家出息子は拾われました。
「三番テーブル二名さま、ガブルの香草焼とニールのグリルに、とりあえずエール!!」
「あいよ!! 一番テーブルのクッカのムニエルあがったよ!!」
「ハーイ! あっ、いらっしゃいませ!! 七番テーブル空いてますのでそちらへどうぞ!!」
「五番テーブル、ブルクの内臓煮込みに、ガブルの香草焼あがったよ! 持ってきな!!」
「ハイ!」
「おい兄ちゃん、俺が頼んだエールがまだ来てねえぞ!! 早くしろい!」
「ハイッ! ただいま!!」
昼時の居酒屋はそれはもう戦場である。
俺はひっきりなしにやって来る客の対応に、分身でもしそうな勢いで店内を走り回っていた。
「ほら、ダイ!! 二番テーブルのフッカと生ハムのサラダあがったよ!!」
「お兄ちゃん、こっちにポタージュをおくれ!」
あうっ! ……女将さん、あと一人バイト雇いませんか? とは思うものの、女将さんはひとり厨房で、この客たちの料理をさばいているのだ。とても口に出すことはできない。
あれ? まてよ……良く考えたら俺、バイトじゃなかったよ。
だけど、行き倒れたところを助けてもらった恩があるからなぁ。
あの日、いま思い返してみると、自分でも何をとち狂っていたんだろう――とも思う。だが。あの時はいたたまれない気持ちでいっぱいだったんだよ!!
あの時……自分の部屋で目覚めた後。自分の心の弱さが原因で起こったあの事態に、俺は身悶えるような恥ずかしさをおぼえたのだ。
いや、実際に身悶えたんだけどね。
おかげでゴロゴロと転がった俺はコタツに激突。ついでに弁慶の泣きどころをしたたかに打ち付けて、さらに身悶えましたともさ。
しかも止めとばかりに、コタツの天板から落下したリモコンがこめかみにヒット。
あまりの痛みに頭を押さえたら、その拍子にリモコンのボタンを押してしまった。
……そして、テレビの画面にテラフが映し出された。
そのテラフを見た瞬間、俺は何かに突き動かされたように行動していた。
………………。
ええ、その結果が今の状況ですともさ。
……えっ、飛ばしすぎですか?
まあそんな訳で、気が付いたときには書き置きを残して降臨してしまっていたのだ。
しかもご丁寧に、憶えたばかりの【神気封印】と【変幻】まで使って……。
【神気封印】とは本来、地上に神の力を持ったまま降臨したとき、後から【人化降臨】の状態に切り替えるもので【神気降臨】と逆の神スキルらしい。
このスキル。使った結果わかったことなのだが、もう一つ使い方があって、人化降臨の状態で【神気封印】を使うと神の気を完全に消すことができるようなのだ。
家出から三ヶ月以上経っているが、いまだにどの神にも見つかったようすがないのはそのせいらしい。
【変幻】は自分の姿を変える神スキルで、人として姿を変えるだけでなく、動物や幻獣などにも姿を変えることができるようだ。……判っているとは思いますが今は人の姿ですよ。
ちなみに今の俺の外見は、この大陸で一番多い、白い肌に金髪碧眼という状態だ。
ただし、髪は金というより少しくすんだ茶色ぽい色だ。また、年齢は二五歳前後くらいだろうか?
これはたぶん、それ以前の一年くらいの間。ずっとこのくらいの年齢で過していたのが影響しているのだろう。
う~ん、やっぱりどう考えても、あのときは正気を失っていたとしか思えない。
……でも書き置きを残したってことは心のどこかで探して欲しいと思ってたんだろうな。
だけど、あれ? いま考えて思ったけど、俺、ちゃんと「家出します」って書いたよね? おぼろげに間違えてたような気がしなくもないんだが、本当の間違えてたら、べつの恥ずかしさで帰れないですよ。
……いやマジで、ホント――間違えなかったよね……?
「ゴアッ!」
突然、俺の額にシャレにならない威力の物体が当たった。
ガクンと首が後ろに折れ、顔が天井に向くと、頭上でオレンジ色のフットボール型をした物体がゆっくりと回って見える。
これは? ……ニンジンか?
