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第10話 市街戦(後編)

「ね、ねぇ、なにやってんの?」

 三条の声が遠くから聞こえる。

 知らん。

 お前はとりあえず、鷹司を守ってろ! もしかすると、こいつらの狙いは鷹司かもしれんからな。会長さんが言うには、鷹司にはなんだかわけのわからん力があるんだという。この事態が、それを狙ってる変な奴らの仕業だとしたなら、鷹司が危ない。

 とまあ、そんなことを叫びながら、俺は頭の中に、とある映像を思い浮かべて、増えろ、増えろと心の中で唱えていた。目を閉じているから、外界のことなんてさっぱし分からんが、さっきからにょきにょきって変な音が聞こえるので、まあ術は正確に発動されているに違いない。

 とはいえ、ちょっとは気になるので、少し目を開けてみる。

 すると、地中からはい出るように、俺の思い浮かべていた映像そのままの幻影が姿を現した。

 武士だ。足軽のような格好をした多数の兵卒たちと、荘厳な甲冑を身に付けた武将風の大男が、およそ八対三の割合で、そこかしこ、うじゃうじゃ屯していた。

「よし! そのイメージを維持したまま、こいつらを使って何をしたいか、頭の中に思い浮かべろッ!」

 ランの大声が響く。

 何をしたいか……。そんなの、言われるまでもないさ。目の前にいる敵軍を蹴散らすのみ。

 行っけーッ!

 心の中で思い切り叫んでやると、俺が発動した武士軍団はザッザッザッと整った足音を立てながら進軍を開始した。

 武士対騎士。

 和対洋。

 しかし兵力がまるで違う。何者かが動員したらしい騎士軍は五百だが、こっちは三千。本当は一千体くらい動員できれば御の字かな、なんて思っていたのだけれど、上限を設定せずに増やしまくった結果、三千にまで膨れ上がったってわけだ。いや、本当はもっと増やせたんだけど、

「やめとけ。多すぎる」

 というランの諫言もあって、やむなく俺は三千でとどめておいたのだった。



 町全体が、異様な形に歪んでいる。

 快晴だったはずの空には、どんよりとした雲のようなものがびっしりと浮かんでいて、全く持って気味悪かった。もちろん太陽の光など届くはずもなく、先ほどまでの明るさが嘘のような薄暗い世界となっていた。

 俺は静かにため息を吐く。こんな世界は、もちろん何度も見てきた。ってか、俺だって力を出せば、この程度の世界は作り出せるさ。けど……。やっぱ慣れないよな。

 しばらく天を仰いでいた俺は、

「よそ見するな」

 というランの声に従う形で、前を見た。



 東洋世界を代表する戦士たる武士と西洋世界を代表する戦士たる騎士が、現代的な町の中で激突するという、あり得ない光景が目の前で繰り広げられている。

 奇妙といえば、これほど奇妙な話もないだろう。まるで戦国時代の武士たちと、中世ヨーロッパの騎士たちを、この時代、この町にタイムスリップさせて戦わせているようなものだからな。

 ちなみに俺は武士たち(幻影だけどね)の総大将だ。これで甲冑と陣羽織でも羽織って、床机に腰掛けていたら、正真正銘の総大将に見えるだろう。もっと厳かな格好をしたら、自ら戦いに出向いてきたお殿様……、みたいに見えるんだろうか。

 んでまあ、滅茶苦茶違和感のある合戦そのものは、一言で言ったら、俺の圧勝! みたいな結果に終わっちまった。案外物足りない気もしたけれど、相手、弱いんだもん。仕方ないじゃん。

 けどま、無理もないさ。何しろ兵力的にはこっちのほうが六倍だし、その上、俺の能力キャパシティの方が、敵軍を操っている術者より遥かに強大だったらしく、一体当たりの力がまるで違うのだった。要するに兵力でも兵の質でも、武士軍団のほうが遥かに勝っていたというわけ。

