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俺は新(異)世界の神となる! ~そのタイトル、死亡フラグにしか見えないんで止めてもらえませんか~  作者: 獅東 諒
幕間2

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第56億7827回 従属神会議(前)

※ この話は、神々の制約により、まだ大和と面識のない神の名は匿名でお贈りしております。


 その部屋の中央には大きなテーブルが置かれている。

 いまそのテーブルの周りには、多くの神が立ち並び、その卓上に視線を送っていた。

 厳めしい表情で卓上に向かう彼らの様相は、さながら軍議の場を見ているようだ。


「これが、今回のあらましになります」


 卓上には、今回ヴリュンヒルデが見聞きした、デビッドの魔堕ち。そしてヤマトが暴走し、サテラとペルカによって(しず)められるまでの一連の映像が映し出されていた。

 映像が終わるとテーブルの上座……その先の一段高い指令卓から、黄金の甲冑に身を包んだヴリュンヒルデが怜悧な瞳で一同を見まわす。


「これは! 早急に代理どのを隔離すべきです!」


 ヴリュンヒルデの右側に控えた次席戦女神が、ブリュンヒルデに進言した。

 彼女はエメラルドのような輝きを放つ甲冑に身を包んでいる。さらに右の手に槍を持ち石突きを床に突いて立てている。

 彼女の言葉に釣られたように、下手に座った神が声を上げる。


「主神さまがお戻りになるまで、かの者を厳重に封印するべきだ!!」

「ヴリュンヒルデさまの懸念が現実化してしまった以上、一刻の猶予もありませんぞ!!」


 多くの神々が恐慌を来たしたようにザワザワと騒ぎ出した。


「静まりなさい!! 次席……僭越ですよ」


 ヴリュンヒルデが騒ぎだした神々を一喝した。

 この場を仕切る自分の言葉を待たず、意見を発した次席の戦女神を諫めることも忘れない。

 とても地上で識神の巫女を愛でていたヴリンダと同一人物とは思えない。

 【変幻】によって姿を変えていたとはいえ、エルトーラが固い結界に護らており、他の神々によって外から覗かれる心配が無かったのを良いことに、彼女は散々と羽目を外していたのだ。

 あの結界が無ければ、きっと少しは慎んでいただろう。


「失礼致しました! ヴリュンヒルデさま!」


 次席は手に持つ槍をタンッと床を叩くように音を鳴らすと、姿勢をただして軽挙を詫びる。


「………………」


 築神は藍色の法被(はっぴ)に似た服の袖を、肩までまくり上げて腕を組んでいる。

 片眉を上げた顔にはニヤついた表情が張り付いていて、おもしろいものでも見るように黙っている。

 バルバロイは、築神と同じように腕を組んでいるが、目を瞑ったまま(いわお)のように動かない。

 陽行神はいつものように気弱なようすでおろおろしている。


「ふぅむ。見たところ中位神たちだけかのぅ、騒いどるのは」


 突然響いた言葉の主を探して、神々が視線を彷徨わす。

 部屋の隅に描かれた転移陣が淡く光り輝きだすと次の瞬間、七色の光が立ち昇って弾けた。

 光の残滓がキラキラと消えていく。そこにはサテラに伴われ識神が立っていた。

 識神は愛用の杖をつき、ゆるゆるとヴリュンヒルデの近くへと進む。

 彼は、テーブルを挟んでバルバロイと築神の対面に立った。

 進行を務めるヴリュンヒルデを右手に見る位置だ。

 サテラは他の眷属と同じように、伴った神、識神の後ろに数歩下がって控える。


「ご足労いただきありがとうございます、識神どの……。サテラもご苦労でした」


 この場は戦女神の神殿域。

 本来この神殿域は男神禁制なのだが、戦女神たちの作戦会議室を今回特別に解放したのだ。

 神々は、それぞれ送迎の任を帯びた戦女神たちが直接この場に転送している。

 識神が遅れてやってきたのは、そのあらましを知っている事と、彼の送迎の任を受けたサテラが、少し前に天界へと戻ったばかりだからだ。


「今回の会議には下位の神どもは参加してねぇがな。まっ、この情報を広めたくねえんだろヴリュンヒルデ?」


 築神が識神の言葉にわざわざ返事を返した。

 ヴリュンヒルデが忌々しそうに築神に視線を送る。

 それは、彼女の真意を的確に見抜いていたからだった。

 今回の会議は、本来ならば事の中心であるバルバロイの神殿域でおこなうべきものだ。

 普段の会議ならば、参加の意思がある神は、下位の神々でも自由なのだ。それを参加者を限定出来るこの場で行ったのは、総数で神々の五分の一にも満たない中位神まででこの情報を止めたかったからだ。

