戦闘だって、真面目にやるよ!?(後)
『……こんな所で言うことでは無いと思いますが――自分のあずかり知らないところでいろいろと画策されるのは、正直、良い気分じゃありません』
俺の口から出た率直な苦情に聞いたブリンダは、小さな驚きの表情を浮かべると、一転して面白いものでも見るように表情を緩めた。
『それについては、申し訳なく思います。……ですが、私たちもこの星界を守るという職務があるのです。その為に、これからも思惑を持ってアナタに接することもあるでしょう……しかしそうでないときには、全力をもってアナタに協力しましょう。戦女神の筆頭として代理どのに確約します』
彼女は俺の言葉の真意を違えず理解してくれた上で返事をくれた。
しかし……ホントに戦女神筆頭だったんだ。サテラやシュアルさんの話にたまに出てきてたけど、イメージしてたのと違う。
しかも自分たちの立場もあるから、これからも俺に対して自分たちの思惑のために動くこともあるよと言ってくれたのには正直、強い誠実さを感じた。
もうそんなことはしませんなどと綺麗事を言われるよりずっと良い。
『ヴリンダさんは良い女ですね。……では、行きます!!』
これまで心の奥に淀んだように溜まっていた胸のつかえが取れ、俺はスッキリとした気持ちで言い放った。
『なっ、なにを言いだすんですか代理どの! クッ!』
俺はヴリンダとの決着を付けるために鋭く踏出したが、それに対して彼女の反応が妙に遅れた。
あれ? なんか顔が赤いけど、……俺なんか変なこと言ったか?
しかしさすがは戦女神だ、一瞬の後れをものともせず俺より素早い攻撃を繰り出してきた。
袈裟懸けに打ち込まれる斬檄。
俺は彼女の剣に対角線上に斜め下からかち上げるように自分の剣を打ち合わせ一瞬の停滞を生む。次の瞬間、足下から捻りの力を上半身につなぎ、打ち合わされた剣にまで力を流していく。
ドギャン!
という鋭い音を立て、俺の足下が沈み込みクレーターが生まれる。と同時に俺の剣と打ち合わせていたヴリンダの剣先が折れ飛んだ。
彼女の剣を折った俺の剣はそのまま彼女の首筋に進むが、剣先が首筋に吸い込まれる寸前、彼女は後方に飛びすさった。
アレーナは、シンと音もなく静寂に包まれていた。
「これは……、私の負けですね」
ヴリンダは折れた剣を審議員に示すように晒して言った。
ワーーーーッと、コロッセオ全体が揺れるような歓声が挙がる。
『最後の一撃、見事でした。まさか剣を折られるなど……初めての経験です。バルバロイに鍛えられとはいえ三年でこれほどの力を付けるとは感服しました』
ヴリンダの表情は確かな称賛が見える。
しかし彼女、途中で盾を拾う機会が何度もあったにもかかわらず、結局最後まで片手の剣だけで戦ってたな。盾を使えばもっと戦い方の幅も広がったろうし、かなり手加減されていたんだろう。
俺とヴリンダは、剣を納めると固く握手を交わした。
先ほど以上の歓声が挙がり、俺とヴリンダを讃える声がアレーナ中から響いた。
その後、審議員の正式な判定を受けて、俺のトーナメント優勝が決定した。
やっと……やっと、デビッドと戦える。
……長かったー。
優勝とはいっても明後日には筆頭剣闘士であるデビッドとの、その座を賭けた戦いがあるのだから正直なところ壮大な前哨戦だ。
この地に降臨してからそろそろひと月だもんな。
まあそれは良いんだけどさ、決勝に進むに従って試合の間隔が短くなるってどういうことよ。
「おう、ご苦労だったな」
控え通路に戻るとバルトスが上機嫌で俺の背中をどやした。
「痛いよ、バルトス」
このひと月でやっと彼を呼び捨てにすることには慣れたが、この体育会系のノリにはいまだに慣れない。
「おーーーー、ヤンマーどの! こちらにいらっしゃいましたか!」
ベルバドのおっちゃんが俺とバルトスを見付けてドタドタと駆けてきた。
「いやいや、よくやってくださった。興行師として二十余年、はじめて――はじめて私の契約剣闘士からトーナメントの優勝者を出すことができました! いやー、これでヤンマーどのがデビッドに勝ちでもしたら筆頭剣闘士との契約興行師……、ハッ! 夢ではありませんよな、バルトスさまチョット頬を張ってみてくれませんか!」
おっちゃんは俺のトーナメント優勝にバルトス以上に上機嫌で夢心地のようだ。しかも、俺やバルトスの呼称が、兄ちゃんと旦那から、殿と様に変わって接し方も恭しくなっている。
でもおっちゃん、バルトスに頬を張られたら首から上が無くなるよ。
まあ、おっちゃん首無いけどね。
「落ち着けベルバド」
バルトスが、指先で軽く額をつくと酒樽……もとい、おっちゃんは駆けてきた方向にゴロゴロと――って、オイ! 俺はそのままいくと控え通路に置かれてある槍立てにストライク! のおっちゃんを助けに走る。