「こら! ダイ!! 仕事中に何ボーッとしてんだい!! 客が待ってんだろ!! とっとと運ぶ!」
俺の額にぶつかったのは、威力を考えるに、女将さんが指弾で放ったニンジンのグラッセになるはずだったもの――形を整えられた生のニンジンだ。
ちなみに……いま俺の頭にポンと乗りました。
若いころは戦士として鳴らしていたという女将さん。その指弾の威力はまちがいなく凶器です。
俺でなければ死んでましたよ……冗談でなく。
「ハヒィッ!!」
女将さんに急き立てられ、俺はまた店の中をかけずり回った。
頭にはオレンジ色の物体を乗せたまま。……もちろん、のちほど美味しくいただきます。
「ダイ、お疲れ。ほら、賄いだよ! キロにも持ってってやんな」
昼の時間が過ぎ、やっと客足が収まると、カウンターの上に女将さんが、木製の大きな器に山のように盛った昼食の残りを置いた。
別名残飯とも呼ぶ。が、これが俺への賄いじゃないですよ。
ほら隣にいつものようにサンドイッチの入った袋が。
俺は袋を肩に掛けると、残飯が山盛りにされた器を持って、店の裏へと回った。
店の裏手には、大きめの納屋があって普段は使わない店の備品などがしまわれている。
「キロ、ご飯だよ!」
「キロッ? キロキロキロキロ」
声をかけると納屋の奥から牛ほどもある緑色の巨大なカエルが這ってきた。
「キロ~ッ! キロッ、キロ」
目の前に女将さんの賄いを置くと、キロキロとうれしそうに食べはじめた。
俺の世界ではカエルって肉食だったと思うんだが、この子は雑食なようで何でもよく食べる。――それでここまで大きくなったわけでもないんだろうが。
この子は俺が地上へと降臨したあと、共に旅をすることになったペモカエルだ。
俺がこの世界ではじめて見つけた――相性が良いという地上の存在がペモカエルだったが……。
それを考えるとやっぱりこのカエルとは縁があったらしい。
でも、【探査】してみたら牝だったんで、あの時の個体ではないみたいだ。まあもしかしたら血縁はあるかも知れない。
ちなみに、この子の能力値は、
〈ペモカエル・変種 2歳〉両生類 牝
創造神 (???)
守護神 (無し)
生命力 47/47
魔力 37/37
力 33
耐久力 28
耐魔力 15
知力 30
精神力 18
敏捷性 28
器用度 8
種族スキル:毒液
と、あきらかに俺がはじめて見たペモカエルとは別物である。変種というだけのことはあるというべきだろうか。
「キロ……、また一回り大きくなったか? ここへ来てから食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活だもんなおまえ……食事したら、ひさしぶりに森に行くか?」
キロのとなりに座り、肩に下げた袋からサンドイッチを取りだして、俺も遅い昼食をはじめる。
「キロ? キロ~!!」
横ではキロが嬉しそうに目を細めて鳴いている。
能力値からも判るように、キロは知力が高いので俺の言っていることを理解しているようなのだ。
ただ話せないし、字も書けないから雰囲気を察するしかないんだけどね。
今では旅の友というか、ペットというか、離れがたいほどの愛着を感じている。
でもはじめてキロを見たときにはビビりましたよ。
だって地上に降臨したとたん目の前にぬめるような質感をした緑の物体がいたんだよ。
それも牛ほどの大きさの……、おかげで直前までのいたたまれない恥ずかしさがすっ飛んでしまった。
あのとき、いつ襲いかかられてもいいように身構えてようすを窺ったんだ。結局いつまで経ってもキロは俺を見詰めたまま動かなかった。そのまま逃げてもよかったんだが、俺はキロの瞳に知性を感じて声をかけちゃたんだよね。
まるで動物王国のおじいさんのように、「お~っ、しゃしゃしゃ、よしよし、お前どうしたんだ? うん?」などとあやしながらコミュニケーションをはかった結果。……途中、ぴろ~んと伸びた舌に巻き付かれ口の中に導かれたような気もしましたが、俺と出会う数日前に親とはぐれてしまったらしいとわかったのだ。
その後しばらく、キロの親を探して付近を探索したのだった。結局、親ガエルを見つけることができなかったんだけど……。
そんな訳もあって、キロをそのままにしておくわけにもいかなかったし、俺もしばらく神々から離れて心の整理をしたかったので、この子を友として旅に出たのだ。
……そのあと十日ほどで行き倒れたんだけどね。
キロ……食べすぎ。
それで気が付いたときには、この〈放浪亭〉の女将に拾われていたのだった。
それにしても、いまの俺に対して放浪亭とは、なんとも皮肉が効いた名前の居酒屋だ。だが辺境に位置するこのへんぴな村には、場違いなほどに大きな二階建ての店だ。