 このように参加する神を限定したことなど、数多いこの従属神会議においても数度のことであった。


「まず、(わたくし)の意見を述べましょう」


 彼女はテーブルの周りに集う神々、全員にグルリと視線を巡らせると、決然と云い放った。


「ワタシは代理どのを――このまま我らの手で慈しみ育てることを提案します」

「なぜか!? ヴリュンヒルデさま! 初めはあなたが言っておられてのではないか! あの者を封印したほうがいいと!」


 痛いところを突かれた形だが、ヴリュンヒルデは眉一つ動かさず、サテラに視線を移す。


「代理どのについて、サテラから話したいことがあるそうです。先ずはそれを聞いていただきたい」


 サテラがヴリュンヒルデの左横に進む。

 金と銀、そして緑と違いはあるものの怜悧で凜とした雰囲気を放つ戦女神が立ち並ぶと、ざわついていた会議の場が、シン――とした張り詰めたものに変る。


「彼……いえ、かの者は今回、危うくも魔に堕ちかけました。しかし、あのとき私は彼の巫女とパスで繋がっていました。そしてひとつ分かったことがあるのです……」


 サテラはいちど視線を下げ、深い瞬きをすると、決意を決めたようにまえを見つめた。


「彼の心の中、その奥底には、ドロドロとした深い深い闇が封じられています……」

「ならば! ならばなぜ悠長にあの者を放っておくのだ!!」


 先程からのヤマト封印を訴える獣王神が吠えた。

 オレンジがかった茶色の蓬髪(ほうはつ)に、顔の輪郭に沿ってヒゲを生やし。猫科の獣特有の、縦に裂けたような瞳孔もった貌は、その名のとおり獣の王。(たてがみ)をなびかせるライオンを思わせる。

 さらに彼の装いは腰布を着けているだけで、バルバロイ以上に露出が多い。

 その肉体はバルバロイと遜色なく、筋肉質で厳ついものだ。だが獣の持つしなやかな美を感じさせる筋肉の付き方をしている。

 腕先と脛の部分を護るように、髪色と同じオレンジがかった茶色の体毛が濛々(もうもう)と生えている。

 限りなく上位神に近い彼は、中位の神や下位の神々にも強い影響力がある。そんな彼の言葉に、数柱の神が追従するように賛同の意志を示した。


「しかしながら! ……あの者は自分の中にそのような闇があることを理解して封じているのです!! 主神さまによってこの世界に引き込まれる以前――人であった時から。あの者は自身の中の闇の心を知っていた。その闇を、強靱で柔軟な理性をもって抑えているのです!」

「そっ、それがどうだというのだ! 主神さまの力を持つ者が、魔に堕ちる危険をはらんでいることに変わりはないではないか!」


 サテラの気迫に押されまいとするように獣王神が叫ぶ。

 しかし神としての立ち位置は同じ中位神であっても、自分より下位の神であるはずのサテラに、彼の腰はわずかに引け気味になっている。


「私は、主神さまがかの者に興味を持ち、自分の代理としてこの世界に招くまでの間。共に彼のことを見ていました。かの者の住まう土地ではすでに大きな(いくさ)が起きるようなことの無い平和な場所でした。しかし、人がいる限り。陰惨きわまりない事件は起こります。そのような事件を起こした人の中には、それまでの人生を真面目に過ごし、善良と言われていた者たちも少なくありません……」


 サテラが突然話しはじめたヤマトの世界の話。

 この場にいる神たちは、話がどう流れるのかわからずに聞き入っている。


「彼らは……それまで己の闇を知る機会も無く。好運にも己の闇に呑み込まれずに人生を平穏に過ごしてきた者たちでした。しかし、かの者は己の中の深い深い闇を自覚しながらも、それを柔軟で強靱な理性で包み込み、懸命に真面目に、善良に生きていたのです。おそらくは幼い頃に己の中にある闇を知り、人族の短い生命の中では、長い永い刻、その闇を抑えていたのでしょう。だからこそ彼の理性はいまの強靱さと柔軟さを得たのだと思うのです。……言葉にすれば同じ真面目で善良です。しかしその本質は同じでしょうか? 私は、今回の事件によって、主神さまがかの者を己の代理として招いた理由――彼の泰然性の本質が判った気がするのです」


