第11話 疑惑
「いやはや、君は何でもありだね」
援軍部隊の一人として駆けつけてきたカール・タナカ先生は、すっかり元通りに戻った世界を見て、「ははは」と苦笑いした。
「それにしても、『幻影軍団』など使って、あなたたちに攻撃を仕掛けてきた奴なんて、誰なんだろうかね?」
相も変らぬ鼻に付く口調で、ニタニタ笑いながら呟く先生に、俺は苦笑いしながら、すっかりぼさぼさになった長い髪をはらって、スカートの裾を整えた。
「はっはっは。ま、何事もなくてよかったよ。君には何と言って感謝したらよいやらわからんね。あ、そうそう。奴らの狙いは鷹司君だったようだが、彼女には何か特別な力でもあるのかね? 我らが組織の最大スポンサーたる鷹司グループ会長の御令嬢であるとは聞いていたが、能力者であるとは聞いていないが……」
知らんね。会長さんか、あるいは事情を知っていそうな組織の上層部にでも聞いてくれ。それにだ。何でお前が、あいつらの狙いが鷹司だってわかるんだよ。お前は現場にいなかったろ。俺がほとんど敵を片づけてから、のこのこ現れた分際で、何であいつらのターゲットが鷹司亜子だったと断言できるんだ。
と、心の中で呟いておいて、しかし口には出さない。なんか、こいつからは妙な感じがするんだよね。危険な匂いというか、不穏な感じというか。……ま、気のせいだろうけど、胡散臭いことに変わりない。
「ま、とにかく気を付けたまえよ。私の調査によれば、裏切り者は案外君たちの近くにいるかもしれない。せいぜい君も、その力に過信することなく、裏切り者の摘発に全力を注いでくれたまえ」
なんて言いながら、先生はからからと笑った。
先生が不敵な笑みだけ残して立ち去ると、俺は再び普通の女子高生に戻って帰路についた。
「なーんかあったような気がするんだけど、思い出せないんだよね」
先ほどから、しきりに首を傾げながら呟く岡田や前原たちを尻目に、俺はいろいろと物思いに耽っていた。ちょっとやりすぎたかな? とか、鷹司の能力っていったい何なんだ?
確かに、あのゾンビ野郎は鷹司を狙っていた……、ような気がする。いや、間違いないだろう。ゾンビ野郎の血に飢えた真っ赤な目を見ていたら一目瞭然だ。あいつは確実に鷹司を狙っていた。まあ、殺そうとしていたのか、誘拐しようとしていたのか、なんてことは分からんけどね。
「まあ、鷹司さんが狙われていたにせよ、いないにせよ、どうやら私たちを取り巻く状況はあんまり芳しくないようね」
三条の言葉に、
「まあな」
俺は静かに頷いた。
寮に戻る。
俺は自室に戻って、布団の上にごろりと寝転がった。
考えないといけないことはいろいろある。内通者のこと、あのゾンビのこと、鷹司のこと……。
「なぁ、あんまり詳しいこと分からんのだけどさ、分離主義者ってそもそも何なんだ?」
俺はふと頭の中に浮かんだ疑問を、率直にぶつけてみることにした。初歩級の質問であるとは分かっていたが、まずそこから整理してみないと何も分からないような気がしたのだ。
んで、答えるのは例によって、愛すべき物知り参謀のラン様であった。
「分離主義者ってのは、文字通り、組織から分離して独自の新組織を作ろうとしている奴らのことさ」
いや、まあ、その程度のことは俺でも知ってるさ。要は、何でそいつらは組織を離れようとしているのか、そのあたりの事情を俺は知りたかった。
「ま、要するに、組織の穏健路線に反発しているのさ、連中は」
「穏健路線に反発?」
組織ってのは穏健路線をとっていたのか? っていうか、穏健路線って何に対して穏健なんだ? 戦闘バカで、組織上層部で繰り広げられている政治的対立なんかにゃ全く興味を持ってこなかった俺には、一から十までさっぱり分からなかった。
「無知な奴だな。少しぐらい所属している組織のことぐらい知っておけ」
これからはそうすることにするよ。ちょっと俺は無知過ぎた。
「まあ、いい。とにかくだ。我々能力者の本来の使命は、その特殊な力を使って一般社会を陰ながら支えることにある。ま、お前のように裏の仕事に携わっている奴もいないわけじゃないがね」
そんなことは俺だって知っている。とりあえず能力があると判明してから数年間、組織の教育部門で徹底的に叩き込まれたからな。能力者が能力者として成すべきイロハって奴を。
「しかしだ。中には悪いことを考える奴もいる。その能力を使って、一般社会の支配を目論んだりする奴も、中にはいるのさ」
「支配!」
「そう。実際、Aクラス以上の能力者を全員集結させて、一般世界に宣戦布告したら、まあ、俺たちが勝つだろうさ。ある研究者が出したデータによると、A級能力者全員の力を合わせると、アメリカ合衆国軍に倍するそうだ」
「米軍の倍?」
ほんとかよ? と、ちょっとばかり半信半疑な顔をして見せる。
「とにかくだ。今の組織の上層部は、一般社会との協調を基本路線にしている。一方、過激な奴らはそう言う上層部のやり方が気に入らない。だから組織を離れ、新組織を作って、一般社会に宣戦布告するつもりでいるのさ。だが、そんなことをされたら組織も困る。だから組織は分離主義者たちを徹底的に弾圧している。お前だって、分離主義者の幹部を何人か暗殺したことがあるだろう」
「……まあね」
まあ、俺の場合、そういう政治的事情なんて一切知らずに、ただ組織の幹部から「こいつを殺れ」って言われたから殺しただけ。
「こういう組織中枢からの弾圧に対して、分離主義者たちも黙っちゃいない。ってなわけで、両派は睨みあいを続けている。今んところ、組織側が圧倒的に優勢だから、分離主義者たちも何一つ行動に移せていないが、いずれ奴らも暴走するだろうさ」
ランは淡々と言いきって、机の上に放り出されてあったクラッカーをバリボリと美味しそうに喰らっていた。俺はと言うと、布団の上にごろりと寝転がったまま、別段することもないので目を閉じた。ま、疲れたしな。このまま眠るのも悪くない。
「ご飯だよー」
という鷹司亜子の甲高い声に、俺は飛び起きた。
既に辺りは真っ暗だ。時計を見ると、午後八時を指している。結構、遅い。
「ごめん! 私もちょっと寝ちゃってて」
テヘッと額に手をやる彼女の仕草が、何ともいえず可愛らしい。鷹司は台所からいそいそと完成された料理を持ってきて、比較的小さな食卓に並べた。
俺と鷹司の二人はいつものように席に付き、「いただきます」と言って箸をとった。既にランは好物のペットフードをがっついている。彼に負けじと俺も思い切り喰らってやろうと、料理に手を伸ばした瞬間、
「ねぇ」
と、鷹司が神妙な顔をして言った。
「今日さ、町でさ、突然爆発があったじゃない! それでさ、次の瞬間には、なんだろう。西洋の騎士みたいな集団が現れたじゃない。あれっていったいなんだったの?」
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