戦闘だって、真面目にやるよ!?(中)
「次! いきますよ!!」
ヴリンダはわざわざ宣言して突っ込んでくる。
今度は、足下の爆発はない。
だが彼女の動きは、正直普通の人間の目に捉えられるものではないだろう。
俺だってバルバロイとの特訓前だったら間違いなく彼女の動きを捉えることはできなかった。
しかし、考えてみると彼女のはじめの一撃、あの踏込の爆発はわざとだったのではないだろうか?
あれのおかげで、俺も完全に戦闘態勢に切り替わったし、彼女の出足は間違いなく一瞬遅れていたはずなんだ。
でもね。攻撃のタイミングがわかったからって、簡単に避けたり受けたりできるわけじゃないんだよ!
ヴリンダから放たれる閃光のような斬撃。
その一撃一撃を何とか捌くものの、剣から受ける衝撃は身体の芯を揺さぶるほどのものだ。段々と体勢が崩れて、剣を捌く動きの精度が下がる。
身体中に細かいキズが増えていき血が滲んでいく。
息をつくように、ふっとヴリンダの剣勢が止まる。
するとそれを待っていたようにアレーナを揺さぶるような歓声が挙がった。
「……アンタ。――本当に人間か?」
歓声が響くなか、俺は彼女にだけ聞こえるように言い放った。
「何を言っているのですか? 私のような完璧な人間がほかにいるとでも?」
表情は変わらないけど、自分で完璧な人間って……動揺してる?
「………………」
「なんですかその目は……」
言葉とともに彼女は攻撃を再開した。
俺から言わせてもらうと逆ギレして襲いかかってきたようにしか見えないんだけど。
「おいっ、あいつら本当に人間か? まるで、伝説に出て来る英雄や勇者の戦いのようじゃないか」
足を止めて打ち合っているのに、その剣戟が見えない俺とヴリンダの攻防を目にして、観客席で誰かが言った。
……あれ? 俺もですか!?
確かに神だけどさ、人化降臨では基本的に人間がたどり着ける能力値の限界を超えることはできないらしいので、人間、鍛えればこれ以上のこともできるんだと思うよ。俺自身、まだまだこの地上で成長できるって感じがするからね。
ただ、神はやはり神であって、
『ヴリンダさん、アンタ戦女神でしょ?』
「さっきから、なにを言っているのですかあなたは?」
ヴリンダは苛立ちを含んだ声をあげると、強い斬檄を放ってきた。まるで、苛立ちがそのまま斬檄に乗っているようだ。
「グワッ!」
斬檄を受けた俺の身体はその衝撃で、まるで後方宙返りでもするように後方に弾き飛ばされた。
俺は踏鞴を踏みながらも何とか立ち止まる。
『なんで……追撃してこないんですか? 絶好のチャンスだったと思うんだけど』
「あなた、存外おしゃべりですね」
『いえいえ、あなたなほどじゃないですよ。――それよりさっきから俺が神通で話してるのに気付いてますか?』
「……!!」
ヴリンダの顔にはじめて動揺という表情が浮んだ。
神は神同士ならば神通と言う、人のスキルでいうところの念話のようなものを使うことができる。
これは相手を確認できる範囲ならば無条件で使えるものだ。これに関しては、人化降臨しても無条件で使える神々の特権と考えて良いだろう。
ヴリンダは、自分を人間だと言い張るのなら、俺の言い掛かりを無視すべきだったのだ。この世界の神の妙に素直なところにつけ込んだようで気は引けるんだけどね。
しかしこの世界の神々って、それぞれの事情で色々考えているところもあるけど、これまで出会った神たちから考えると基本的に素直だよね。だからあの主神にいいように振り回されてたんじゃないかなと思ってしまう。
実際のところ、いまの会話から神通への引っかけが通じるかは五分五分でないかと思っていた。
彼女がこの地に現れたのが三年ほど前だったという話を聞いてたんで、引っかかってくれるかな、とは思ったんだけど、人化降臨した当時だったらまず引っかからなかっただろうと思う。
