ダンジョン攻略、アラクネーと糸玉と……
あのあと無事に野営地を見付けた俺たちは、ほぼ一日を潰してパーティーによる集団戦闘のパターンを繰り返し、それを頭と身体に叩き込んだ。
これについてはクリフばかりではなく、ダンジョン攻略をせざるおえなくなった俺たち全員、意思疎通をしっかりとはかるために良い結果になった。
訓練が終わったあと野営地を出発しようとするとクリフが近付いてきて、「……訓練のこと、言ってくれて助かった……」 と言ったあと、プイッと顔を背けた。
後ろから見えるクリフの頬とうなじが赤く色づいていて、俺は思わず『ついにデレたか』、と言いそうになってしまった。
慌ててごまかしたものの、うっかりまた関係を悪くするところだったよ。
それから休憩を挟みながらも一〇時間以上はダンジョンの中を歩いている。その間に起った戦闘はすでに二〇回に近いはずだ。
ダンジョンに入ってからおよそ二日で第三層に入ったのだが、俺たちがいるのはいまだに第三層らしい。
この層は上の層と違って思った以上に広いようだ。マッピングできるスキルか魔法でもあれば便利なんだが誰も使えないので仕方がない。
上のふたつの層のようにハッキリとわかる下りの道が無いので分からないが、いつの間にか第四層に移動しているという事は無いと思う。
この第三層、蜘蛛系のモンスターが多いと感じる。
第三層で初見の蜘蛛系モンスターはジャイアント・ドゥアーンを始めに、ポイズン・ドゥアーン、バァンドゥ・ドゥアーンのドゥアーン種に、アイス・バウーク、ヴィント・バウークという魔法を使うバウーク種、聞いたことがある名前のタランチュラ、大きさが牛ほどもあるんで間違いなく別物だけど。さらに、極めつけはいま目の前に見えるアラクネーである。
ダンジョンに潜入してから見付けた最も広い空間。奥行きがおよそ八〇メートル、幅は三〇メートルほどで天井の高さも一番高いところは四〇メートル近くあるんじゃないだろうか。
天井からは鍾乳石が垂れ下がっていて、要所要所に地面にまで届く太い石柱が立っていた。この地下空間は、この四日で、松明の光に目の慣れた俺たちには明るく感じられるほどの光に満ちていた。
その光のおかげで、いち早くアラクネーに気付くことができたのは助かった。すぐに松明の炎を消して岩陰に隠れたので気付かれてはいないだろう。
この場所を照らしている光の元は、随所に点在する光苔のようだ。この広間に続く鍾乳洞の岩肌にもときおり生えていたので間違いないと思う。
俺たちがいる通路から反対側、この広間からさらに奥に抜けていそうな通路のそば、そこに巨大な巣を張り巡らせて、アラクネーが息を潜めていた。大きさはおよそ五メートルほどか、普通の蜘蛛ならば頭の有る場所に人間の女性のように見える腰から上が生えている。これは俺の世界でもアラクネーと呼ばれているモンスターと似たような感じだ。
「まいったね。奥に進むには、どうしたってアイツを斃さないとならないみたいだよ。ダイ、アイツの能力はわかるかい?」
俺は目に見えているアラクネーのステータスを女将さんに伝える。
(ステータス)
アラクネー:妖魔族
創造神 (????)
レベル4
生命力 239/239
魔力 127/127
力 98
耐久力 87
耐魔力 103
知力 74
精神力 42
俊敏性 66
器用度 46
スキル:眷属招聘、種族魔法レベル2
魔法:アイス・ブリット(MP5)、アイス・スパイン(MP7)、ヴィント・メッサー(MP5)、ヴィント・ウォール(MP7)、ブリッツ・ショック(MP5)、魅了(MP3)
種族スキル:躁糸
「こんな感じです」
「やっぱり魔法を使うのかい。能力値だけならなんとかなりそうだけど、魔法がやっかいだね。氷に風、あと雷か」
「それが二〇回は使える状態ですね」
「別の場所を探すのは?」
俺と女将さんが話しているとクリフが割り込んできた。
クリフは訓練の後からなんとか本来の力を発揮できるようになった。それで自信が出てきたのかは判らないが自分の意見もしっかりと言うことができるようになってきたようだ。
俺へのツンツン態度も和らいで、無意味な反発は無くなってきている。
「どうかなあ、ここまでの道順を考えてもこの先に繋がっていそうな通路はなかったと思うけど」
「空気の流れもここがいちばんあるのです」
「ペルカさん、ここがいちばんってことは、どこか他にも空気が流れているところがあるってことですか?」
「あったのですが、少しなので奥まで進めるのかはわからないのですよ」
ペルカは、外見だけ見ると頭の上の三角耳とお尻の太い尻尾以外は普通の人族と変わらない。しかし彼女は狼人族である、ダンジョンに入ってからの要所要所で、空気の流れを読んで奥に進むための手助けをしてくれている。
女将さんも初めのうちは松明の炎を通路の分岐点でかざしては空気の流れを確かめていたのだが、ペルカの判断が間違っていないと確信したのか、いまはペルカに進路の判断を任せていた。
「……一度戻って、その奥に続いているかもしれないって場所を確認してみるかね」
アラクネーを睨みながらしばらく考えていた女将さんはヤツと戦う危険を回避する決断をしたようだ。
…………
「……あの、何か聞こえなかったのですか?」
ペルカの頭上の三角耳がピクピクと動いている。
……ぁ…………
…………ぁ……す…………て…………
「たしかに、聞こえるね」
「もしかして、あれじゃないですかね」
気配を殺して、というよりは寝ているように見えるアラクネーの頭上、太い鍾乳石が何本も垂れ下がっている天井にそれはあった。
白い――クモの糸の塊だろうか?
繭玉のような糸の玉が何個も天井から吊されていた。
その中の一つが、ぷ~~ら、ぷ~~ら、と静かにゆれていた。
…………たっ……た~~す~~け~~て~~……、……た~~す~~け~~て~~…………
初めよりハッキリと声が響く。
ぷら~~~~ん、ぷら~~~~ん、と蜘蛛の糸玉はその声の大きさに合わせるようにゆれが大きくなっていく。
「あそこ、顔が見えてます! ……あれは子供!?」
クリフが弓使いの視力を発揮して声の主を確認した。
た~~す~~け~~て~~
蓑虫のように顔が覗く糸玉はだんだんと、ぶら~~ん、ぶら~~んというより、びょ~~ん、びょ~~んいう感じになってきた。
「ダイ、どう思う?」
「あれが本物かどうかってことですか?」
「そうだよ。あたしらを引き寄せるための疑似餌って可能性さ」
女将さんは横目で糸玉を見ながら、どこか頭でも痛そうに額に手を当てている。
声を上げてるモノに呆れているのか、あれがほんとうに人だとしたら危機感が無い事このうえない。どちらにしてもあれが俺たちに気付いたことは確かだろう。
「うーん、あれですよね」
なんとも判別しづらい。
吊された糸蓑虫は、当初の目的を忘れたようにびょ~~ん、びょ~~んと糸玉をゆすてっいる。
た~~す~~け~~て~~
言うことだけは言っているんだが……楽しそうだねキミ!
「……それはなさそうですよね」
「……だね」
「あっ」
ブチッ、という音を立てて糸玉を吊していた糸が中程から切れた。
お読みいただきありがとうございます。
Copyright(C)2020 獅東 諒




