼女の持っている記憶の全てを吹っ飛ばしてしまうかもしれないんだ。そう言えば、この前、俺が記憶消去した奴は、基本的な知識すらも失って、赤子同然の状態になっちまったかな。

「ねぇ、さっきからどうしたの?」

 鷹司が不思議そうな顔をして尋ねてきた。

「箸が動いてないけど……」

 少しばかり悲しげな、哀愁を帯びた顔を見ていると、俺の中にもいろいろと迷いが生まれてきた。これでいーのか? 本当にこいつに記憶消去なんてやっていーのだろうか。

「あ、美味しくなかった?」

 鷹司が、見上げるように俺の顔を見つめてきた。

「べ、別に……」

 俺はやけ食いでもするかのように、行儀悪く食事を口の中に放り込んだ。

「で、でさ、今日のあれっていったいなんだったの? 私さ、途中から意識を失って、そこから先のことを知らないんだけど……」

 催眠術のほうはしっかりかかっていたのかな? 俺はいろいろと考えながら、何と答えるべきか必死に悩んでいた。全部打ち明けるって手もなくはないけど、会長さんはどうやら彼女にできる限り普通の生活を送ってもらいたいって言っていたしなぁ。会長さんの御気持ちに背くような真似をしていーんだろうか。

「いや、多分、それ夢だよ。夢。よくあるじゃん。夢と現実がごっちゃになっちゃうときって。夢の内容がよりリアルだとさ」

 こんなんでいーのかな、と思いたくなるぐらい雑な弁明であったが、今の俺にはこれぐらいのことしかできなかった。後はひたすら『夢』で押し通す。それでも彼女が考えを改めないなら、仕方ない。記憶消去の術をかける。

『援軍を求めるって手もあるぞ』

 そこに、ランの声が聞こえてきた。

『隣の部屋に三条がいるだろう。あいつはそういう術は得意なはずだ』

 ランはそう言って、俺の顔をじっと見つめている。

『三条、ねぇ……』

 確かにあいつなら、そういう小難しい技は得意だろう。実際、催眠術とか囲い込み(エンクロージャー)とかそういう技だと、俺より遙かに上手いからな。

『そうだな。三条を呼ぼう』

 俺がやるよりはいいだろう。

『じゃあ、俺っちが呼んでくるよ』

 ランはそう言ったきり、既にそこにはいなかった。俺はというと、相変わらず疑念の表情を浮かべたまま、「うーん」と唸っている鷹司と必死に対峙していた。



 土産物があるんだーって理由で強引にわがルームにやってきた三条は、ランからひとしきりの事情を聞いていたらしく、やってくるなり、鷹司亜子の顔をぎろりと睨みつけた。

「で、鷹司さんはありもしない爆発事故があったって思ってるのね」

 相変わらずきつい言い方だ。もっと言い方を考えろよ。鷹司さんはお前と違って繊細なんだぞ。

「知らないわよ。とにかく、鷹司さんはありもしない爆発事故と、ありもしない騎士を現実だって思いこんでる。……バカなんじゃないの!」

 きっぱりと言い切って、三条は鷹司と対峙した。鷹司はというと、彼女もまたなかなか肝が据わっていて、「私は見ました!」と断言するなり、三条の眼光に負けじと鋭い視線を送っていた。

「ねぇ、鷹司さん。爆発事故があったっていうなら、何でニュースになってないの? 騎士が現れた、なんてことマスコミが取り上げないわけないでしょ! それに、爆発事故があったっていうのに、町で壊れた場所ってあった?」

「……」

 黙る鷹司。そりゃそうだろう。実際、爆発事故とか騎士の襲来とか、そういう事実は悉く組織によってもみ消されていたんだから。公式には、そんな事件はなかった、ってことになっている。壊された街並みは、組織の力で完全修復されたし、他の人の記憶も組織に拠って消去された。なぜか鷹司だけは覚えているようだが。

「ね、それはあなたの夢よ。夢と現実をごっちゃにしちゃ、精神異常者と思われちゃうわよ」

 ひどい物言いだ。だが、それぐらいの厳しさで言いきってやるのも本来必要なのかもしれない。三条はその後も手厳しい口調を並べ立てて、それは夢だ。それは幻だと言い続けていた。

 そして、鷹司亜子が「そうかも」と、呟いた隙を見逃さず、三条は何やら妙な呪文を唱え始めて、ぼんやりと虹色に輝くその右手を、鷹司の額にあてたのだった。

「え?」

 驚く鷹司を尻目に、三条は右手に力を込める。すると、虹色がドクドクと波打つように彼女の腕を伝って、鷹司の頭に注ぎこまれていく。

 数十秒がたつ。

「ふぅ」

 三条がため息を吐いた。終わった、という意思表示をする彼女に、俺は静かに「そうか」と頷いた。

 もう、これで彼女はあの時の記憶を覚えちゃいないだろう。一安心だ。これで、ようやく美味い飯にありつけるってもんだ。

「ご飯ですって!」

 三条がぎろりと俺を睨んでくる。

「あんた、鷹司さんといっしょに食べてるの!」

 そりゃまあ、ルームメイトだしな。

 三条が押し黙る。俯いたまま、なんだか不満そうに顔を歪めていた。ま、俺はそんな彼女に構わず飯に手をつける。あーあ、すっかり冷めちまった。


 すると……。


「ねぇ、今、なにをやったの?」


 それは鷹司亜子の声だった。


「ねぇ、さっきの虹色の光って、なんなの?」

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