 サテラの言葉が終わる。

 彼女の斜め後ろにいるヴリュンヒルデの瞳の中に、僅かにやさしげな光が見えた。

 その光に気付いた神はほんの一握りだったろう。その神々の目には、娘の確かな成長を見守る、母親を見る思いが浮かんだろう。


「………………」


 先程まで、不満の色を濃く見せていた中位神たちが、深く考えこむようにして、前方に立つサテラとヴリュンヒルデを見詰めている。


「かの者はまだまだ若く、やっと己の道を見つけはじめたばかり。――未熟者です。しかし私は――、彼が魔神の使徒や魔族に謀られたとしても、決して魔に堕ちることは無いと断言いたします。 もしも……もしもそのような事態に至ったのならば、私はその責任を取り彼を滅したあと、我が存在をも滅してみせましょう」


 それは静かな言葉だった。

 しかしサテラの身体からはゴウと青白い(ほむら)が舞ったような気迫が発せられた。

 そのさまは、彼女の言葉が魂からの宣言だと、そう理解させるに充分なものだった。


「………………」


 この場にいる神々……その総てが彼女の気迫に呑まれた。それは、彼女と付き合いの深い上位神たちも同様であった。

 サテラという戦女神は、このように激情を外に発する女神だったろうか?

 多くの神々は、それこそ主神の傍らに飾り甲冑(よろい)のように、無機質に控えている姿しか記憶になかったのだ。

 それまで、静かに目を瞑ったままだったバルバロイがその目を開き。

 サテラに言葉を(うなが)したヴリュンヒルデすらも、彼女の後ろで目を見開いている。


「フォッ、フォッ、フォッ、フォッ……。主神がそこまで見抜いておったかは疑問じゃが。なるほどのぅ……。おぬしの言うとおりならば。代理どのの暴走が、何故ああもたやすく鎮めることができたのか。その理由(わけ)が判った気がするわい」


 いち早くサテラの放った重圧から抜けだした識神が、ゆっくりと言葉を紡ぐと、一部の神々――特にヤマトと接したバルバロイとヴリュンヒルデ。ふた柱の神には、その言葉の意味を読み解いた理解の色が浮かんだ。


「儂らはあの狼人族の娘に感謝せねばならぬな……。じゃがそうなると、代理どのには我らの世界のモノたちと、さらに(よしみ)を結んでもらわねばならぬ。……そういうことなのじゃろ? サテラ」


「そうです、……我ら神々でも良いのかもしれません――が、より確実なのは地上のモノたち。――彼が護りたい。そう思うであろう対象が、彼と心を通わすことです。そういった対象が増えれば増えるほど、彼の心はより強靱さを持ち、自身の闇に呑み込まれない力を得ることでしょう」


「……だがそれでは、かの者をまだ地上に降臨させるということではないか! もし闇のモノがかの者を闇へと引き込む企みを巡らせていたらどうするのだ!」


 サテラの話を理解はしたが、その薄氷を踏むような試みに納得がいかないのだろう。

 獣王神が食い下がった。

 だがその獣王神に識神が言葉をかける。


「それは無かろうのぅ……、今回――事の結末をむかえる直前まで、あの場は強力な結界で閉ざされておった。それに事の中心であった使徒も、あのとおり代理どのの手で滅ぼされておる。三度目の大崩壊から三〇〇有余年。あれほどの使徒が存在しておったことは驚きではあったが。魔族はまだまだ地上へは出てこられぬはずじゃ。代理どのが魔のモノたちの邪魔だてを受けず、地上のモノたちと友誼を結ぶ時間はまだまだあるであろう」

「…………うーむ、識神さまがそうまで仰るならば……、いま少し様子を見ましょう。しかしサテラ……おぬしの言葉、しかと聞いたぞ。事が最悪に至った場合。――覚悟しておくのだぞ!」


 識神の言葉にこの場の多くの神々は納得したようだが、獣王神と一部の神々は渋々了承したといった感じだ。


「では代理どの処遇、これまでどおり見守るということでよろしいか」


 問いかけるヴリュンヒルデの言葉に、この場に集った神々は了承の意を示した。


お読みいただきありがとうございます。



Copyright(C)2020 獅東 諒

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