一階には四人ほどが食事できるテーブルが五脚あり、カウンター席の四人分と合わせて最大二四人もの客を受け入れることができるのだ。カウンターの先にある厨房は四畳半ほど。仕込みで俺も厨房に入ると少し手狭に感じる広ささだ。
厨房の奥からは食材の貯蔵庫と、女将さんの部屋に続く通路がある。そのつきあたりには食材を搬入する裏口があり、貯蔵庫には下に降る螺旋階段が――そこを降っていくと途中から岩を刳りぬいた石段に変わる。体感で一五メートルほど降ったところが地下室になっていた。
この地下室は年間を通して冷蔵庫ほどの温度で安定しているので、肉や魚などの生ものはここに貯蔵しているのだ。ちなみに、この地下への食材の出し入れは、今は俺の仕事になっている。
二階は、完全に宿を必要とする人のための部屋で、小さな部屋が五部屋ある。その一室を俺が使わせてもらっている状態だ。
俺がここに居着いてからひと月以上になるが、食事に来る村人たち以外の利用者を見た事が無い。
しかも、俺がここに来た当初は食事の利用者もほとんどいなかったのだ。
……女将さん、それまでよく生活できてたと思うよ。
実のところ、俺がここに厄介になった当初。女将さんの料理は、鳥の丸焼き、豚の丸焼き、猪の丸焼き、鹿の丸焼き、牛の丸焼きと丸焼きづくしの店だった。
「いくら元冒険者とはいえ大雑把すぎだろ!」と、盛大に突っ込みたい状況でした。
だが――だ。無駄にいい味を出していたのだ。
正直、俺もはじめのうちはここがどういう所か分らなかったので、それが当たり前なのかと思っていた。
だが、いかんせん丸焼きづくしの毎日に疑問をおぼえて、村のようすを見て回った結果。やはり女将さんの感覚がおかしいのだと気付いたのだった。
しかし、女将さんの料理。いい味なんだから味覚は鋭いのだろうと考えた俺は、記憶にある料理の知識を総動員して、放浪亭に料理革命を起こしたのだ。
女将さんも料理自体は本当に好きだったのだろう。彼女の料理スキルは急激な成長をとげ、いまでは自分で新たなレシピを生み出すほどになったのだ。
ちなみに俺にも料理関連のスキルが付きました。
いまの俺の能力値は、
大和大地〈主神代理〉
神レベル5
神力39
神スキル【封印中】
【神力解放】
所持神器:〈獣神の足紋〉〈界蜃の袋〉
〈大和大地 25歳〉人族 男
創造神 (?ゃ?吟???)
守護神 (サテラ)(シュアル)【守護封印】
クラス:剣士レベル22(メイン)、闘士レベル17、〔新〕料理人レベル2
生命力 159/159(90+69)
魔力 168/168(95+73)
力 68
耐久力 43
耐魔力 68
知力 51
精神力 69
俊敏性 60
器用度 57
スキル:剣術Lv30、格闘術Lv21、体術Lv25、〔新〕調理Lv3、〔新〕製菓Lv2、憑獣の術(消費MP30)、探査、武の才、戦の才、菓匠の才
種族スキル:考案
近ごろ懇意になった村長に聞いた話だと、放浪亭は代々女将さんの一族が世襲で経営してるそうで、女将さんが先代の後を継いでから、そろそろ八年になるそうだ。
このあたりは、三〇〇年前の大崩壊の影響をあまり受けなかったらしい。そのせいか大崩壊以前の建物もちらほら残っている。
つまりこの辺りは、主神が興味を持たないほど寂れた場所だったということだろう。
家出前に、俺がテレビで見た場所の記憶が確かなら、この村の位置は俺たちの世界で言うならチェコとオーストリアの間くらいだろうか?
現在の地形を考えると大陸の東や南東から西への陸路の要衝になり得る位置になるので、各地に出来つつある国々が大きくなり、交流が始まればそう時を経ずに発展していくのではないだろうか?
「キロ? キロキロキロ?」
「うわぁっ! キロなに!?」
突然。ビローンと伸びた舌で、キロが俺の顔をベロリと舐めた。
キロに視線を向けると、あれ?
山になっていたキロの皿が空に……俺そんなに長く考え事してたのか。
「キロ?」
キロが、クリクリとした大きな瞳に、「どうしたの?」という感じの光を浮かべて俺を覗き込んでいる。
「ああ、チョッと考え事。すぐに食べるから、そしたら森へ――ああッ!! キロそれ俺の昼飯!!」
俺が返事を返す間もなく。
さらにビローンと舌を伸ばしたキロが、広げてあった袋からサンドイッチを強奪した。
……キロ。
そのキラキラお目々はもしかして、「それ、食べないの? 食べないの? 食べていい? いい?」だったのか!?
うぅぅ、今日の昼食は結局サンドイッチひとつになってしまった……。
お読みいただきありがとうございます。
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