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アフターストーリー:後編

 セレス様に違和感を覚えた私は、食事が終わった後も、ラルフ様と関わる彼女の姿を見守っていた。


「もう薬は飲まなくても大丈夫なの?」

「毎日は飲んでないですね」

「随分と体もしっかりしているものね。もっと痩せ細って、顔色が悪いと思っていたわ」


 セレス様が気にかけてくださっているのは、間違いない。でも、ラルフ様を緊張させないように話しかけている……というより、単純に話したそうな印象を受ける。


 まるで、今まで会ってこなかった時間を埋めているみたいだった。


「顔に血の気が戻ってきた、とよく言われます」

「そう言いたくなる気持ちはわかるわね。見ていても元気そうだもの。病気を患っているとは思わないわ」

「昔よりは動けるようになりましたからね」

「じゃあ、そのまま治療を頑張りなさい。普通に出かけられるようになったら、王都の案内くらいはしてあげるわ」

「えっ! いいんですか!?」

「いいわよ。アレクもニーナも行動範囲が狭すぎて、王都を把握していなさそうだもの」


 貧乏すぎて買い物ができなかった私と、目立ちすぎて人混みを嫌うアレク様が、王都を案内するなんて無理な話だ。


 セレス様の言葉には言い返せないし、ラルフ様が喜ぶなら素直に甘えさせてもらおう。


 ラルフ様が元気になったら、セレス様と王都の観光に行くくらい、どうてことは……ん? 王都の街並みを、観光……する? ふ、二人だけで……?


 あれ、気のせいだろうか。さりげなくデートの約束が結ばれた気がするのは。


 あまりにもさりげなく誘うから、私でなければ聞き逃してしまうところだった。


 よく見れば、セレス様が恋する乙女のような顔になってるし……えっ!! もしかして、そういうことなんですか!! 会えない時間が愛を育てる的な!?


「僕はもう落ち着いているような気がしているんですけど、ニーナ先生の許可が下りなくて……」


 セレス様のことに気を取られていると、突然、ラルフ様が確認するように私を見ていた。


 二人の気持ちが気になるところだが、さすがに今すぐデートを許可するわけにはいかない。


 セレス様が恋心を抱いていたとしても、ラルフ様が外出したかったとしても、こればかりは薬師として反発する以外に道はなかった。


「外出制限は解きませんよ。貴族のマナーはイマイチでも、薬師の仕事はキッチリしますので」


 キリッと引き締めた私の態度に、ラルフ様はしゅーんと落ち込んでしまう。


 まあまあまあ……とセレス様がラルフ様の軽く励ましてくれるが、基本的には同じ意見を持っているだろう。


 回復魔術師であるセレス様には、ラルフ様の体が万全でないことくらいすぐにわかるから。


「ニーナの言う通りね。まだラルフくんは魔力が乱れているもの。でも、それくらいの乱れなら……。ちょっと待ってて」


 何かを思い立ったセレス様が席を立つと、そのまま屋敷に向かって駆けていく。


 すると、いつまでもその背中を見つめ続けるラルフ様の姿があった。


 おいおい。二人とも会えない時間に何を考えていたんだね。気になることができたので、少し話を聞かせてもらおうか。


「ラルフ様はセレス様のことをどれくらい覚えているんですか?」

「小さい頃の記憶しかありませんが、しっかり覚えてますよ。いつも優しい笑顔で抱っこしてくれていましたね」

「セレス様は今も昔も変わらずって感じですか。幼いラルフ様をあやす姿が目に浮かびます」

「性格は変わらないと思いますが、昔よりも綺麗ですよ。……昔も綺麗な方でしたが」


 必要以上に照れているラルフ様を見て、私はすぐに察した。


 何やら二人の小指に赤い糸が見える。これはキュンキュン案件だな、と。


「貴族男性が女性を褒めるのは、マナーの一環です。本人に直接言うべきだと思いますよ」

「だ、だって、恥ずかしいじゃないですか……」


 私が婚約者候補になった時はサラッと褒めてくれたのに、まさか本命には声をかけられないタイプだったとは。


 二人の間には年の差があるし、ラルフ様の方が年下であったとしても、一歩前に踏み出せないといけない……と思うあたり、私は恋愛経験が増えてきたと実感した。


「肝心なときに言わなくてどうするんですか。熱を出したときと同じくらい顔が赤いですから、意識のしすぎですよ」


 勢いよく自分の頬をバシッ! と両手で押さえたラルフ様は、とてもわかりやすい。


 昔遊んでもらった女性と再会したら、とても綺麗で一目惚れしてしまった、という感じなんだろう。


 久しぶりの外出で喜んでいるとばかり思っていたが、まさかセレス様に会えて喜んでいたとは。


 ……まあ、あまり人のことを言える立場ではないけどね。境遇こそ違うものの、そのシチュエーションは、私とアレク様の恋とほとんど変わらないから。


 恋の仕方も兄弟で似るものなんだな、と思っていると、セレス様が何かを持って戻ってくる。


 その手には、星の飾りがついたネックレスがあった。


「待たせたわね。これは、魔術師用のアクセサリーよ。魔力を安定させやすくする効果があるの。ラルフくんの体に悪影響が出ないようなら、着けていってちょうだい」


 セレス様からネックレスを受け取った私は、害を与えないか入念にチェックする。


 せっかくの厚意で体調が悪化したら、二人とも良い思いをしない。今は薬師として、しっかり役目を果たさなければならなかった。


 寝たきりの生活で恋愛経験の浅いラルフ様は、とても焦っているが。


「そ、そこまで心配していただかなくても大丈夫ですよ。似たようなものを兄さんが持っていると思いますし」

「アレクはこういうのが嫌いで持たないタイプだし、そんなに大層なものではないわ。気休めにはなると思うんだけど……無理強いはしないわね。その、私が学生時代に使ってたものだし」

「あっ。えーっと、そういう意味では……」


 春でもやってきたのかと思うほど暖かい空気に包まれると、明らかに二人は恥ずかしそうにモジモジしていた。


 いくら私の存在感が薄いとはいえ、急に二人だけの空間を作るのはやめてほしい。大切な義弟と大切な友人の気持ちが一つになるのなら、手を貸さないわけではないんだから。


 ラルフ様が健康になるのなら、互いの家柄的にも問題はないと思うし、私とアレク様よりは障害が低い。しかし、私の早とちりという可能性がある。


 まずは本当に二人の想いが本物なのか、第三者目線でしっかり確認させてもらおう。


「ネックレスがラルフ様の魔力に変な干渉は起こすことはないと思いますので、大丈夫そうですね。せっかくですし、セレス様が付けてあげてください」


 セレス様にネックレスを返した私は、早くも結論を見いだしていた。


 二人とも、なんていう顔をしているんだ……! 絶対に気になってるじゃん、と誰もが感じるほどには顔が赤く、心臓の鼓動が聞こえてきそうなほど緊張が伝わってくる。


 もしかして、私とアレク様もこんな感じだったのかな。これはさすがに気づかれるわ。


 見つめ合う二人の初々しさにいたたまれない気持ちになった私は、そっと存在を消すように一歩後ろに下がった。


 ここはもう二人だけの空間であり、小さな愛が芽生えようとしている。


「……じっとしてて」

「……はい」


 しゃがんだセレス様がラルフ様の首に手を回し、ネックレスを付けるところを見て、私は思った。


 今度は私が愛のキューピッドの役に回るんだな、と。

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