数年を瞬きの間とかいう神々の感覚は、俺にはまだ分らない。しかし地上での三年余りの生活というのはやはり天上で生活している感覚とは違うと思うんだ。
『……いつ、気付いたのですか?』
『完全に気付いてた訳じゃないんですけどね。神通で話して通じなくても他人にはわからないし、俺的には恥ずかしくなかったんで、カマをかけてみただけなんです』
『……私を引っかけたわけですか……、バルバロイが『色々と考えているようだから……』とは言っていましたが、なかなか頭が回る。――と云うよりは気が回ると言ったほうがいいのですかね――代理どの』
白を切るつもりはないのだろう、神通で話ながらも剣の攻防は続けている。しかし、いまはお互いに少し力を抜いた感じだ。
『どの辺りで疑問を感じたのですか?』
『いえ、なんというか、ずっと俺の力を確かめてるような戦い方をしてるじゃないですか』
『先ほどの一撃、アナタが避けることができたから良かったものの、そうでなければ死んでいたと思いますが?』
『あれが避けられないなら不合格ってことだったんじゃないですか? 人化降臨なら普通は地上で死んでも天界で復活できますし。それに――あのあとからの攻撃。俺の実力ギリギリの攻防を仕掛けて、成長を促そうとするサテラの戦い方と同じように感じたんで……。まあ後はバルバロイの試合前の態度ですね』
『まったくあの者は! ……しかし代理どのは目端も利くようですね。それに――もともとサテラに剣術を教えたのは私ですから戦い方が似るのはしかたありません』
俺としてはサテラの戦女神としての立ち位置がいまだによく分らないので、何ともいえないんだが、ヴリンダはかなり上位の神なんじゃないだろうか? バルバロイのことを呼び捨てにしてるもんな。
バルバロイも力のないヤツに呼びすてされるのは嫌いみたいだから、もしかして戦女神筆頭?
でも、そんな重鎮が気軽に地上に降臨するのか?
バルバロイはここが地上のホームタウンみたいなもんらしいから分らなくもないけど。
『ところでヴリンダさん、このあとどうするつもりなんですか? バルバロイは俺にデビッドを何とかさせようと考えてるみたいだけど、俺としては、アナタがこのあとの決着を付けてくれたほうが確実だと思うんですが』
『初めは私もそのつもりでした。ですが……先ほどの一撃、アレを避ける力があるのなら、あの者と戦っても大丈夫でしょう。バルバロイとの約束もありますし、私も静観させていただきます』
ヴリンダは俺の申しでに、優しい表情で答えた。
バルバロイの野郎、先回りしてやがった。嫌な役目から逃げられると思ってたのに。
でもヴリンダさん、その優しい表情で鬼神のごとき斬檄、妙に猟奇的で……表情が見える位置の観客の皆さんが引いてますよ。
俺とヴリンダは、その後の数合を剣舞のように打ち合わせると弾かれるように間合いをとった。
『……ところでアナタ。まだ私に隠している力がありますね。この試合の決着も付けなければなりませんし、そろそろ本気で攻撃してみる気になりませんか?』
あっ、やっぱり戦女神はダテじゃないね。
俺が受け重視で一撃必殺の反撃を狙っていたのは分ってたんだ。
『分りました。ただ、こんな所で言うことでは無いと思いますが――自分のあずかり知らないところでいろいろと画策されるのは、正直、良い気分じゃありません』
うわぁ、言っちゃった。
これは今回の件ばかりでなく、これまでのサテラやバルバロイの件も含めての話なんだけどね、バルバロイやサテラには怖くて言えませんでした、はい。
しかしヴリンダは、なんというか表面的には厳しそうなのに、そういう不満を受け入れてくれそうな包容力を感じるもんだから思わず口をついて出てしまった。
ヴリンダは、俺の言葉に小さな驚きの表情を浮かべると、一転して面白いものでも見るように表情を緩めた。
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