ダンジョン攻略、ひと休みのひと騒動。
あの後、この空間の天井に吊されていた他の糸玉も降ろした。
そして中身を確認したところ、出てきたのは、すでに息たえた男たちだ。
しかも全員が人相が悪く、いかにも悪人と言った顔をしていた。
「こいつはどうやら野盗の連中みたいだね。 あたしらの前にこのダンジョンに入ったヤツらがいたとはね」
とはいうものの、女将さんはどこか納得がいかない様子だ。
総数は十三人。
それ以外にも、アラクネーが陣取っていたのいた巣の下に白骨化した人骨を発見した。
ダンジョンが口を開けたのは最近だという話しなので、この骨も野盗たちのものだろう。
そう考えると彼らの総数は二〇人を超えていたのかもしれない。
「もしかすると、この子たちは野盗に攫われてきたのかもしれないね」
「でも何で攫ってきた子供をこんなところまで?」
「ヤツら、子供を売り買いするだけじゃなくてさ、こんな場所に入るときに、危険な場所の確認や罠よけに使ったりすることがあるのさ。……まあ、それだけってこともないけどね」
炭鉱なんかで、有害ガスの危険をカナリアを連れて行くことで確認していたって話を聞いたことがあるけど、それと似たようなものだろうか。
「ほかにも何かあるんですか?」
「ああ、英才教育ってヤツかね。才能のある子供を自分たちの手駒にするために鍛えるのさ。子供ってのは善悪の判断がまだまだ固まっていないからね。一緒に連れ回して自分たちの都合の良いように価値観を植え付けるのさ」
それって洗脳みたいなもんじゃないか。
もしかして、この子もそうなんだろうか?
あの不思議な力を考えると、女将さんの話しにも真実味がある感じがする。
俺はズボンの裾を掴んだままの少女を見る。
「キミは、コイツらと一緒に掴まったの?」
フルフル。
「なら、あの子のことは知ってる?」
俺が、マントを掛けたまま寝ている子を指すと、フルフルと首を振る。
「女将さん、この子はコイツらのことを知らないみたいですけど」
「口がきけないっていうのも難儀だねえ。でもあんな目に遭ってたんだ、記憶が混乱してるってこともあるだろうし、あっちの娘が目を覚ましたら、もう少し何か分かるだろ」
「あっ、やっぱり女の子だったんですねあの子」
ほぼ間違いなくそうだろうとは思っていたけど、このくらいの年齢だと判別しづらいんだよな。
いまは探査も切れているから詳細も分からない。
どうしよう――見ちゃおうか。
ズボンを掴んでいるこの子のときみたいに、戦闘中とか、他を探査した合間に見てしまったような場合は気にならないんだが、意識して見るのは、案外気が引けるんだよね。
でもこんなときだから、使ってみるか。
俺は女の子に近づいて……いや、近づかなくても、良いっちゃぁー良いんだけど――そうですとも、好奇心ですよ。
しかしこの子、近くで見るとほんとうに綺麗な顔をしてるな。将来かなりの美人さんになりそうだ。
この子は、ズボンを掴んでいるこちらの子と対照的と言ったらいいのか、光沢のある緑の髪を首筋あたりで整えてあり、明るい草色の革甲を着込んでいる。腰に短刀というには長めの剣を横差ししていて、革甲の下には赤茶けたシャツと、短いズボンを穿いている。
「ダイさん、女の子の寝顔をそんなに近くで見たらダメなのですよ」
女将さんやクリフとアラクネーの巣の周辺を調べていたペルカに見咎められてしまいました。
クイクイッ、とズボンを引っ張られたのでそちらを見ると、いま一人の少女がプーッと頬を膨らませて俺を見上げていた。
あれ、こっちはご機嫌斜め?
「…………にゃ……ん……」
下の娘は下の娘でニヤニヤとなにやら寝言を呟いている。なに言ってるんだ?
◇
(おいっ。カナリー! 起きろ!! ッタク、コイツはよくこんな状況で寝られるな。みろ、オレがコイツらに接触したほうがよかったじゃねえか。
長く集中できないのが玉に疵よねこの子。それに、昔からダンジョンは寝心地が良いって言ってましたもんね。
ルチア――オマエもなに井戸端会議の母親みたいな口調で話してやがるんだ。状況が問題だろ! 昔もそうだったけどさ、交代で寝ずの番してた時も寝てやがったよなコイツ。
結局、あの人がこの子の頭を膝に乗せたまま、困ったような顔をしてましたっけ。
「……ニィニィ……にぇへへ……」
くぅーッ、コイツ殴りてー。
はいはいヘリオ、無理は言わないの。でも確かにそろそろ起きてもらわないと、――カナリー、起きなさい。大好きなお兄さんが困ってますよ)
◇
寝言をつぶやいている少女を、身体を屈めて覗き見ていると、彼女はうっすら目を開いた。
「ムニャ……ニィニィ? ――ニィニィだ~~ッ!!」
「ムゲッ!」
突如伸ばされた腕に絡め取られた俺は、彼女に突っ込むような格好で抱きしめられてしまった。何――この子!? 力つよっ……。
「あ~~~~ッ!! 何してるのですかダイさん!! ダイさんはそんなに小さい女の子が好きなのですか!?」
「………………!!」
への字型で少女に伸し掛かっている状態の俺の腰を、駆け寄ってきたペルカが背後から引っ張る。
深緑の髪をした少女もペルカと一緒になって、俺を引き剥がそうと引っ張っていた。
いやペルカ!? 冤罪を主張します! 俺はロリじゃありませんよ!
「ふに~~っ、ニィニ~~ィ」
「いや、ちょ、マズいってキミ!?」
抱きしめた俺の頬に、自分の頬をスニスニ擦り付けながら足まで絡めてくる勢いだ。
「ダメなのです~~、離れるのです~~!!」
「…………!!」
ペルカと深緑の髪の少女、ふたりの力で、俺は何とか立ち上がることが出来た……が、少女は俺に抱きついたままだ。
「俺はニィニィじゃないから、チョッと放して、お願い」
俺は強い力で抱きつく少女の脇に手を掛けて、エイヤ! といった感じで、何とか引き離した。
「ニィニィ、ニィニィ…………、ホエ?」
手足をバタバタとさせて、懸命に俺に抱きつきなおそうとしていた少女は、身体が離れたことで始めて俺の顔をまともに見た。
………………。
彼女は大きく目を見開いて、口もとに右手の人差指を持って行き小首を傾げる。
「ダレダレ?」
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