露出狂は冤罪です!!(後)
後頭部から首筋にかけて、張りのある柔らかさと、優しい暖かさを感じた。
額の上には、少しひんやりとした手が添えられているのが分かる。
うっすらと目を開けると、俺はサテラさんに膝枕されていて、額に彼女の手が乗っていた。
胸の辺りも仄かに暖かく感じたのでそちらを見ると、胸の上にはシュアルさんの細いたおやかな白い手が乗せられていた。
彼女の手からは優しい光が発せられている。胸の辺りが仄かに暖かかったのはこれが原因か。
どうやらシュアルさんの力で癒やしてくれていたらしい。
「気が付きましたかヤマト」
「そのままの体勢でお待ちくださいヤマトさま。完治させるのにいま少しかかりますので」
俺の意識が戻ったのに気付いたサテラさんとシュアルさん。二柱の女神の視線がこちらに向いた。
場所は俺の部屋だ。コタツ側にはバルバロイが座っていた。
ふと広場を見ると、訓練をしている戦士達がチラチラとこちらを覗いている。
女戦士達は、こちらを覗いたあと何故か顔を赤くして、素振りや剣の型やらを繰り返している。
男の戦士達は握った拳をプルプルと震わせている。
中には何やら血の涙を流しているヤツも……あ、なんだろう背中に悪寒が。
「……悪かったなヤマト、まあ、気を抜いたオメエも悪いんだぜ」
「バルバロイさま……」
軽い感じのバルバロイの言葉に、俺の頭上でサテラさんが低い声を上げた。
「ああ、わかったわかった、睨むなよサテラ。まっ、確かに調子に乗った俺が悪かった」
「そうですね。三ヶ月前のヤマトさまでしたら、内蔵が背中から飛び出して絶命していたかもしれません。自重してくださいねバルバロイ殿」
シュアルさんが何気に怖いことを言っている。
うわぁ、スプラッタな想像しちゃったよ。
「でもよぅ、おかげで少しは形になったじゃねぇか」
「……それはそうですが、自分の命を守るためにたまたまです。一つ間違えたら死んでいました」
何が形になったんだ? 命を守るためって俺のことだよな?
「バルバロイ殿もサテラも静かにしてくださいね。……ヤマトさまお加減はいかがですか? 完治したはずですが」
シュアルさんが二人の言い合いを制してから、俺に言葉を掛けた。
俺はゆっくり起き上がると、一つ大きく呼吸をしてから身体を確かめるように動かしてみる。
うん大丈夫だ。痛むようなところはない。
「ありがとうシュアルさん。どこも問題ないみたいだ」
「………………」
「どうしたんですか、シュアルさん?」
「……いえ、ヤマトさまは本来このようなお姿だったのですね」
「へっ?」
シュアルさんが俺を見てシミジミとした感じで言葉を紡ぐが、俺には完全に「?」である。
こころなしか彼女の頬が赤く色付いて見える。俺を癒やすのに無理をしたのだろうか?
「自分の姿を確認してみなさい」
言うなりサテラが俺の目の前に全身が映る大きな鏡を出現させた。
………………。
「……誰? これ?」
鏡に映し出されたのは、一七歳くらい。どこか中性めいた雰囲気の若者だ。
え? あれ? ウソ……もしかしてこれ俺ですか?
いや、まて変だぞ?
俺の一七歳の頃を思い出しても、当時の記憶とこの姿が重ならない。
黒髪で、濃い茶色の瞳で、良く見ると確かに俺の面影もある気はする。
でも目の前に映っている若者は、顔付きが鋭く。俺の今までのどこか情けない雰囲気も影を潜めている。この姿なら、俺自身も神と言われて納得しそうだ。
「その姿が、地上の軛から解き放たれた本来のあなたの姿ですヤマト」
サテラさんがなぜか誇らしげだ。
でも、ひとつ分かったことがある。
俺の理解がまだ足りていなかったってことだ。
俺は、この神殿域にいる戦士達のように肉体のピークに身体が変化すると思っていた。
しかし見た感じだと、成長期の終わり、少年の危うい脆さが抜け始めた微妙な時期のような外見になっている。
身体付きも筋肉隆々というよりは締まった感じで、格闘家というよりはボクサーのようだ。
しかし自分で言うのも変な感じなんだが、妙に中性的だ。甲冑姿でサテラさんと一緒にいたら戦女神と間違えられてしまうかもしれない。
「しかし見事に地上の殻を脱ぎ捨てましたね。いえ、弾き飛ばされたと言うほうが正確でしょうか」
ええ、確かにシュアルさんが言ったように弾き飛ばされそうでしたよ――内蔵が。
「ま、この姿をよくおぼえておくんだな。天界で常時この姿でいられることがこの先の課題だからな」
「えっ、一度この姿になれたらもう大丈夫じゃないの?」
この質問は、バルバロイに向けたものだったんだが、隣に立つサテラさんが口を開いた。
「残念ながらそれほど簡単なことではありません。ヤマト、あなたがいまこの姿になれたのは神としての在り方に気付いたことで魂の枷が外れかけていたことと、命の危険にさらされたこと、この二つがうまく作用したからです。どちらかだけではこの姿を目にするのは遙か先の未来だったかもしれません。
ヤマト、あなたは人から神になりました。産まれてからこれまでの肉体の成長に魂が引き寄せらえてしまうのは仕方のないことです。いまはまだ肉体の危機に魂が己の力を最も発揮できる状態へと保っていますが、おそらく明日には今までの肉体へと戻ってしまうでしょう」
バルバロイに向けた質問だったんだが、サテラさんが答えてくれた。確かに彼、説明下手そうだもんな。
うーん、この世界。ゲームのシステムみたいにレベルで簡単に覚えてしまうスキルなんかがあると思えば、この神としての在り方みたいにスキルでどうにかならない事があるのは何なんだろう?
考えてみたら武術なんかも身体で覚えないとレベル上がらないしな。
だが、これまでの三ヶ月、延々と肉体鍛錬、サテラとの剣術修行の繰り返しだったから、ハッキリとした目標が出来ただけでも良いのかな。
「どっちにしても、今日はこれで終わりだ。明日からは今のこの姿が、自分の本当の姿だと認識できるようになるまで、格闘を中心に鍛えてやるからな。まあ、それが出来るようになったら祝いにイベントを用意してやるよ」
男前の良い笑顔でバルバロイが言うが、俺は、彼の『祝いのイベント』というのにイヤな予感しかしません。
恐怖のイベントを恐れて訓練を引き延ばすべきか? 死に物狂いで訓練を終え『祝いのイベント』とやらを素早く終わらせるべきか?
あれ? どちらも死を予感させるのは何故だろう。……詰んでる?
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