 合戦はものの十分で終了した。

 凄まじき市街戦も、終わってみれば案外呆気ない。



 西洋風の騎士たちを片っ端からなぎ倒したら、そこには術者と思しき一人の男が、ぽつねんと突っ立っていた。

 目を真っ赤に腫れあがらせ、けれどその顔色は死人のように青白い。赤と青のコントラストが絶妙に不気味だ。そして、茶色の髪の毛が凄まじいほどに逆立っている。

 まるでゾンビのように力なく歩くその男は、一歩、また一歩と俺の方……、いや、どう見ても鷹司亜子の方向に向かって進んでいた。

「三条ッ! あいつの狙いは鷹司だ!」

 怒鳴ってみる。三条の方も理解していたようで、薄い白色をした、半透明の結界を張って、ゾンビ男の襲来に備えていた。

 ともあれ、俺はそいつに向かって思い切り攻撃を仕掛けた。右腕をそいつに向け、人差指で照準を定める。そして、細長いエネルギー波を放つのだ。

 しかし、そいつははらりとかわした。目標を見失ったエネルギー波は、近くにあった雑居ビルに直撃して、そのビルはものの見事に崩壊した。

 ゾンビ男はなおも歩く。生気など全く持ち合わせていないような、青白い顔をして、のっしのっしと歩くのだ。

「お、おのれ! 俺を侮るのか」

 侮られることが何より嫌いな俺は、逆上の余り、自分でも何をしているのかさっぱり分からぬほどの猛攻を彼に加えた。やたらめったらエネルギー弾を放って、次から次へと町をぶっ壊した。それでも彼は、まさしくゾンビのように平然としているので、ますます頭に血が上った俺は、能力を使って作り上げた土の剣を手にとると、思い切り襲い掛かった。


 まさに鬼、っつうか女夜叉のようだったぜ。


 ってのは、ランが語った後日譚。ちなみに逆上しきっていた俺には、その時の記憶が全くないんだけれど……。

 ランから教えてもらった内容を整理すると……。いやはや、お恥ずかしいぐらい理性を失っていたようだ。なんせ、ゾンビのようとはいえ普通の人間であるかもしれない奴を、次から次に斬りつけてしまったのだ。まず右腕を切り落とし、次に左腕、ついで左足、右足、左肩、右肩、さらにはお腹に刃先を突き立て、それでもなお前進しようとするゾンビを見て、首まで斬ってしまったようだ。

 しかし、頭一つになったゾンビは、なおも前へ進むのだ。このあたりからは、とりあえず記憶がある。片っ端から斬りつけたおかげで、こみあげていた怒りが幾らか鎮静化したからかもしれない。

 それはともかく、頭一つになったそいつは、みるみるうちにおぞましい異形へと変身していった。どうやら、最期の力を振り絞って、己の体を再構成しようとしたらしい。結果、再構成に中途半端に(・・・・・)失敗したため、みるもおぞましい異形になっちまったようだ。

 まあ、俺はそいつの変身を最後まで見なかったので、どういう形になろうとしていたのかは定かじゃない。ただ、途中経過だけを見て推理するなら……、なんだろう。恐竜? いや、違うな。有名な特撮映画の巨大怪獣、みたいな格好。まあ、完成形態を見てないので、はっきりは言えないけれど……。



 俺は止めを刺そうとした。

 右腕にエネルギー弾を蓄え、そいつ……、既に人間ですらなくなった、ただの化け物に向けた。

「それ以上はやめろ! もっと威力を弱めるんだ」

 と言うランの諫言も虚しく、俺はさらに力を強めて、思い切りエネルギー弾をぶつけた。それこそ細胞一つ残らぬ凄まじいエネルギー弾だ。もしこいつに再生能力があるんだとしても、ここまで徹底的に壊したら、もう再生は不可能だろうってぐらい叩き潰した。

 結果、必死になって化け物になろうとしていた元ゾンビは、化け物になることすら許されずに、跡形もなく消え去った。ところどころ惨たらしい残骸が残っていたような気はするけれど、まあ、死んだことは間違いない。死んだって表現があっているかどうかは知らないが……。

「やりすぎだ」

 と言うランの台詞に、俺は苦笑いした。



 騎士軍団を発動したらしいゾンビ男は、どうやら彼もまた何者かが召還した幻影であったようで、組織からの増援部隊が到着した頃には、既に跡形もなく消え去っていた。

 ちなみに組織の増援部隊が到着したのは、三条が市民にかけた催眠術と『囲い込み(エンクロージャー)』(戦闘中に邪魔が入らぬように、術者が設定した区域に、術者が許可する者以外入れなくする技)が解ける寸前のことだった。治癒術や修復術に長けた組織の専門部隊は、ものの数十秒のうちに、俺の猛攻で壊れ切った世界をみるみるうちに復元していった。

 そして術が解ける。

 それまでの薄暗い世界が、パァァっと明るくなって、やがて清々しい快晴が空いっぱいに広がるようになった。

 三条は辛そうに肩で息を吐き、俺は何となく空を見ていた。

 眠りから覚めた皆は、きょとんとした様子で周りを見回している。

「俺たち、何やってたんだ?」

 全身をクエスチョンマークに染めた彼らは、その場に呆然と立ち尽くした。無論、彼らは、妙なゾンビ男が動員した『幻影軍団』たる騎士隊のことなど覚えてはいない。記憶消去に長けた組織の専門部隊が、『囲い込み(エンクロージャー)』内にいたあらゆる人の記憶を片っ端から消去したためであった。

誤字脱字などがありましたら、ご指摘ください。すぐ直します。また感想、評価等、お待ちしています。

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