「夢では……ありませんでした……」
ギリギリ槍立て前でおっちゃんを止めることができたが、その一言を残しガクリと気絶した。
俺はおっちゃんを近くにあった長椅子に横たえるとバルトスに向き直った。
「ところでバルトス、おまえ彼女と示し合わせてたんだな」
「あぁ? べつに示し合わせたわけじゃねえよ。だいたい、奴に気付いたのだって昨日のことだぞ。奴と話しはしたが、なにを考えてるのか聞きただしただけだ」
「まあ、どっちにしても予定どおりになったわけだけど。本当に良いのか?」
「それは俺が言うことだな。オメエ――覚悟はできてるのか?」
そうなのだ、この決勝までに俺の神レベルが上がれば、デビッドを救うことのできるスキルが出現する可能性もあったのだが……。
俺は頭の中で〈ステータス〉と唱える。
(ステータス)
大和大地〈主神代理〉
神レベル3
神力20 → 86
神スキル
【降臨】神力10:【神託】神力1:【スキル付与】神力1:【加護】神力1:【種族加護】神力5~10:【天啓】神力2:【神体創造】神力5:【人化降臨】神力2~(付加術:【天界復活】神力5:【神器附帯】神力1)
所持神器:〈獣神の足紋〉〈界蜃の袋〉
〈大和大地 22歳〉人族 男
創造神 (?ゃ?吟???)
守護神 (サテラ)(シュアル)
クラス:剣士レベル21 → 22(メイン)、闘士レベル17
生命力 150/150(83+67) → 159/159(90+69)
魔力 158/158(87+71) → 168/168(95+73)
力 62 → 68
耐久力 42 → 43 + 7(装備修正)
耐魔力 64 → 68
知力 48 → 51
精神力 63 → 69
俊敏性 54 → 60+ 5(加護修正)
器用度 54 → 57
スキル:剣術Lv28→30、格闘術Lv21、体術Lv24→25、憑獣の術(消費MP30)、探査、武の才、戦の才、菓匠の才
種族スキル:考案
装備:グラディウス、すね当て、腕甲
所持品:界蜃の袋
このトーナメントの間に微妙に能力値が成長してるだけに、神レベルの微動だにしなさが残念だ。
これはやっぱり、なにか特別な条件が入っているんだろう。
「ギリギリまでは足掻いてみるよ」
俺はステータスを確認し、先ほどのバルトスの問いに答えた。
「………………」
その言葉に、バルトスは肩を竦めると、
「まっ、それも良いさ。だがな。最後の最後に躊躇するんじゃねえぞ。たとえ魔に侵されていようとも戦士の誇りを汚すことだけはしてくれるな」
真剣な表情で言った。
それは、魔に堕ちたとはいえ自身が目を掛けてきたデビッドへの思いやりだろう。
できたら殺さずに事を済ませたいとは思っている。だがその時のための覚悟はしておかないと、彼らに対して不誠実というものだろう。
◆◇◆◇◆◇
トーナメントの決勝が終わりコロッセオのアレーナの人影はまばらだ。
アレーナの貴賓席にいた観客たちはすでにひとりを除いていなくなっている。そのひとり、ルチアは試合場に穿たれたクレーターを目にたたずんでいた。
(アタシの目も曇ったもんだよ、アイツがあそこまでの力を持っていたとは……。
アナタが力量を見間違うなんて珍しいですね。でも、前勇者のときも同じようなことを言っていませんでしたっけ?
何百年前の話だよ! あのときはアタシだってまだまだ若かったんだしょうがないだろ。
しかしあの人、神使かどうかは別として、神々の陣営に囲われていることは確かのようですね。
あのお兄ちゃんが神神の兵士になるの? ボク、なんか想像できないなぁ。
バルトスが闘神の神使らしいことは確定してるし、ヴリンダも識神の巫女と行動を共にしているところを見るとそちらに関係してるんだろうね。
どちらが主導してこの結界を維持しているのか――、まあ初めからこのエルトーラにいたバルトスの主である闘神の仕業でしょうが、よいよデビッドを見捨てて私たちだけでも逃げ出すつもりでいたほうが良さそうですね。
あーあっ、勿体ないなぁ、接触から考えたら五年もかけてここまで育てたのにね。
アタシらの野望を果たす為には、どうしたって生き残らなけりゃならないんだ、デビッドはアタシらにとっちゃ、ただのコマなんだから別のコマを探すしかないさ。それにいまのアタシらにゃ、時間は永遠にあるんだからさ。
そうですね。その方向で準備しておきます)
ルチアは、大和が下がった控え通路への出入り口に軽く視線を送るとアレーナから立ち去った。
お読みいただきありがとうございます。
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