第0話 任務
う、撃たれたのか?
ま、まさか?
いや、でも……。胸のあたりは確かに痛い。
視界が揺らぐ。
全てが薄れていく。
これが死?
な、なんで……。こ、この俺が?
ぬかった!
今思っても後の祭り。後悔は先に立たぬものだということを改めて実感する。
油断した! 油断しなきゃ、絶対こんなことにはならなかったのに……。
俺は世界で一番強い男なんだぞ。自慢じゃなくて、実際そうなんだ。どんな能力の使い手だろうと、俺は片っ端からなぎ倒してきた。それなのに……。
たった一発の銃弾が俺の胸を貫いて、俺の命を奪おうとしている。
油断が祟ったのだ。強さに驕ったのがいけないのだ。
あぁ、俺は死ぬ。
死ぬんだったら、いっそもっといろいろやっとけばよかったよ。彼女だって作りたかったし、何より、皆からケチって言われるほど貯めこんだお金を、もっともっと使っとけばよかった。死んじまったらお金なんてあったって何の意味もねーじゃねぇか。親も子も兄弟だっていねぇから、果たして俺の蓄えた莫大なお金はいったいどこに行っちまうんだろうね。
ああ、どんどん意識が薄れていきやがる。
あぁ、俺は死ぬんだ……。
まだ十七歳なのに……。
死にたかねぇよ。あぁ、俺にはもっと大きな未来があったはずなのに。俺にはもっともっと大きな可能性があったはずなのに。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
あれ、俺、もう死んだ?
ってこたぁ、ここ、天国? それとも地獄?
地獄なんだろうなぁ。俺って結構酷いことしてきたもんなぁ。そりゃ、まあ、酷いことって言っても俺なりの大義があってやったことだから、別に後悔とかしちゃいないけどさ。しっかし、閻魔大王様が俺の言い分を認めてくれるものかね。
ま、どっちでもいいさ。天国だろうと地獄だろうと。どうせ死んだことに変わりはないのさ。
なんか変だ。
不思議と感触がある。これは確か……。そうだ。間違いなく布団の布地。
瞼が重いような感じがするけれど、開けられないほどじゃねぇ。だから俺はゆっくりと、力を込めて瞼を開いた。
すると……。
「あんたって、不死身なのね」
人を小馬鹿にしたような声が聞こえる。
こんな皮肉を吐く奴は、世界広しといえど、俺はたった一人しか知らないね。甲高い女ものの声。間違いない。
「三条、お前か」
俺はぎろりとそいつを睨むと、そいつはくすりとほほ笑んだ。心なしか、そいつの目が真っ赤になっていたような気がしたが、気のせいだろう。
「全く、心臓を貫かれていながら平然と助かるなんて、どーかしてるわよ。……でも、あんた、バカじゃないの。結界、張ってなかったの?」
そいつの糾弾はいつだってきつい。俺は「ははは」と苦笑いしながら、力なく「すまん」と言った。
「ま、助かったからいいようなもんだけど、あんた、自分の力に慢心してない?」
それを言われると、かなりきつい。
「普通、末端クラスの能力者だって、結界ぐらい常時展開してるわよ。それを、あんたほどの能力者が、張り忘れるなんて、バカを通り越して、たわけね」
「……う、うっせぇな。し、仕方ないだろ。忘れてたんだから」
「忘れてた、じゃないわよッ! ばかぁッ!」
三条は俺の頭にグーパンチをぶつけてきた。これがまた桁外れに痛いのだ。
「ま、まあ、いいけど。でもこれからは気をつけなさいよ。あんたは、ただでさえ命を狙われやすい立場にあるんだからね」
言われんでも分かっているさ。
現に、俺はいっつも俺の命を狙う奴と戦ってきた。どういうわけか、俺の命を狙う奴は多いらしい。俺の最強伝説を聞きつけた有象無象が、自分の名声に箔をつけるべく俺の命を狙ってくるのだ。俺を倒せば、裏社会で名が上がる。仕事も増える。ってな具合。
しかし俺はそういう身の程知らずを片っ端からなぎ倒してきた。そして、いつしか俺の名はますます高まり、ついには最強無敵の十七歳として認知されるようになった。けれど、それがさらなる敵を招く悪循環。結果、油断してこの有様じゃ笑うに笑えねぇ。
「そうそう」
しばらくしたころ、三条が思い出したように口を開いたので、
「なんだ?」
と、俺は尋ねた。
「これ!」
そう言って彼女が手渡してきたのは、一枚の封筒だった。相変わらず味気ない、何とも不気味な黒色の封筒であった。
「任務か?」
俺が尋ねると、三条は静かに頷いた。詳しくは見てみろ! とでも言わんばかりの彼女の視線を感じて、俺はそれをゆっくりと切り開いてみた。
すると……。
そこにはいつものように一枚の紙があった。そして、任務の具体的内容がすらすらと記されている。
「って、ちょっと待て! これ、どういうことだよ」
待て待て待て待て! 聞いてない。こんな任務を、やれっていうのか?
「そうよ」
三条は相変わらず淡々と答えた。
「本気で言ってんの?」
「本気よ。大マジ!」
彼女がにやりとほほ笑むと、
「感謝しなさいよね。私もお目付け役として、あなたの任務に同行することになったのよ」
と、言った。
同行? 任務?
いや、待て! 任務って、これ?
俺は何度も、何度も、眼を皿にして紙を見た。何かの間違いじゃないのか? いや、間違いであってほしい。っつーか、間違いだろ!
しかし、一言一句、食い入るように眺めてみたけれど、間違いはなさそうだった。組織からの公式命令書に、間違いなんてあろうはずがない。
「ってことは、何か? 俺に、女子高に、入れってのか?」
三条をぎろりと睨んで、八つ当たりするかのように、我ながらおぞましいほど冷めきった声を吐いた。
「そうよ」
三条は相変わらずだ。
「あんたは女子高に入るの。なんでかは、そこに書いてあるでしょ。スパイよ」
「……待て! 俺を見ろ。俺が女子に見えるか?」
男だ。言っとくが、俺は男だ! 間違っても女じゃねぇ。
顔立ちだって男だ。まあ、中性的な顔だねとは言われるけれど、でも男なんだ。女にないものを持ってるし、女にあるものを持ってない。俺は男なんだ! なんで女子高に?
「問題ないわ。変装すればいいんだから」
「へ、変装?」
ぐぬぬ。変装と言えば、俺が十八番にしている術だ。男だろうと女だろうと老人だろうと子供だろうと、動物だろうと植物だろうと、俺は何にでも変化できる……、って植物は言いすぎか。さすがに、植物にはなれねぇ。
だから女になり済ますことができないわけじゃない。けど……。そりゃ、一日二日三日四日ぐらいだったらいいさ。けど、女子高に潜入して何日過ごすんだよ。
「そうね。ざっと一年? 任務の状況によっちゃ、卒業までだから三年ね」
「さ、三年!」
待て! そんなに女性やってたら、精神が持たん。俺は確かに変装技術には長けているが、演技力はねーんだぞ。
「だから私が目付役としていくのよ。あんたのフォロー役としてね」
三条はニタニタと笑い、戸惑う俺の顔をぎろりと睨みつけた。
あ、悪夢だ……。
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